第2話 魔王と部下の作戦会議、With居酒屋。

 魔王――


 魔界を統治し人界に悪名や数々の伝説を轟かせる存在。その称号は先代を実力で葬ることで引き継がれる。力の象徴――だが幻真は先代女魔王をうっかりベッドで天国に送ってしまい10カウント経過、その瞬間魔王になってしまった。


 仕事の重圧に耐えかね求人票を出しつつ転職を試み失敗、正体隠して飲んでた五時過ぎの彼女を慰めラブホに連れ込んだのが運の尽きである。大量のアルコールと激しい運動も手伝い危険な昇天をし――奇跡的に地上に戻って来た彼女は「嘘でしょう!?」と思ったが時すでに遅くステータスを確認すればしっかり【魔王】は引き継がれていた。


 そんな史上最低の交代劇で爆誕した魔王であるおかげで、幻真は魔界で【夜の魔王】【性義の勇者】【オーク神】【ゴブリン先生】【淫魔が全裸土下座した男】などなど酷い事を言われている。


 しかし――


「しかしいやいや。この街は今日も平和だねえ……」


「そうですねえ、頑張ったかいがありましたねえ……」


 その正体は至って温厚、女性と子供に優しく、極めて面倒見のいい男である。


 魔王就任はおよそ五千年前の出来事であるが、彼が魔王になってからは魔族が原因で世界に危機が訪れたことは無い。


 ――先立っての勇者の襲撃は完全な冤罪である。


 勇者たちは各国王達と教会の依頼で件の天候不順の原因をさも取り除いたと見せ、民衆の不安を一時的にでも取り除くため魔王暗殺に遣わされたのだが。


 魔王はあえてそれを阻止せず周到な情報操作でその旅路を制御、間違えても魔族を殺さないようその道程を導き勇者が来た当日は城の人払いをし、魔王たった一人で接待バトルした。こんな時の為に用意しておいた替え玉――一分の一スケールフィギュア、魔王28號『設定・敵は作られた人形だった!』を、裏でアテレコしながら操り二回の変身と五体合体まで披露しそして予定調和的に倒されたのだ。


 その後、勇者たちが魔王の首(合体ロボ首パーツ)を持ち帰った後の王達の悪巧みの現場彼らを確保――彼らの首を挿げ替え世界会議を開かせ、各種気象データと共に一気呵成に議席過半数越えの票を得て魔界との表立った戦争関係を終わらせた。


 各国王は親・魔族派の人間がそこまで増えていると思わなかったのだろうが、会議が始まる以前より行っていた仕込み――違法奴隷や口減らしに捨てられた子供を助け、育て上げ――ごく自然に魔族との融和を求める政治家になるよう教育し人界に戻していた、彼らと協調あってこそだ。


 その上で、その後の世論も子飼いの新聞屋に都合の良い記事を刷らせねじ伏せた。


 ――世界は征服していない、しかし、完全に制した。


 完璧なグレーゾーン、武力支配でも恐怖政治でもない健全な情報戦略、毒も使わず悪事もなし、人権も侵害せず心の自由も保証する、むしろオフ・ホワイトと言えるだろう。


 これまで正義とされていたものが悪となり、悪とされていたものが正義になった。


 これぞ悪の完全勝利だ。


 というか、根本的なところで勝ち負けで解決しないからそういう戦いをしたのだが。


 今は友好に次ぐ友好ムード――しかしまだまだ消えない差別意識をどうにかする為、両種族が生活モデルの研究にこの都市を爆誕させたのである。


 そして今、そこで教師をしている。


「……大変だったなあ……最初はみんなおっかなびっくりで」


「人と魔族の社会を――ですからね、人側の住民を募るのは大変でしたよ……」

 

 そして早三年――魔王は居酒屋で部下とたむろし、しみじみ大人の放課後アフターファイブを、まったり……暢気に酒を飲んでいるのだ。

 

 ちなみに、表向き魔王を殺害した勇者たちだが、その魔王自体ひょっこり生きている上本当の意味で戦争を終わらせる切っ掛け使いっパシリになった為、戦犯ではなく本物の勇者として扱わせている。


「はぁぁ~~~~~~……」


 金色の水分が入ったジョッキを片手に持ち上げ、一気。


「仕事上がりのこの一杯、たまりませんなあ~~~……。軍縮で騎士団の縮小や傭兵の不当解雇者が続出、山賊、盗賊、海賊落ちになるところを声掛けしたり、商人を呼んだり口減らしの孤児やら捨て子やらもまとめて引き取って教育して……」


「我々側からは、理解と度量ある気の長い人達を募って……」


 いくら大昔に廃棄された海上浮遊都市を再整備、元々あった海辺の町に横付けして、建設の手間を省いたとはいえ、そこから先の円滑な物資調達や人員の配備、街道の整備から畑の開墾から何から何まで――色々とあったのだ。


「大変でしたね……」


「ああ……せっかく魔王の仕事から自由になれると思ったのに」


「うっ、ウウン! げふんゲフンッ!」


「――悪い、口が滑った」


 人々の心と平和を正しく導かねばならない今の戦い――魔王自身、二つの種族の先導役としてその最前線に出る為に教職に就いている。この街で、彼が魔王ご本人であることは秘密である。


 だが、教職はれっきとした彼の本職である。


 天職ジョブ――特殊なスキルや魔法を天から授かり使用出来るそれではない――れっきとしたただの仕事だが、彼は魔王になる以前から魔界で孤児院や学校を営んでいた。

 今彼は、ちゃっかり面倒事を他人に任せ自分のやりたい事をやっているのである。


 尚、魔王の差し向いに座る仮面魔導師、彼はこの都市の役場で市役所員として働く魔王


の付き人である。人と魔族、どちらが都市を治めるトップに立ってもまだ角が立つからとそこは空席のまま、あくまで代理として魔王が裏から指示を出している、その過重労働のサポート役だ。


「……でも大変ですね。うっかり先代をテクノブレイクさせ魔王になってしまうなんて」


「いや、そんなことしてない」


 付き人の言葉を魔王は否定する。確かに、ベッドの上にある天国ヘブンに先代女王を送って魔王の称号を引き継いだが、別に本当に殺してはいない。


 10秒ぐらい心臓が止まるほど昇天させた瞬間、世界のルール的に死亡判定が出てしまっただけで、彼女はちゃんと生きてる。尚、テクノブレイクとは過剰な自慰行為で衰弱死することだが、ここでは広義に共同作業での腹上死も含む――


「でもあの史上最悪の魔王、【病魔の君主】とそんな関係になるなんて」


「私にはただ仕事疲れで飲んだくれたOLにしか見えなかったが?」


 本人はそこまで乗り気ではないにも拘らず、自身と同じ男嫌いのか弱い女たちを守るため、彼女は慣れない政治活動に奮闘し――摩耗し切っていたのだ。


 あれはヤバかった。病魔の彼女の最大の敵は自身の精神疾患だった。


 魔王は女子供に弱いが、大人の女性にはもっと弱いのだ。


 ちょっと羽目を外させようとお酒を飲ませたら変なスイッチが入って自身の行き遅れを嘆き出し、百合でもないのに部下から迫られ今度は女嫌いになり掛けたとか――病魔だから男を絶対殺す性病を持ってるなんて風評被害に本気で泣いたとか。


 それというのも、彼女がその前の魔王に無理矢理手籠めにされそうになったときバカを殺した弾みで魔王の称号でパワーアップした【男の生殖能力を殺す菌】を世界中にばら撒いてしまい同時に極度の男性不信になり、同じ男嫌いの女達に祭り上げられ女しかいない世界を作ろうとする女だらけの魔王軍が出来上がってしまったとか。


 ――可愛いものである。


 そんな最強の病魔が持つ性病(風評被害)を恐れずクッころKOを決め、魔王なのに無敵のエロ勇者とか言われたが――


 ただ女を満足させただけだ。


 ――ちゃんと合意の上だったのに。


 酔っていたが、慰めに慰め、心を溶かし切って泣かせるだけ泣かせてちゃんと『抱いて』って言わせてから抱いた。終わった後で『酔ってたのに……っ』なんてのはひどい言い訳である、その後も優しく口説き続け『……もう好きにして』とまで言ったのに。


 その後も責任取って愛を囁き続けた結果、彼女は恋の病を司るキレイな病魔――【魅魔の君主】にクラスチェンジし淫魔と夢魔を統べる女子力の化物になった。


 誰がどう聞いても良い話だろう、そんな感じに平和な事はいいことだが、


「――そろそろ動き出そうと思う」




 酒場のメニュー片手に行ったその言葉に、魔王の付き人である仮面魔導士は、


「じゃあ行って見ます? ドラゴン一頭全部位・全盛り焼き――」


 串に刺さった焼き鳥を食べながら話した。


「いや、そうじゃない、神を打倒するために動き出そうという話だ」


「え? 何を言ってるんですか?」


 居酒屋会議の欠点である、ざっくばらんに意見の応酬は出来るが、真面目になれない。しかし魔王もとりあえず、もごもごネギまを咀嚼し残りを皿に置き、


「……とある情報を掴んだ」


「情報、ですか?」


「ああ。――勇者の力の秘密だ」


「勇者の……」


 魔王が真面目な顔を止めないので、ようやく彼も真面目な雰囲気になった。


 魔王はビールを飲み干し、カン! と小気味良い音をテーブルに響かせ、


「この世界は生と死の狭間、夢と現実と間隙、始まりと終わりの間にある。それ故全ての事象が曖昧で、過去と現在、そして未来すら世界が入り混じっている……極めて曖昧でおかしな世界――しかしだからこそ、かつての旧世界では存在していなかった幻獣、魔物などの幻想的存在が平然と存在し、本来ありえない法則や理が後付けで生まれてくる――それがスキルや加護――因果の逆転とも魔法とも呼ぶべき世界の上書き現象だな?」


「ええ、その通りですが」


「その最たるものが勇者の力だ――その力の源は【神の寵愛】とも言われ、何の変哲もない村人や町人が一騎当千の戦力に早変わりする」


「別名・主人公補正ですよね」


 魔王は頷きを返す。


 メジャーなところで怒ると謎のパワーアップ、死んでも何度も生き返る、やたらと空耳鈍感でその癖どんな奇天烈な理由でも無駄に異性にモテる上お風呂で直で見ても嫌われないなど、とんだ理不尽の塊だが、


「その資格は常に世界にただ一人――定説では、この世界でただ一人、世界を変えられる心の持ち主だからこそ運命を、因果律を越えられる力を神より与えられるとされている」


 いかにも拗らせた少年少女が憑りつかれそうな一種の信仰だが、それが定説とされていた――


「だが違う」


「違うんですか?」


「もしかしたらそういうこともあったかもしれないが、残念ながら全く違う」


 ただの根拠のない精神論である。


 確かに、性善とした心の持ち主こそが世界をより良い方向に導く、そしてそんな彼らを人々は勇者や英雄と持て囃す、しかし中には彼らと比肩する数多くの優良な者が埋まっている。


 そんな彼らにはなぜ力が与えられないのか。


「――いつだってまず最初に勇敢な犠牲者が出るだろう? 彼らは勇者よりも先に勇気を持ち無謀にも強敵に挑んでいる。しかし彼らは勇者より勇敢に、より優しく、より正しく在ろうとし、どうして彼らに力が与えられなかったのか……歴史の教科書ではたまたま勝利したその一人に焦点を当て勇者と呼んでいるが、彼らも精神的な意味合いで勇者に勝るとも劣らぬ心の持ち主だ。だが彼らに神は微笑まずその恩寵を与えられなかった。この時点で不自然であろう?」


「そりゃあ、まあ……」


 勇者は何故世界にただ一人しか生まれないのか――それは類まれなる精神性だからではない。本当に勇気ある者に力が与えられるのなら、子供が投げた小石で世界は変わっているだろう、自分より強大な物に立ち向かうことが評価されるのであれば、蟻んこだってミジンコだって勇者になれる。


 心は現実の問題を解決する力ではない、正義も愛も勇気も所詮は理念――それはいわば常識やマナーと同等の誰でも持ち得るものでしかないのだ。もしそうであるのならば前述したような者達の誰かしらに勇者の力は与えられていた筈である。だから明らかに、勇者になるにはそれらとは全く別の条件があるのである。


 そしてそれを、ついに魔王は見つけた。


「……違うのだよ、勇気があるから勇者なのではない、勇気を与える者こそが勇者でもないのだ」


 魔王はビールを追加注文し飲みながら、


「……問題はその本当の条件だが……これを見てみろ」


 足元に置いたビジネスバックから大きな封筒を取り出し、更にその中からファイリングされた書類を取り出すと仮面魔導士に渡した。


「……なんですか?」


「――ここ最近の勇者のデータだ」




 付き人は受け取る――前に焼き鳥の串で汚れた手をおしぼりで拭き、検めて手を伸ばし、指に唾をつけそれを早速ぺらぺらと捲る。


 魔王はそれではおしぼりで拭いた意味がないと思うが。


 まず一枚目。


「――アンナ、B83、W56、H79、」


 付き人はそれをあえて確認作業を披露するように音読した。


 おかしい、何で勇者のデータが戦闘力ではなくスリーサイズから入るのか、封筒間違えたんじゃないかとさり気なく確認したつもりだったが魔王の表情は変わらない。


 つまり、これであってる。


 恋愛経験無し、趣味は料理、心優しく友情を重んじているが、幼い頃に男にしつこくからかわれ苦手意識がある。処女。家族構成は両親と祖父母、心優しい商人一家で……。


 のっけからスリーサイズのそれを読むが、過去の功績、来歴、戦闘能力やスキルの類は一切書かれていない。


 やはり何かがおかしいと思ったが、彼は構わず次の紙を捲った。


「エヴァ、B87、W58、H82、恋愛経験無し、趣味はアクセサリー製作で、それを仕事にもしている。気配り上手で彼女の周りは空気が柔らかい。処女――」


 変わらない、次へと読み飛ばす。


「セレス、B74、W54、H75、恋人無し、ツンデレ、強気な言動に反し心弱め、絆されると無口なままだだ甘に、処女。」


 次、


「キリエ、B89、W61、H85、男に触れた事もない、処女。テレサ、B72、W52、H73、恋に恋している処女――」


 はい次、はい次、次、次、次、次、と次々にプロフィール文を捲って行くがしかしグラビア付きプロフィールは変わらない。


 変わらない、変わらない、変わらない。どこまで行っても美女、もしくは美少女の紹介文――とりあえず見た目とスリーサイズは必須事項とみた。


 読み飛ばしの量は段々と増え、段々とどうでもよくなり、最後にはスリーサイズと性体験の欄だけを読むようになったあたりで念の為に、


「中の書類間違えてませんか?」


「それで間違いない」


「魔王さまの推しアイドル、もしくはセクシー女優のプロフィールではなくて?」


「全員ここ最近の神が選んだ勇者だ」


「それにしてもよくこんな下世話な情報まで調べられましたね……で、これがどうかしましたか?」


「気づかないのか?」


「何がですか?」


「――全員女だろ?」


 とりあえず、みんな美女、もしくは美少女であることは間違いないが。


 迫真の真顔で言われても困るなあと思いつつ、


「ええ、それが何か?」


「人間は基本一夫一妻なのか知っているか?」


「ええ」


「じゃあそれを広めたのは?」


「教会ですよね?」


「そうだな。人間の愛は小さい、複数の愛は与える事も求める事も能わない。だから生涯愛する人は一生に一人のみ――」


 魔王は朗々と語り始める。


「そうして教会が布教した愛の概念――特別な愛情、真実ほんとうの愛をその胸に抱けるのは世界にただ一人、仮にそれ以上は出来たとしても愛の独占行為――


 たとえ本当の愛だとしてもただの欲望に成り下がる――即ち不純であり不貞であり不徳であるとされている。


 それは概ね正しい、人を愛するには多大な労力と時間を要する――普通の人間であればそれこそ一人が限界、いや、それすら満足におぼつかない有り様だ。一人の男が大勢の女を支えるとなれば、それこそ収入の問題もあるだろうが――」


 それらをクリア、もしくは免除できる条件、実力者はいる。王侯貴族の跡継ぎ問題やら何やらもあるだろう、だが理想は一夫一妻、それが常識であり良識とされている。


 ――だが、ここで何故それを尋ねるのか?


 そう視線で聞き返す仮面魔導士に魔王は告げる。


「……それは何故だ?」




 再度、強く問われた。


人間の婚姻関係で一夫一妻が推奨されている理由は、それ以外であると夫婦間でのトラブルが起こりやすいからだ。


 男であれ女であれ、つがいが自分以外の♂♀に視線をやればささくれ立った感情が沸き立つのも、男女比率が概ね均衡している人という生物の感性であれば当然だろう。


 人は弱く、強欲で、嫉妬深い。


 そんなものは分かっている。


 自分は何故あんな下品なプロフィールを見せられたのか、仮面魔導士は非常に嫌な予感を覚えつつジョッキを口に運びビールを飲んだ。


「……なにが言いたいんですか?」


「世界に勇者はただ一人――結婚できる相手も、世界にただ一人――」


 胸騒ぎがする。これは夜聞こえて来る父親と母親の変な声、その意味に気付かず顔を顰めて聞いていたあの時の感覚と同じだ。


 店員を捕まえ追加で枝豆とポテトフライ、焼いた腸詰めを注文し魔王も焼き鳥に焼きソラマメ、それと冷の米酒を頼んだ。そう、何かがオカシイ、大人の精神安定剤――現実逃避の準備を知らず知らず進行してしまうくらいに。


 気付きたくない、気付きたくない、気付きたくなかったけれど、


「……そしてここ二千年近く、ずっと男勇者が来ていない……!」


 仮面魔導士の中でこれまでの情報が電撃の様に繋がった瞬間、二人の間に沈黙が降り、カウンター席の喧騒が無駄に大きく響いた。


 気付いてしまった。


「……まさか、」


「――そう……」


 魔王は厳かに口を開く。


「――勇者は神の嫁だ……!」






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