29.違和感


 サニアの言っていた道具屋は、北西の区画にある。中央広場の銅像から1キロ程離れた、表通りに面する道具屋だ。空が茜色から群青色に染まりつつある時間帯に、祐樹たちは店へと訪れた。店の扉の上にフラスコのような形の鉄製の看板が揺れており、そこが道具屋であることを示していた。その看板を見て、祐樹は某国民的RPGの道具屋をイメージする。やはり薬品も取り扱っているのだろうか。


 と、そう考えている時に、店の中から腰にエプロンを巻いた初老の店主らしき男が扉を開けて出てきた。扉のノブに掛けられている板を手に取り、それを裏返す。そこには、この世界の文字で『CLOSED』と書かれている。閉店の時間なのだろう。


「あぁ、ちょっと待ってくれ! 待ってください!」


 祐樹が慌て、店主へと駆け寄る。突然声を掛けられた店主は驚き、祐樹へと振り返った。


「な、何だ? 今日はもう店仕舞いだよ」


 客だと思った店主は、扉に掛かっている閉店を示す文字を親指で指した。


「あぁ、違うんです。少々お尋ねしたいことがありまして」


 手を振り、客ではないことを明かす。その後ろから、エリスたちも遅れてやってくる。


「訪ねたいこと? ……って、後ろの二人は以前うちに来た子らじゃないか」


 ルーナスとサニアに気付いた店主は、以前店に訪れた二人であることを思い出し、怪訝な顔をする。ルーナスは店主へ向け、軽く頭を下げた。


「すまない。実は先日の話をもう一度聞きたくて訪ねに来たんだ」

「話? 話っていうと、女の子を見かけなかったかどうかっていう?」

「そ。悪いんだけど、もう一度話してもらえない? この人、詳しい話を聞きたいらしいから」


 サニアが不遜な態度で店主に言う。そんなサニアを、祐樹は軽く小突いた。「きゃん!」という声が出た。


「ったぁ、何すんのよいきなり!」

「人に物を頼む時の態度やないやろ。言い直し」


 軽く睨みつつ、呆れたように言う祐樹。今までガラが悪い青少年を補導した経験もあり、その辺りは祐樹も少しうるさい。サニアの活発で物怖じしない性格は美点ではあるとは思うが、だからと言って物の言い方を全て許容するという理由には到底なりえない。


 むぅ、と呻きつつも、改めて言い直す。


「……この間の話、もう一回お願いできません?」

「あ、ああ。まぁ断る理由もないしな」


 一連のやりとりを見て、少し苦笑しつつも、快く承諾する店主。道具屋にしては筋肉質な腕を組みながら、顎に手を添えながら語り出した。祐樹も手帳を取り出し、メモを取り始める。


「二日前、まだ昼になるには一時間程かかるくらいの時間帯だったか。こっから北西側の塀近くで、ピンク色の服を着た女の子が男に話しかけられているのを見たんだ。顔は遠目からでもよくわかる程に、厳つい人相をしていたよ」

「ふむ、他に顔や身体的な特徴については?」

「んー、目つきは鋭かったな。髪色は黒だったか茶だったか、その辺りの記憶は曖昧なんだが……あぁ、身長は高かったな。ちょうどアンタくらいか」

「……服装については?」

「一般人と大して変わりない、目立たない服装だったよ。悪いけどそれくらいしか覚えてないねぇ」


 一言一句、真剣にメモを取りながら質問していく祐樹。そして、次に質問を投げかけた。


「怪しいと思って、衛兵か誰かに通報はせんかったんか?」

「いやぁ、さすがに子供に話しかけてるだけで通報するのもどうかと思ってねぇ。けどまさか誘拐だったとは……」


 店主は申し訳なさそうに言う。厄介ごとに巻き込まれたくなくて通報しなかった、とも考えられるが……。


「……他に何か気付いたことは? どんな些細なことでもいいので」


 モヤっとした気持ちを落ち着かせ、祐樹は質問を続けた。


「いやぁ、正直それ以上は……まぁ、何が目的かは知らないけど、もう町から逃げたんじゃないかい?」


 他人事だと思ってか、呆気らかんと言う店主。祐樹は少し考えた後、手帳を閉じた。


「……ご協力、感謝いたします。また何か気付いたことがあれば、シルバーフィッシュに我々は滞在していますので」

「お、そうかい。じゃあ俺はこれで失礼するよ。明日の準備もあるからね」


 言って、店主は早々と店へと戻っていく。扉を閉めると、『CLOSED』の札が左右に小さく揺れた。


「……何よあいつ、子供一人誘拐されてるっていうのに」


 店主の素っ気ない態度が気に入らなかったのか、サニアは不満を露わにする。エリスも同様らしく、どことなくムッとした表情を店に向けていた。


「……どうする? もうそろそろ完全に暗くなるぞ?」


 ルーナスが祐樹に聞く。確かに、太陽の光が失われていったことにより、周囲は徐々に暗闇に呑まれつつある。と、突然祐樹たちの頭上を淡い光が照らしだす。


 見上げれば、建物の屋根付近から飛び出ている突起らしき鉄棒の先端から、蝋燭のような光が吊り下げられているように揺れている。ただ、実体はなく、紐のような物も見えない。一つではなく、幾つかの建物の上からも同じ明かりが灯っており、表通りをぼんやりとではあるが光で照らしていた。


「あれは?」

「知らないの? あれは『スピライト』よ。周りが暗くなると自然と明かりを灯してくれる『スピリツール』」


 サニアの説明を受け、祐樹とエリスは眉を上げた。


「すぴらいと? すぴりつーる?」

「はぁ? アンタたち、そんなことも知らないの!?」

「……スピリツールは、小さな精霊石を使って生活の助けをしてくれる道具で、あのスピライトは云わばランタンの代わりだ」


 驚くサニアと、説明をしてくれるルーナス。それを聞き、祐樹は以前、エリスが精霊術について説明してくれた際に言っていた道具とやらを思い出した。日本で言う街灯と同じ役割を果たしているあれがそうなのだろう。エリスも、どうやら実物と通称を聞くのは初めてだったようで、「へぇ」と感心していた。


「……アンタたち、どんな田舎から来たのよ」

「いやぁ面目ないのぉ」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、そんな謝らなくてもいいわよ……」


 呆れかえるサニアに対し、笑いながら頭を掻く祐樹と、頭を深く下げて謝罪するエリス。そんなエリスに、逆にサニアがどうしたらいいかわからず狼狽えた。


「……で? 話を戻すが、どうするんだ?」

「あぁ、すまん。今日のところは宿に戻るで。暗いとどうすることもできん」


 明かりはあるとはいえど、その光は淡い物で、正直頼りない。視界が悪い状況では、探す物も探せないし、人に尋ねて回るということもできない。祐樹に促され、一行は宿へと歩みを進めて行く。


 その後ろ姿を、見つめる者がいることも知らずに。







 宿に戻った一行は、早々に食堂へ入って夕食にありついた。この宿の名物、ニジマスに似た川魚の香草焼きの香ばしく焼かれた皮と脂ののったプリプリの身に舌鼓を打ち、空腹だった胃を落ち着かせてから、片付けられたテーブルの上で話し合いを始める。


「さて、情報をまとめると、やな」


 祐樹はメモを手にし、日中に集めた情報を声に出していく。


 誘拐された子供の名はエリー。瞳は茶で、一本にまとめられた長い髪は金。年齢は9才。性格は大人しく、誘拐された当時はピンク色の服を身に纏っていた。最後に目撃されたのは北西の塀の側。いなくなった時刻は昼前。父親は漁師で、母親は酒場の給仕。


 誘拐された当日に手紙が投げ入れられ、手紙には娘を誘拐し、身代金を出さなければ殺すという脅迫が書かれていた。


 犯人は厳つい顔をした男。身長は祐樹並で、服装はこれと言って特徴はなし。エリーがいなくなった当時、彼女に話しかけていた。


「……正直、これだけで犯人を捜すというのは心許ないな」


 祐樹がまとめ終わると、ルーナスは椅子にもたれかかって腕を組んだ。


 確かに、目撃情報が正直曖昧だった。相手は男で、人相が悪いということはわかった。が、それだけだ。どこの誰か、或いは身元がわかるような特徴というような情報はない。犯人を特定することは、即ち誘拐されたエリーを見つけることと同じ。しかし、エリーの行方もわからなければ、犯人に繋がるような情報は殆どない。


「あぁもう! もどかしいわね! どこ探せばいいっていうのよ! もう町のほとんどは探し終わっちゃったわよ!」


 イライラし、頭を抱えるサニア。そんな彼女に、ルーナスはため息を一つ付いた。


「お前な……あれを探していたというのか? ただ走り回ったとほぼ同じだろう」

「何ですってぇ!」

「ふ、二人とも、喧嘩はやめてください……サニアさんも落ち着いて……」


 ルーナスに掴みかかりそうな勢いのサニアをエリスはおろおろしつつも押し留めようとする。エリスに窘められ、サニアはブスっとした顔のまま座り直した。


「……もう一度、情報を集め直そう。今度は落ち着いて行けば、何か新しい発見があるかもしれない」

「……わかったわよ」


 落ち着き払ったルーナスに諭され、サニアは不満を晴らそうとしないままだったが、素直に頷いた。自分を客観的に見る余裕はあるようだった。


 そんな彼らのやりとりを他所に、祐樹はメモに目を落としたまま黙り込む。時々唸りながら、眉間に皺を寄せた。


「……あの、ユウキさん? 先ほどから口を開いてませんけど、どうしました?」


 見かねたエリスが、祐樹の顔を半ば覗き込む。聞かれ、祐樹はハッとしたように顔を上げた。


「ああ、悪い。ちょっと気になることがあってな」

「気になること?」

「何よそれ?」


 ルーナスとサニアも、祐樹が引っかかっていることに興味を持ったのか、少し身を乗り出す。祐樹はメモをテーブルの上に置き、指でページを指した。


「『娘は預かった。返して欲しくば金貨200枚を持って来るように。さもなくば娘の命は無い物と思え。引き渡し場所はまた追って連絡する』……これが手紙の内容や」

「ああ、実にわかりやすい脅迫状だったな。それがどうしたんだ?」


 ルーナスの質問に、祐樹はテーブルに肘を着き、やや前のめりになった。


「おかしいと思わんか?」

「え、何がですか?」

「何で『また追って連絡する』んや? 犯人は娘を誘拐した。そして身代金を要求した……なのに、引き渡し場所だけは明記せず、あえて分けた……それは何でや?」


 祐樹が手紙を読んで覚えた違和感。それは、何故あえて引き渡し場所をすぐに指示しなかったのか。大体の目的は書いているはずなのに、そこだけがどうも引っかかっていた。


「何でって……そういえば、何でだろう?」

「……もしかして、この町の事をまだ把握してないから、引き渡し場所を選ぶから少し待て……ということですか?」

「そうすると、誘拐は随分突発的な犯行ということになるな。下調べも何もしないでそんな大それたことをするとは思えない」


 犯人の意図がわからず、祐樹を除いた三人は議論する。そして、祐樹はもう一つ、疑問に思ったことがあった。


「……それと、ちょっと気になったから宿の女将さんに聞いてきたんやけど、この町の漁師と給仕の稼ぎについて調べてみたんや」

「はぁ? 何でそんなこと」


 サニアが聞くも、祐樹は手で制した。


「まぁ聞いてくれや。それでな、猟師は魚が獲れた量で左右されて、ここ最近は不漁が続いとるらしい。給仕の方も、そこまで給料はよくはない。あの夫婦が暮らしてる場所を見てる限り、生活水準は下の方や」

「ああ、家具は少ないし、あそこ一帯は裕福とは言えない場所だからな。貧困、とまではいかないにしても、少々暮らしていくには酷かもしれない」

「そこや」


 そう言ったルーナスに、祐樹は人差し指を立てた。


「金貨200枚。これはワシでもわかる大金や。そんな大金を、あの夫婦が持ってる風に見えるか?」

「……つまり、身代金を払えそうにない家の子供を、犯人は誘拐した……」

「もしかして、誘拐する子供を間違えたってこと?」


 エリスが祐樹の後を引き継いで呟き、サニアが思いついた事を口にする。が、祐樹はそれを頭を振って否定した。


「いや、犯人は家に手紙を出した。犯人は最初からあの家の子供を誘拐するつもりやったってことんなる」


 間違えて誘拐したのならば、そこの子供の住む家に手紙を出す訳がない。勘違いからの犯行という線は無いと見ていいだろう。


「……では、怨恨から来る犯行……ということになるのか?」

「それもある……が」


 ルーナスの予測に、祐樹は険しい顔をしたまま自らも予想を立てる。


「もしもの話やけど……もしも、その金貨200枚をあの家が隠し持っとるとしたら?」

「……あ!」


 エリスが大声を上げ、椅子から立ち上がった。


「怨恨にしても、お金にしても、どちらもあの家族と関わりのある人たちが関係してくる……!」

「ちゅーことんなるな」


 夫婦のどちらかに怨みを持っている人間の犯行か、夫婦の隠し財産を知っている人間の犯行か。それらに加え、家の場所を特定できている点で、夫婦のことをよく知っている者の犯行であることはほぼ間違いないと見ていい。


「……それか、第三者に依頼して誘拐させた、という点も考えられるな」


 腕を組みながら、ルーナスが言う。自身の足が着かないように、赤の他人の協力を得ての犯行という線も捨てきれなかった。


「せやけど、どっちにせよあの夫婦とは顔見知りの人間が関わっているとしか思えへん」


 金が目的か、それとも夫婦の子供が目的か。狙いはいまだわからない。だが、これで犯人に一歩近づいたとも言える。


 しかし、まだ推測の段階だ。受け渡し場所を明記しなかった理由も定かではないし、この話が事実かどうかは今後の情報収集にかかっている。


 この世界には、警察という組織が存在していない。となれば、鑑識もいなければ、科捜研もない。指紋採取や、DNA検査すらもあるかどうか疑わしい。それでも、昔の人間はそういった化学の力に頼らずとも、自らの足で事件解決のために奔走し、そして犯人を逮捕してきた実績を持っている。


 ならば、それが今を生きる人間にも不可能なはずがない。信じるのは、己の経験と足だ。


「明日は2グループに分かれて情報を集めるで。ワシとエリスは北側と西側を。ルーナスとサニアの二人は南側と東側を調べて欲しい。異論は?」

「ああ、無いな」

「しょうがないわね……」

「も、問題ありません!」


 祐樹の提案に乗る三人。広い町を四人だけで調べて回るのは難しい上、あまり悠長なことをしていられないのはわかってはいる。今は手紙に書かれていた『また追って連絡する』という言葉から、時間はまだ残されているという事を信じたい。


「では、また早朝。太陽が昇ってから食堂に集合やな」

「ああ。今は休もう。俺らはともかく、そっちは疲れているだろうからな」


 チラと、ルーナスはエリスを見る。当のエリスは一瞬何のことかわからずキョトンとしていたが、気付いて慌てて両手を振った。


「い、いえ、そんなことは……」

「無茶しなくてもいいわよ。アンタは特に疲れたって顔してるわよ」


 サニアからも指摘され、え、と呟いて頬辺りを触るエリス。当たり前だが、触ったところでわかるわけがなかった。


「あぁ、そうやな。今日のところは休もうか。な?」

「う……はぃ」


 エリスの仕草がおかしかったのか、祐樹は笑いを堪えつつエリスに言う。天然気味な行動を見られ、エリスは恥じらいから頬を赤く染めて俯いた。


 先ほどまでの真剣な空気から一転し、柔らかい雰囲気へと変わる。ひとしきり笑い合った後、一行は各々の部屋へと戻るのであった。



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