28.事情聴取


 部屋で荷を下ろし、しばしの休息を取った後、祐樹とエリスは部屋を出て宿の一階へと降りた。そこではすでにルーナスとサニアが待っていた。


「よし、じゃあ行くか」

「それで、被害者の家はどこや?」

「ここから歩いて少ししたところにある、南東側にある家だ。少し入り組んでいるが、場所は知っている」


 祐樹の質問にルーナスが答えつつ、宿を出る。歩く道すがら、祐樹は被害者についての情報を聞いた。


 被害者の子供の少女は、父と母の三人で暮らしていた。漁師の父親と酒場で給仕をしている母親に対する印象は、ルーナスから見てもどこにでもいる一般家庭の親そのものといったものだった。


 誘拐事件が発覚したのは、二日前。子供が遊びに行って帰ってこず、心配した母親が捜しに行ったものの、町の中を探しても見つからなかった。が、その日の晩に家の中に娘は預かった事と、身代金としてゴルド金貨200枚を用意するようにということ、そしてまた追って連絡をすると書かれた手紙が届けられたという。


 金貨200など、すぐに用意できる程の蓄えなどない。そう悲観に暮れる夫婦を、サニアが放っておけずに首を突っ込んだ……という流れだった。


「本当は関わることなんてなかったんだが、絶対に連れ戻して見せるなんて豪語してしまったからな。引くに引けなくなってしまったんだ」

「当たり前でしょうが! 子供を誘拐した挙句にお金まで要求するなんて、絶対許しちゃいけないじゃない!」


 豪語した張本人であるサニアが息巻き、両手で拳を作る。言っていることは正しいし、祐樹としても放っておけるような話ではない。


 が、それでも誰彼構わず人に突っかかっていい理由にはならない。道行く人が、時々祐樹たちを……主にサニアを見て険しい顔をしている辺り、余程騒いだのだろう。思わず眉間に皺を作り、指で抑えた。


「……もう散々言うたからあえて何も言わんがな。心意気は買うで」


 そう言うに留めておくことにする。幸いとして、今のところいい顔を向けられないという程度に留まっているため、大きなトラブルは起こっていない。


 やがて一行は、南東側の区画、そこの表通りから脇道に入り、建物同士が密集している入り組んだ路地を進んでいく。表通りよりもさらに狭い、人二人が通るのがやっとの窮屈な道だ。


 半分迷路状となっている路地を歩くこと約5分。先頭を歩いていたルーナスが立ち止まり、祐樹たちも足を止めた。


「この家だ」


 ルーナスの前に建っている家は、周りの建物となんら変わらない家だ。この町の大体の建物と共通している石造りの一階建ての建築物だ。出入り口である木製の扉の横にははめ込み式の窓が一つ。祐樹は中の様子を見ようとも思ったが、それよりもルーナスがドアをノックした。


 三回、硬質の音が鳴る。少しの間を置き、家の中から人が動く気配がした。そして足音がした後、扉の鍵が開けられ、内側に半ばまで開かれる。


「……あなたは」


 扉から顔を出したのは、長袖のドレスを纏ったブロンドの長い髪をした女性だった。年は20か30代前半程と見られるが、少し頬がこけ、虚ろな目からは覇気がない。誰から見ても疲弊しているのが伺えるその表情は、ルーナスの姿を目にして驚きに彩られた。


「突然お邪魔して申し訳ない。実はお話があって……」


 ルーナスが言いかけた瞬間、扉が勢いよく完全に開かれた。


「む、娘は!? 娘は見つかったんですか!?」


 息せききって現れたのは、髪をそり上げた屈強な男。女性よりも身長が頭一つ分高い。飛び出してきた男は、ルーナスに詰め寄る勢いで顔を近づけた。あまりにも鬼気迫った様子に、祐樹の隣にいたエリスは驚き、思わず祐樹の服にしがみつく。


 対し、ルーナスは冷静に、表情を崩すことなく男をやんわりと押し返した。


「すまない、まだ手がかりがほとんどない状態なんだ」

「そんな!? あなたたちが何とかしてくれるんでしょう!? こうしている間にも娘は……!」


 憤慨する男。だがルーナスはそれでも態度を崩そうとしなかった。


「けど、俺たち二人だけじゃお嬢さんを探すのは難しい。だから、手助けを頼んだんです」


 言って、ルーナスは祐樹とエリスに手を向けた。


「手助け、だって?」


 男と女性は祐樹とエリスに目を向ける。疑いの視線を向けられ、祐樹はすぐさま警察手帳を取り出そうとした……が、ここでは意味がないことを思い出し、頭を軽く下げ、名を名乗る。


「初めまして、祐樹と言う者です。こちらはピエリスティア」

「ど、どうも……」


 おずおずとエリスも祐樹に倣い、頭を下げた。


「ワシら二人とも、今回の事件のあらましを聞き、何か力になれないかと協力を申し出たんです。何があったかはルーナスとサニアから聞きましたが、より詳しい話を聞きたいと思い、こうして足を運ばせていただきました」


 関西弁を封印し、標準語でここへ来た経緯を軽く説明する。それを聞いて、男は険しかった表情を少し和らげた。


「あ、ああ、そういうことでしたか。わざわざありがとうございます。ここで立ち話も何ですから、どうぞ中へ……おい、お茶を用意してくれ」

「は、はい」


 男に命じられ、女性は急ぎ足で家の中へ戻る。男に促され、祐樹たちも家の中へと招き入れられた。


 中に入ると、最初に印象に受けたのは『さっぱりしている』というような内装だった。日本で言う1DKという構造をしている家は、クローゼットや椅子、テーブルといった必要最低限の物しか無く、後は女性がお茶の準備をしている石窯のキッチンの横に備え付けてある大きな棚と、壁に掛けられている花の油絵くらいしか目立つ物がなかった。


 椅子は三つしか無く、初めて話を聞く祐樹とエリスが男性と対面する形でテーブルに着いた。


「申し訳ありません、椅子が足りず……」

「いや、いい。突然訪問したのはこちらなんだ。気にしないでくれ」

「私も大丈夫よ」


 非を詫びるマットにルーナスとサニアは軽く手を振った。


「紹介が遅れました。私はマットと申します。今お茶を用意しているのは妻のマーサです」


 男、マットは頭を下げて自己紹介をし、祐樹とエリスも再び頭を下げた。そして顔を上げ、祐樹はルードを見る。


 屈強な見た目からは、並の人よりも体力は高いようにも見える。が、女性、妻であるマーサと同様、疲れ切った様子が見える。精神的にまいっているのだろう。だが、食事が喉を通らないといった風なマーサと比べると血色はいい。


「早速ですが、事件について詳しくお話を聞かせてくれませんか。誘拐されたお子さんはどのような外見を? それと、事件についてわかっている範疇で詳しく」


 祐樹は真剣な面持ちで懐からメモとボールペンを取り出し、マットから話を聞く体勢に入る。マットは頷き、静かに話し始める。


「……誘拐されたのは、娘のエリーです。妻と同じ茶色の瞳と、金色の長い髪を一本に束ねた、大人しい子でした。誘拐された当初はピンク色の服を着ていて遊びに出かけて、そのまま……」

「ふむ……お子さんのお年は?」

「9才です」


 祐樹はメモにペンを走らせ、誘拐された少女、エリーの特徴を記していく。


「事件のことについて、私たちもよく把握は……何せ、日が暮れても帰ってこないのに気付いた妻が捜しに行ってもどこに見当たらず、町中をくまなく探しましたが、あの子はまるでこの町にいなかったように姿が……その晩です。手紙が投げ入れられたのは」

「……手紙は今ここに?」


 祐樹はペンの動きを止め、視線を上げた。


「は、はい。ここに……」


 慌てた様子で懐から件の手紙を取り出し、テーブルの上に置く。四つ折りの状態で畳まれた羊皮紙を、祐樹は手に取って広げ、中を検(あらた)める。


「……『娘は預かった。返して欲しくば金貨200枚を持って来るように。さもなくば娘の命は無い物と思え。引き渡し場所はまた追って連絡させていただく』……か」


 不謹慎かもしれないが、内容はありきたりといった物だった。簡潔に、そして要件を手短に伝えている。身代金目当てであるということが、文面から見ても明らかだ。


(……しかし……)


 祐樹は手紙に妙な違和感を覚えた。が、その違和感について考えるよりも、今は事件について知ることを優先した。


「どうも……それで、衛兵には伝えたんですか?」


 手紙を元通りの四つ折りにし、マットへ返した。誘拐事件ともなれば、やはり問題になるだろう。町民の間に不安は広がるだろうが、被害拡大を恐れて警戒するに越したことはない。


 ごく当たり前のことを聞いたのだが……返ってきたのは、どこか狼狽えた様子のマットの表情。


「そ、それは、私たちも最初はそうしようと思いました。しかし、衛兵に連絡した結果、娘にもしものことがあったらと思うと不安になって……」

「……そうですか」


 言っていることはわかる。わかるのだが、祐樹はどうもマットの態度が気になった。


「あ、あの……お茶が入りました」


 と、横からカップを乗せた盆を持ったマーサがおずおずと声をかけた。


「あ、これはどうも」

「ありがとうございます」


 夫の前と、祐樹とエリスの前に、それぞれカップを置く。祐樹はマーサの手を見る。カップを持つマーサの手が震え、ソーサーの上のカップがカチカチと音をたてているのに気付いた。


「……あの、大丈夫でしょうか?」


 エリスもそれに気付き、心配そうな面持ちでそっと聞く。マーサは慌て、テーブルから身を引いた。


「だ、大丈夫です。ここ最近、眠っていないので……」


 そう言って、ルーナスとサニアにも茶を手渡す。テーブルに着いていないため、二人は礼を言いながら立ったまま受け取り、茶を口にした。


 エリスもそれ以上何も言えず、ただそれでも心配そうな目をマーサに向けるしかできなかった。


「それじゃあ、最後にエリーさんが目撃された情報は持っていないんですね」

「は、はい……私たちは、何も……」


 悔し気に顔を伏せるマット。祐樹はメモにその事を書き記すと、メモを眺めながら考え込んだ。


「……ふぅむ」


 ボールペンのノック部分で頭を突きながら唸る。情報は少ない。が、気にかかることはできた。それに、夫婦からこれ以上誘拐のことについて聞くことはできそうにない。


「……あ、あの……」

「あ、はい」


 マットの声に、考え込んでいた祐樹は現実へ引き戻される。咄嗟に返事をし、姿勢を正した。


「正直、あなた方がどこのどなたか存じませんが、今は誰の手でも借りたい気持ちなので、こういうのもあれなのですが……娘を、本当に取り返していただけるんでしょうか?」


 不安そうに、心配そうに……マットは縋るような目で、祐樹を見つめた。


 大事な我が子が誘拐されたのだ。心身共に疲弊するのも無理はない。過去にそんな家族を、祐樹は見てきた。それも、見覚えのない外部の人間が事件を解決しようと言うのだから、疑惑を向けるのも当然の話だった。


「……かならず、娘さんを取り戻します。我々に任せてください」


 だが、例えどんな風に思われようとも、祐樹は全身全霊をかけ、罪なき子供を救うことに全力を傾けることを、夫婦に誓った。


「あ……ありがとう、ございます……!」


 疑いの気持ちは晴れないだろう。それでも、力強くそう宣言され、涙ながらに礼を言うマット。横でマーサも頭を下げ、感謝の意を示した。


「では、これにて失礼します。また手紙が投げ入れられたら、我々にご報告ください。『シルバーフィッシュ』という宿屋にいますので、これにて」


 そう言いながら、祐樹は椅子から立ち上がった。エリスも慌てて席を立つ。


 夫婦に背を向け、扉へと歩く。と、その際に、キッチン横に立てられている棚に視線を向けた。


 棚には一升瓶のような大きな瓶から、ビール瓶程の大きさの瓶まである。それが所狭しと、棚に陳列されていた。


「ユウキさん?」

「ん、すまん。何でもないで」


 エリスが立ち止まった祐樹に声を掛けると、祐樹は外へ出るべく再び歩き出す。視線を向けていた先をエリスも見てみるが、何故棚を見ていたのか、エリスにはわからなかった。






「そんで、サニアが聞いた目撃情報はどこからの情報やったんや?」


 マットの家から出て、祐樹はサニアに聞く。ビクリと肩を震わせたサニアは、やや腰を引きつつ言った。


「え、えっと、こっから北にある区画にある道具屋で……」

「……なんでそんな腰引いてんねん」

「多分、アンタのさっきの口調のせいだろう。今とさっきとでは随分違うからな」


 ルーナスの言うさっきとは、夫婦から事件について聞いている最中の時の話だろう。祐樹は基本、仕事中は標準の言葉で話すが、オフの時や近しい者たちには関西弁で喋るため、元いた世界でも戸惑われることは多々あった。


「……あぁ、まぁ、慣れん奴はそうなるわなぁ」


 まぁ、直せとも言われていないため、ずっとこのスタンスで続けてきてはいるが。しかしそこまでビビらなくてもいいのではないだろうかと、祐樹はちょっと傷ついた。


 ただ、サニアとて別にそれだけで祐樹に対し怯えることはしない。単純に、昼間の拳骨の痛さを食らった身としては、どうしても腰が引けてしまうのである。


「と、とにかく道具屋行くわよ。もうすぐ日が暮れちゃうし」


 何だかんだで話し込んでいたせいか、徐々に空が赤に染まりつつある。人がほとんどいなかった路地にも、家路に着いた人々が見慣れない存在である祐樹たちに怪訝な目を向けながら家へ入っていっている。


 あまり長居して注目を浴びるのもよくない。サニアの提案に異議を唱える者はなく、祐樹たちはサニアの言う目撃者がいる北側の道具屋を目指すこととなった。

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