27.川辺の町リバーバンク

 



「ほぉ、お前ら二人は同じ村出身なんか」

「ああ、俺とサニーは所謂幼馴染って奴なんだ。理由は話せないが、訳あって一緒に旅をしている」

「それでお二人とも仲がよろしいんですね」

「……あれで仲が良く見えるというのも考え物なんだけどな」


 領主が住まうウォルフゲートから南東にある町、リバーバンク。その名の通り、ルノー川沿いに位置している町を目指し、祐樹とエリス、そして南の町へ行く切っ掛けとなったルーナス、サニアの四人は、石畳の街道を歩いていた。その際、祐樹はルーナスとサニアの間柄について聞いていた。


 二人が来たのは、フォレストアーチよりもさらに南、山を隔てた向こう側にある村。多くは語らないゆえに旅をしている理由はわからないが、少なくとも祐樹たちよりも旅慣れはしているようだった。


「今回、リバーバンクに休息も含めて立ち寄ったんだが、そこでサニアがどうも途方に暮れていた様子の夫婦を見かけてな。それで今回のような事になってしまったんだ」

「へぇ……それで、他に情報は無いんか?」


 誘拐ともなれば大事だ。ならば、目撃情報以外にも手がかりとなる情報が無ければ動きようがないのだが。


「無い。犯人と思しき外見的特徴を聞いたらすぐに動き出したんだよサニーの奴」

「おいおい……」


 誘拐された子の特徴やら最後に目撃された情報やら、色々と調べなければいけないことはあるというのに。


「それで昨日は手当たり次第に町を駆け回った挙句、町から逃げ出してる可能性があるかもしれないってことであそこで待ち伏せしてたんだが……」

「……反対はせぇへんかったんかい」

「言っても聞かないからなあいつ」


 はぁ、と深いため息をつくルーナス。毎回相方に振り回されているらしく、そこには気苦労が絶えないのが伺える悲観さが感じ取られた。


「でも実際、町から外へ逃げ出したっていうことはないんですか?」


 エリスが横からルーナスに疑問を投げかける。誘拐されてからどれだけ経っているかはわからないが、時間が経てば経つ程に犯人は遠くへ逃げる可能性すらある。そう考えれば、サニアの待ち伏せは、やり方はどうあれ考え方としては間違っていないようにも見えるが……。


「いや、それはないと思う」


 が、はっきりとルーナスはそれを否定した。


「何でなん?」

「……身代金の要求があったらしいんだ。それも大金。そんな金をすぐに用意できると思うか?」

「……あぁ、なるほどな」


 つまり、要求した金を受け取っていない今、まだ誘拐犯は人質と共に町に潜伏している可能性がある。


「……で、サニーの奴は深読みして『身代金はブラフで、もう町の外へ出るかもしれない!』って叫んで……はぁ」

「……苦労しとるなぁお前さん」


 ポンと、項垂れたルーナスの肩に祐樹は慰めの意を込めて手を置いた。昔からそうだったのかもしれないが、こうも振り回されているのを見るとどうも同情してしまう。


「だ、だってそういう可能性だってあるでしょう!!」


 祐樹たちの数歩後ろ、人に慣れない犬のように警戒心を剥き出しにしたまま歩いていたサニアが、ため息をつくルーナスに抗議した。


「……確かにお前の言ってる事も理解できるけどな。かと言って何の根拠があってそう結論付けれるんだよ」


 振り返り、呆れたように言い返すルーナス。それにサニアは、うぐ、と唸って言葉を詰まらせた。


「だ、だって全然見つかんないし……」

「見つけて欲しいって依頼されたの昨日だぞ? しかも闇雲に探し回ったって、そう簡単に見つかるわけないだろう。いい加減その暴走癖を治せ。そしていつも引っ張りまわされる俺の身にもなってくれ頼むから」

「むぐぐぐぐぅぅぅ!」


 ルーナスの文句に言い返そうにも言い返せないサニアは、真っ赤になって膨れっ面になる。反省している様子が見られないが、自覚はあるようだった。


「……ホンマ、よう付き合(お)うとるなこの兄ちゃん……」

「で、ですね……」


 諸突猛進、と言えば聞こえはいいが、何の根拠もないまま走り回ったところで、骨折り損になることは確実だ。相棒がこれでは、探せる物も探せないだろう。祐樹とエリスは共に苦笑せざるをえなかった。


 2時間ばかし歩き続け、やがて一行は小高い丘を上ると、右手側に流れる大きな川が見えてきた。先ほどまで遠くに見えていたルノー川も、南へ進むにつれて道と川岸が隣接するように近くなっていく。緩やかに流れる水のせせらぎが耳に心地よく、うねる水面が陽光を受けて煌めいている。それに合わせ、遠くに見える数キロ先の対岸に立つ木々の緑と、それより遠くに見える山の青さの絢爛たるや、自然の美しさを体現している。


「あぁ、見えてきた。あれがリバーバンクだ」


 言って、ルーナスが先を指さした。丘の頂上から指し示された眼下には、目的地であるリバーバンクが見える。祐樹は川の上に町が浮かんでいるのかと思ったが、どうやら違ったようだ。川が西側にあるに対し、町は東側の高い位置にある。土手の上に町を築いたような感じだ。川が氾濫しても水没しないようにしているのだろう。広さはやはり、フォレストアーチとグラスホールの比ではなく、円形で町をぐるりと囲っている赤茶色のレンガの塀は、6m程の高さがある。その上は歩道となっており、衛兵や夜番の兵士が見張りに立てるようになっている。その塀の西側から人らしき影が出入りしているのが見える。そこに出入り口があるのだろう。町から出た人は北か南か、二手に別れたどちらかの川沿いの道を歩いていく。


 町に隣接する形で風車が建っており、風を受けて悠然と回っている。風車の下には、芝生の中に長方形の形で草が生えていない箇所があり、そこが畑となっているようだった。


 そして町と対面に位置する川岸には、幾つかの小屋と桟橋がかかっており、大小様々な船が流されないよう括りつけられている。町人の生活資源でもある川魚を捕るための船なのだろう。


「さすが、町なだけある。でかいのぉ」

「すごい……こんな大きな町、本でしか見たことないです」


 村以外に人が住まい地域に来たのは初めてな祐樹とエリスは、感嘆のため息をつく。特に村から外へ出たことのないエリスにとって、広い町というものは直接目にしたことがない物だったため、その感動も一入(ひとしお)だった。見開いた目は輝き、初めて見る光景に期待を大きく膨らませているのがわかる。


「俺もでかい町を見たことなかったから、最初の頃は柄にもなく興奮してたけどな……まぁ、その時のサニーを見てたら逆に落ち着いたけど」

「ちょ、それどういう意味よ!?」

「そのままの意味だよ」


 その時の光景を思い出し、ルーナスは苦笑交じりに言った。横に立つサニアが噛みつくが、ルーナスはしれっと流す。


「さ、ここまで来たら後少しだ。頑張ろう」

「せやな。行くで、エリス」

「は、はい!」

「ちょっと、まだ話終わってないんだけど!?」


 いまだ吼えるサニアを他所に、一行は町へ続く街道へ出るために丘を下っていく。蛇行した緩やかな坂道を下り、北と南の分かれ道に差し掛かる。南側の道へ進み、30分ほど川沿いの街道を歩き続けると、やがて左手側に丘の上から見下ろした塀と、見上げんばかりの風車が近づいてきた。石を組み合わせて作られたそれは、近づいて初めて布が張られた羽がゴォンゴォン、と物々しい音と、時々軋むような音をたてながら回っていることに気付く。


 その下では、農民らしき男性が桑を手に畑を耕している。畑の向こうでは、女性が牛を引きながら歩いているのが見えた。


 町に近づくにつれ、多くの人々とすれ違うようになっていく。馬車に揺られる行商人。大きなリュックを背負う旅人。農作物の詰まった籠を背中に括りつけた家畜を引く農民……グラスホールの村とは雲泥の差の人々が行き交う道を、祐樹たちは歩いて行く。祐樹たちが歩いてきた道とは違い、ここから北へ向かうもう一つの道へ進む人が多い。地図を確認すれば、この道からもウォルフゲートへ続く道と合流するらしい。


「あ、門が見えたきたわよ」


 サニアが指さした先には、4mの高さのある落とし格子の門だ。そこから老若男女、様々な人が出たり入ったりしている。人の数からして、それなりに栄えているらしい。


 それよりも目についたのが、門の左右に立ち、厳粛な顔立ちで出入りする人々を見ている二人の門番だ。手に矛を持ち、直立不動で怪しい人間がいないかチェックしている。


「門番は多分大丈夫だろう。あからさまな挙動を取らない限り、見逃してくれるさ。無暗やたらと怪しいと思った人間に突っかかったりしない限りは」


 ジロっと横目でサニアを睨むルーナス。フイっと気まずそうに視線を逸らすサニア。どうも衛兵に目を付けられるような前科があるらしい。まぁ大体何をしでかしたのか、ルーナスの言葉で把握はできるが。


 そんな二人にどう返答したらいいのかわからないまま、祐樹たちは町へ入るために門へ近づく。そして、一行が門番の間を通り抜けようとした。


「止まれ」


 ガシャン。互いの矛が金属質の音を鳴らしながら交差し、祐樹たちの行く手を阻む。突然止められた祐樹たちは、険しい顔つきの門番へと振り向いた。


「な、何や?」


 止められるとは思わず、祐樹は疑問符を浮かべる。隣にいるエリスは怯え、咄嗟に祐樹のコートの裾を掴んだ。


 まさか、何か粗相をしたのか? 祐樹は不安になったが、衛兵たちの視線は祐樹たちの後ろ……サニアとルーナスへ向いていた。


「またお前たちか……この間騒ぎを起こしたばかりだろう。何で戻ってきた」


 呆れたように言う衛兵に、サニアはまたもプイっと目を逸らした。それをルーナスはため息をつきながらも、祐樹よりも前に進み出る。


「あの時は、悪かったよ。でも、もうあんな騒ぎは起こさないさ。それに、別に町から追放されたわけじゃないだろ? ちょっと外に用事があったから町を出ただけだし、また入ってもいいはずだ」

「そりゃそうだが、ああも何回も通報されるこちらの身にもなってみろ。正直、俺たち衛兵はお前ら二人をあまり歓迎しないぞ?」

「だから悪かったって。このバカにはちゃんと言い聞かせるから」

「誰がバカっていったぁっ!?」


 言い返そうとしたサニアの頭をグーで殴ったルーナスは、頭を抑えて蹲るサニアを放って衛兵に再び向き直った。


「今度また同じ騒ぎを起こしたら、それこそ追放してくれてもいい。町長にもそう言っておいてくれ」

「……仕方ないな」


 うんざりしたように言いながら、今度は祐樹とエリスへ顔を向けた。その顔からありありとした不信感がにじみ出ている。


「それで、お前たちは? 名を名乗れ」

「あ、ああ。ワシは祐樹。こっちはピエリスティア。二人で旅をしておったところを、そこの二人と成り行きで一緒に行動しておったんや」


 話を振られ、説明する祐樹。いまだ怯えてはいるものの、下手に隠れると怪しまれると思ったのか、エリスも祐樹のコートを摘まみながらも、衛兵たちに見える位置に立った。


 二人の衛兵は、祐樹とエリス、特に祐樹の姿を上から下へとくまなく見つめる。


「……見慣れない恰好だな。アンタ、どこから来た?」

「フォレストアーチや。つっても、出身地はもっと別の地やけど。姪っ子であるこの子と一緒に、この町にいる叔母を訪ねに来てな」


 え? といった顔で祐樹を見るが、エリスの頭に手を置きながらチラと横目で見つめ返す。その目には「合わせてくれ」という意思が込められていた。


 伝わったのか、エリスも祐樹の出鱈目な話に合わせ、衛兵たちに向けて何度も小さく頷いた。


「ふむ……まぁ、この町で変な騒ぎを起こさないのならば、それでいい。特にそこの女。わかったな?」

「わ、わかってるわよぅ」


 ルーナスに叩かれた頭を抑えながら、若干涙目で立ち上がりつつ返事を返すサニア。さすがに少々堪えたらしい。


「では、通っていいぞ。くれぐれも、面倒を起こしてくれるなよ?」


 最後まで不遜な態度を取りながらも、念押しに警告する衛兵たちが矛先を上げると、何も言い返すことなく祐樹たちは門を潜り抜けた。


「……お前、ホンマどんだけ迷惑かけとんねん」

「もう言ってやるな。さすがにもう反省しただろうから」


 呆れる祐樹に、ルーナスは頭を振った。言われたサニアは、拗ねてそっぽ向いた。


「あ、あの、ユウキさん。私が姪っ子っていうのは……」


 横を歩くエリスが、先ほど祐樹が出鱈目を言った理由について尋ねる。それに対し、祐樹は罰が悪そうな顔で頬を指で掻いた。


「あー……まぁ、変に怪しまれんようにするための対策、やな。親子でも兄妹でもないし、せやったら親戚って形にした方が自然やろ?」

「はぁ、まぁ……」


 どこか釈然としないが、考えてみればサニアに誘拐犯と勘違いされたのが尾を引いているのかもしれないと思ったエリスは、それ以上何も言わなかった。事実、それは正解であった。


 何はともあれ、祐樹たちは町へ入ることができた。門を潜れば、左右に立ち並ぶ白を基調とした石造りの家々が、祐樹たちを含めた従来を行き交う人々を見下ろしている石畳の道。道幅は約5m程と、決して広いとは言えない。しかしそんな道を、人々は行き交っている。すし詰め状態とまでは言わないが、それでも人と人との間隔は狭く、前を向いて歩かなければぶつかってしまう。


(ここら辺は、日本の歩行者天国とはえらい違うな……)


 ガタイがでかい祐樹は、日本の広い道を歩き慣れていたということも相まって、ぶつからないように慎重に歩く。エリスも、初めての人混みに戸惑い、若干目を回しながらも、祐樹の背中を見失わないように追いすがっている。対し、ルーナスとサニアは慣れたようにすいすいと歩いて進んでいった。


 やがて一行は、この町の中央広場へと足を踏み入れた。広場の中央に建つ、壮年の男性が右手を掲げた仰々しいポーズを取っている銅像を中心に、祐樹たちが歩いてきた道を含めた4つの道が、町の中を十字の形で伸びている。この道によって、町が4つの区画に別れているようだった。


「いらっしゃい! 今朝採れたばかりの、雪解け水で育てた新鮮な野菜だよ!」

「よう、そこの奥さん! うちの豚肉を見ていかないか!? 今なら安くしておくよ!」

「さぁさぁ、そこ行く皆さん! この大物を見てくれ! 捕れたてぴちぴちの川魚だ!」


 が、それよりも目に行くのは、中央広場のそこかしこで開かれている露店だった。果物、野菜、肉類、そして魚類を店頭に並べ、店主が声を張り上げて道行く人を引き付けようとしていた。中にはアクセサリーや菓子を並べ、若い年相を狙い目にしている店もある。中央広場を訪れる人々は、ここの露店を目当てに来ているようで、大勢の人間が店の周りに集っていた。


「わぁ……!」


 騒々しくも活気溢れる町の景色に、一番興奮していたのはエリスだ。丘の上で町を見下ろしていた時とは比べ物にならない程に、目を輝かせて周囲を見回している。その姿は文字通り、都会へ初めて訪れた田舎の娘の姿そのものだった。


「おいおいエリス。あんまはしゃいでると、はぐれてまうで?」


 そんな姿を微笑ましく思いつつも、周りに気を取られてはぐれてしまわないように祐樹は窘める。気分は先ほどついた嘘を事実にしたような、親戚の子供の面倒を見る叔父の気分だった。


「あ、はい。すいません」


 言われ、すっと祐樹の傍に付くように近づくエリス。それでも意識は、露店に向いているようにそわそわとしていた。


「……時間が空いたら何か買いに行くか。補充もせんとな」


 そんな彼女に苦笑し、いずれ見て回ることを約束する。旅の間に減った食料の買い足しもしなければいけないし、都合もよかった。


 それを聞き、一瞬だけ花開いたかのような明るい笑顔を見せるエリスだったが、はっと思い直し、慌てて取り繕って小さく「は、はい」と返事した。がめつい性格と思われたくなかったのかもしれないが、それもまた祐樹の父性を擽(くすぐ)った。


(やれやれ、子もおらんっちゅうのにこんな気分になるとはなぁ)


 内心でそう思いつつも、悪い気はしなかった祐樹。その間も、ルーナスとサニアの後ろに続いて歩いて行く。


「とりあえず、宿に荷物を置こう。その後に件の被害者の両親の所へ行くぞ」


 その提案に異論はなく、荷を下ろすための宿へと向かう。場所は、銅像の方を見て右側の、方角としては南側の道を進む。少し歩けば、周囲の家々と同じ石造りの二階建ての建物に辿り着いた。他と違う点といえば、この建物だけ横幅が広い。ここがルーナスの言う宿だろう。


 木の扉の上には、この世界の文字で『シルバーフィッシュ』と書かれた木の板が掲げられている。宿の名前だろう。銀の魚とは、またどういう由来でそうなっているのか、少し興味をそそられた。


 ルーナスが扉を開けると、すぐ前に木製のカウンター、その左横には広い階段が上の階へと伸びている。右手側には広い部屋があり、四つのテーブルが並んでいた。カウンターの向こうでは、眼鏡をかけた妙齢の女性が、カウンターに手を置いてにこやかに立っていた。


「いらっしゃい。四名様ですか?」

「ああ。部屋はあるか?」

「ええ。ちょうど二部屋ありますよ」

「なら、そこで頼む。朝と夕、食事付きで」

「はい、じゃあ四名様で一泊4シールと4ローズいただきますね」


 一人1シール、食事付きで1ローズ。日本円に換算すると1400円といったところか。祐樹としては、食事付きにしては安く感じる。


 そしてルーナスは、金貨を一枚取り出した。


「釣りはいらない。何日か泊まり込むことになるかもしれないからな」

「はい、ありがとうございます。これがお部屋の鍵です」


 ルーナスが気前よく金貨を支払ったのを見て、祐樹は慌てた。


「お、おいおい。いくら何でもそこまでしてもらうのは申し訳ないわ。自分らの分は自分らで払うで?」

「いいんだよ。こっちが頼んだし、さっきの詫びのつもりだと思ってくれ」


 意外と義理堅いルーナスに、祐樹は感心する。が、それでも年若い彼に支払わせてしまった負い目があるのは変わらない。


「わかった。じゃ、明日の昼飯は奢らせてもらうで? ええやろ?」

「……それでアンタが納得するなら」


 割に合うかはわからないが、せめてこれくらいはしないと気が済まない。ルーナスも特に反論せず、それで了承した。


 若干揉めたが、どうにか鍵を受け取った祐樹たちは、二階の部屋へ案内される。ちょうど隣同士で、中は簡素なベッドと小さなテーブル、椅子が二つ。奥には小さな木枠の窓が一つ。質素ではあるが、安いゆえに妥当なところだろう。


「はぁ……ベッドなんて、久しぶりです」


 荷物を下ろし、ポスンとベッドに腰掛けるエリス。最初、祐樹はエリスと一緒の部屋に泊まるのは、モラル的にどうかと思いもしたが、考えてみれば今まで野宿をしている時も共に寝ていたこともあり、まぁ問題はないだろうと結論付けた。エリスも祐樹と同じ部屋になることに、特に何とも思っている様子もなかった。


「落ち着いたら、話聞きに行くで。少し休んどきや」


 祐樹は窓へ歩み寄り、鍵を開けて開く。窓の外から向かいの家が見え、眼下では多くの人が歩いている。数人の子供たちが追いかけっこをして遊んでいるのが目に入り、この町が平和であることを象徴しているかのようだった。


「……誘拐、か」


 が、この町に訪れた理由は穏やかな物ではなく、誘拐という忌々しい事件が発生しているがゆえの事だった。身代金目的のようだが、どんな理由があっても、人を浚っていい理由にはならない。祐樹の事件を憎む刑事の性が、窓枠に置いた手に力を込めていく。


「……どこの世界へ行っても、この気持ちだけは変わらんなぁ」


 ある意味、職業病とも捉えられるかもしれない。が、直そうという気は微塵もなかった。それが祐樹の誇りであり、アイデンティティでもあった。


 同時、またもトラブルに巻き込まれていることにも気づく。これもまた、どこへ行っても変わらない。これだけは少し、祐樹としても困っていた。


(……ま、やることはどうせ変わりはせんからなぁ)


 すでに世界を跨いで迷い込んでいるという、超ド級のトラブルに見舞われている現状、開き直った方がいい。その方がまだ気が楽だった。


 徐々に日が傾いていく。日没までに話を聞きに行った方がいいだろう。窓の外を見上げ、西の山へと近づいていく太陽を見つめつつ、ぼんやりと祐樹は思っていた。

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