26.勘違い少女



「ゆ、誘拐犯んん……!?」


 誘拐犯。確かに目の前に立ってこちらに指を突きつける少女は言った。その目は自身の発言を全く疑っていない。一点の曇りのない目を吊り上がらせ、こちらを睨みつけている。


 だが言われた当の祐樹にとっては、たまったものではない。人の尊厳を無視し、被害者に大きな心的外傷を与える誘拐など、警察官である祐樹にとって忌むべき案件である。


 なのに、どういう謂れがあって誘拐犯扱いされるのか。怒りが湧く以前に、甚だ疑問であり、素っ頓狂な声が上がった。


 そんな祐樹に、少女は鼻を鳴らしてしたり顔をした。


「フフン、言い逃れはできないわよ! 完璧な証拠がちゃーんとあるんだから!」

「証拠やと?」


 身に覚えのない理由で疑われているにも関わらず、見ず知らずの相手に証拠を掴まされているという。冤罪、という言葉が祐樹の脳裏に過る。


 一体全体、どのような証拠を掴んでいるというのか。少女の返答を、祐樹は待つ。


「そう! その証拠とは!」


 そして、突きつけていた指をズラし、その先を指した。


「……ふぇ?」


 指さされた対象は、背後を見るも道以外に何もない。再び前を向き、対象……もといエリスは、ポカンとした顔のまま自分を指さした。


「……エリス?」

「そのとぉぉぉり!!」


 訳がわからないと言わんばかりの表情で祐樹が問うと、少女は祐樹の声をかき消さんばかりの声で肯定した。


 いや、本当に意味がわからない。何があってエリスが証拠となるのか。


「私の直感が叫ぶのよ! あの子はアンタが誘拐した子だっていうことをね!」

「そう来たか」


 それを聞いて、慌てることは何もないことを確信した祐樹は、少女の言い分を黙って聞くことに決めた。


「アンタたち二人とも全く似てないじゃない! 親子でもなければ兄妹じゃないんでしょ!」

(まぁ、当たっとるなぁ)


 外見からして似ても似つかないから親子とも違うし、そもそも年が離れすぎているから兄妹とも言いにくい。的は得ているなと祐樹は思った。


「おまけに顔は厳ついし顎髭は恐いし目つきも悪いし図体はでかいしで怪しい箇所が満載じゃない! そういうのは昔から決まって悪党ってことになってるんだから! そこの女の子だって非力なことをいいことに無理矢理攫ったんでしょ!? そして遠くの町で奴隷商人として売っぱらう気なんでしょ!? そうはさせないわ!! この私がアンタの企みをこの矢で撃ち貫いてやるんだから、覚悟しなさい!! 言っておくけど、例え謝ったって許してなんてやらないんだから! まぁ、どうしてもって言うなら、今後一切、二度とこんなことしないってここで誓うのならば考えても」

「おい」

「……何よ、今いいところなんだから止めないでよ」


 岩の上から少女と違って軽やかな動作で降りてきた青年に呼ばれて、矢継ぎ早に問い詰めていた少女はジト目で青年を睨んだ。高揚していた気分が落ち着いていくのがわかる。


「いや、いい感じのところを止めて悪いとは思ってるんだけどさ」

「けど……何?」


 言って、青年は指さした。少女も釣られてそちらを見る。


「あのおっさん……死ぬほど落ち込んでるぞ」

「え」

「…………」

「ゆ、ユウキさん元気出してください! 私はそんなこと全然思ってませんから! 怖いだなんてこれっぽっちも思ってませんから! だから元気出してください! ね? ね?」


 道の脇の芝生の上で膝を抱えて座り込み、少女の言及の一つ一つが祐樹の心とか魂とかそういうのが次々と鋭利なナイフもといドリルとなって抉られてすでに瀕死になったことでどんよりとした空気を纏ってしまった祐樹に、エリスが必死になって元気づけようとしていた。見た目以上に意外にも繊細なガラスのハートの持ち主でもあった祐樹を見て、さすがの少女も絶句した。


「……」

「……何か言うことは?」


 青年に言われ、少女はうっ、と呻く。そして視線を左右に彷徨わせ、言うか言うまいかしばし悩んだかと思うと、


「……ごめん」


 一言、そう謝るのだった。







「……で、それがワシを誘拐犯扱いした理由なんか?」


 気を取り直し、祐樹は改めて少女と青年と向き合う。声がまだ若干震えている事に気付いたエリスだったが、祐樹の傷ついてズタボロになった自尊心のためにもあえて口には出さず、気付かない振りをした。


「も、もちろんそれだけじゃないわ! 私が聞いた外見的特徴がアンタと一致してるからよ!!」


 大の男を凹ませた事で若干罪悪感に駆られるも、それを打ち消して少女は自身が持っている情報と目の前にいる男、祐樹の外見的特徴を照らし合わせつつ言う。


「……えーと、その犯人はワシみたいな……見た目からして悪人……のような風貌やと?」

「そう!」


 自分で言って傷つく祐樹に、知ってか知らずか元気に頷く少女。自身の顔が厳ついことは自覚してはいるけれど、こうも面と向かって、それも見た目20代にも満たない少女にはっきり言われると、かなり精神的にくるものがある。


 ともかく、自分の気持ちは横に置いておくことにする。祐樹は咳払いし、少女を見据えた。


「……一つ聞くが、その誘拐事件の話は誰から聞いたんや?」

「こっから先のリバーバンクに住む夫婦よ。自分の娘が突然行方知れずになったから、探して欲しいって」

「話を聞いて安請け合いしたようなものなんだけどな」


 答える少女の傍らで補足する青年。心なしか疲れているようにも見える。


「リバーバンク……」


 看板に書かれた、南の方角に位置する町の名前だ。ということは、少女と青年は祐樹たちとは違う方角から来たということとなる。


 それを知って、祐樹はため息をついた。どう考えても少女の勘違いだ。


「あのなぁ嬢ちゃん。ワシらは」

「さぁ、今度こそ観念しなさい! 大人しくそこにいる子を返してもらうわ!」

「聞けや」


 またも遮られ、弓に矢をつがえてこちらを狙う少女に、祐樹の額に青筋が浮かんだ。話が通じないというより話をさせてくれない。自身の直感を愚直なまでに信じ込む少女に、半ばうんざりしてきた

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