7.決着の拳

 


 刃渡り凡そ30センチ、長さが長身である祐樹の肩程もある剣。薄い金色をした柄と、僅かに内側に反りのある鍔の中央に埋め込まれた、翡翠色の丸い宝石。何より目立つのは、肉厚で、それでいて美しいまでに直線に伸びた、薄い緑色をした刃。刃と宝石以外、これといった目立つ装飾のない、シンプルな、それでいて力強さを感じさせる大きな剣……俗に言う大剣が、祐樹の手に握られていた。


「ちぃっ!」


 それを見た男が舌打ちし、後ろへ下がる。祐樹は、突然自身の手に現れた長い剣の刃を、天に向けるかのように縦に持ち、呆然と見る。飾り気も何もない、無骨なような外見にもかかわらず、目を引く程に美しい光沢を放つ剣。広間を照らす照明の光を反射し、その刃は緑色に煌めく。そして何より……、


「うぉっと」


 大きさ相応の重量が、あった。


 ガシャンと、刃の切っ先が床に落ちる。結構な速度で下ろされたにも関わらず、剣は刃こぼれをしていない。だが、祐樹としては重大なのはそこではなかった。


(おいおい、マジかい……)


 内心で、冷や汗を流す。


 祐樹は、剣道では負けなし、とは言わないまでもないが、段を持っている程の実力者である。素手での格闘も得意ではあるが、得物を持って相手を制する戦い方も心得ている。それは、警棒片手に先ほどの黒装束の男たちを一人で倒したのがいい例だろう。


 それ以外にも、過去に暴走族相手に大立ち回りをした事もあり、暴力団同士の縄張り争いを一人で止めた事も警察署内では有名である(と言っても「それは誇張だ」と祐樹本人は否定している為、真相は定かではない)。


 自他共に認めている、肉体派刑事である祐樹。だが、そんな祐樹でさえも、


(冗談やないぞ! こんなゴツい刃物、振ったことも無ければ、持ったことすらないっちゅーねん!)


 実物の剣を振るったことなど、一度もなかった。


 今の今まで、慣れ親しんだ警棒の重さを感じていた手に、突然その倍以上の重量を持った武器、それも扱ったことすらない大剣という武器が握られているという現実。幸いとして、持てないという程ではなく、祐樹ならば片手でもどうにか振り回せるような重さではある。だが、“持てる”と“扱える”という事がイコールではないことは、祐樹は痛いほど知っている。


 ましてや、これは“西洋剣”と呼ばれる分類の物で、“日本刀”を見立てた竹刀を使った剣道とはまた違った使い方をする物だ。祐樹が習ってきたのは剣道であって、西洋剣術は習ったことがない。ゆえに、扱い方の心得なんて知る由もない。


 せめて、まともに振れるようになるには、ある程度の訓練が必要だ……ではあるが。


「死ね」


 それを、目の前にいる男が認めるはずもない。


 瞬時に接近し、剣を振るう男。祐樹は剣を両手で持ち直し、それを防いだ。


「ぬ、ぐぅぅぅ!」


 受け止めることはできる。だが、どれだけ立派な剣であっても、素人が振るうと、ただの金属棒。迫り合いから抜け出そうと、緩慢な動きで祐樹は剣を振るう。


 案の定、呆気なく避けられ、再び猛攻が始まる。祐樹は、それをどうにか受け止めていくが、その顔には先ほどまでなかった苦悶の表情が浮かんでいた。


「こ、の、クソ、が……っ!」


 警棒の軽さに慣れきっていたためか、大剣の重さに体がついていけていない。受け止めるのが精一杯だ。


「くっ!」


 何度も斬撃を受け止めていたが、顔目掛けて突き出された剣を防ぎきれず、祐樹の頬を掠る。鋭い痛みと共に、頬に赤い線が走り、血が床に飛び散る。


「っの!!」


 苦し紛れの、体重を乗せた直蹴り。大剣ののっそりとした振りとは違い、体重を乗せた重たく鋭い蹴り。男はそれを、剣を腹にして受け、衝撃を利用して後ろへ下がった。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ……ったく、どないなっとんねん、ホンマ……!」


 大剣を正面に構え、足を肩幅に広げて腰を落とす。剣道で言う正眼の構え……のような物。竹刀とは違い、遥かに重量のある剣を竹刀と同様の構えで持つのは無理があった。


 肩で息をし、呼吸を整える。切られた頬から血が流れ、ジンジンと脈打つように熱い痛みを感じる。急に扱い慣れた武器から、扱ったこともない武器へ変えられ、今まさに窮地に陥ってしまっている。あまりにも不可解な出来事に、悪態の一つもつきたくもなった。


「…………」


 対し、男の表情は先ほど露わになった怒りが鳴りを潜め、無表情へと戻っている。唯一違うところと言えば、殺意と狂気しかなかったその目に、憤怒が追加されたというところか。


 かと言って、攻撃が単調になることもない、確実にこちらを殺す攻撃の数々。息が上がる様子もない。


 先ほどまでは互角の戦いを繰り広げていたのに、今ではこちらが劣勢に追い込まれてしまっていた。


「何をしているんだ!!」


 と、男と睨み合っている時、祭壇から声が響く。小太りの男が、血相を変えて叫ぶ。その顔には、怒りと焦りが色濃く出ている。よく見れば、体感温度が上がっているせいか、汗も噴き出ていた。


「ぼやぼやしているんじゃない!! 早く! 早くその男から力を取り戻せカーター!!」


 カーター。それがこの男の名前。祐樹はブロンドの男改め、カーターが次に何をしてくるのか警戒する。先ほどまで全く意味のわからない言語を話していたのに、突然言葉がわかるようになったことが大きな疑問ではあるのだが、今その疑問について考えるのは場違いだ。そういうのは後で考えることにする。


「……わかりました、グレモア様」


 カーターが小太りの男……グレモアと呼んだ男にそう応えると、左手を掲げた。


(さっきと同じか……!)


 先ほどの謎の爆発。あれは、カーターが左手を掲げ、何か呟いた後に発生した。あの爆発が意図的な物だとするならば、今接近して一撃を加えれば……祐樹がそう考えた時。


「『イグニアス・ショット』!!」


 カーターが叫んだ瞬間、拳大の火の玉が左手から飛び出した。


「ノゥ!?」


 咄嗟に右足を上げて飛ぶと、火の玉が右足があった場所に着弾、燃え上がったかと思うと、真っ黒な焦げ跡がそこにできた。


「『イグニアス・ショット』!!」

「だぁっ!!」


 今度は左足。同様の焦げ跡ができ、祐樹はバランスを崩して倒れそうになるも、どうにか持ち直す。


「ちょちょちょ、ちょ待てぇ! お前さっきなんか長々と呟いとったやないか!? 何やその手品!?」


 意味がわからず思わず叫ぶ。さっきの長い呟きは何だったのか。


 今の火の玉は、燃えはすれど爆発はしなかった。威力そのものは先ほどの爆発と比べれば大した物ではないことはわかる。だが、例え威力は爆発の比ではないにしても、あんな攻撃を喰らえば、大火傷は確実だ。


「『イグニアス・ショット』!!」


 しかも、叫べば飛び出す。つまり連射できるというわけだ。祐樹の疑問に答えず叫んだカーターに、祐樹は慌ててその場を転がって回避した。同時に祐樹がいた場所に着弾、炎上する火炎弾。


「『イグニアス・ショット』!! 『イグニアス・ショット』!! 『イグニアス・ショット』!!」

「ちょおおおおおおお!?」


 三連発。気分はまさに西部劇の主人公。転がりつつ迫る炎を避けに避け、どうにか石柱に身を隠すことに成功した。


「む、無茶苦茶や! 何やねん、あの火!? 今時エスパーとか流行らんぞコラッ!!」


 悪態つき、石柱の影で息を整える。火炎放射とは訳が違う、謎の攻撃。思わず叫んだところで、ジリ貧である現状は変わらない。


(どないしたらええんや……このままやったら、確実に丸焼けんなってまう)


 離れていると火炎攻撃、近づけば剣。対し、こちらは重い大剣のせいで移動に制限がつく。ならば捨てるかとも考えたが、素手で相手取るのは厳しい相手だ。正直、打つ手がない。


(……いや)


 ふと、コートの中に隠れている物に手をやる。今の今まで使うのを躊躇ってはいたが、これを使えば形勢逆転も可能だ。


(こういう時に、使うもんやな……)


 腰に下げている物に手をやり、引き抜く。


 6連装リボルバー拳銃『M360J SAKURA』……警察官に支給される、引き金を引けば人の命を簡単に奪える代物。同時に、相手の動きを止めるための物でもある。


 できれば、銃は撃ちたくはない。だが、勝算が見込めない以上、自分の命が、何よりも少女と老人の命が危ない。相手を無力化さえできれば、それでいい。


 ならば、動きを止めるために足を狙う。それか武器を手放すように右手を撃つ。あの変な力を使う前に、接近してふん縛ればどうにかなる。祐樹はそう考え、拳銃のグリップを握る。


 と、ふと思う。


(……さっきから静かやな……)


 相手が、攻撃してこない。というより、火の玉が飛んでこない。


 何があったのか。祐樹が石柱からそっと顔を出した。


「『炎の精の力を我に 彼の者を灰燼へと化すために 今こそ具現せよ』……」


 ブツブツと呟く、カーターの姿。その掲げた左手を渦巻く、炎の揺らめき。


 そして祐樹の脳裏に蘇る、あの衝撃。


「やっべぇぇぇぇ!!」

「『フラムマージ・ボム』!!」


 石柱から飛び出した直後、爆発。先ほどと変わらない威力の爆発により、埃が爆風で巻き上がり、石柱が根元から折れ、直撃は免れたものの再び祐樹は吹き飛ばされた。


(しま……銃が!)


 吹き飛ばされた際、手から銃が離れたのを感じた。勝利の鍵となるはずだった拳銃。それがない以上、どうにもならない。祐樹はまたも床に転がる。


「クソ……どないしたらええんや……どないしたら……!」


 僅かに耳鳴りはするが、石柱を盾にしていたのが幸いし、ダメージそのものは少なく、意識ははっきりしている。だが、唯一対抗できる攻撃手段が失われた以上、煙幕となった埃が晴れた時、今度こそ火だるまか、或いは切り殺される。石柱に隠れても、どの道爆発させられて意味がない。


 やはり、接近して決着をつけなくてはならない。あの火の攻撃を避けつつ、剣も取り上げて、カーターを制圧する……武器も満足に振るえない今の状況だと、果てしなく難しい。


(特攻……はリスクが高すぎる、か)


 やはりここは大剣を手放し、一気に走り寄って一撃を与えるしかない……そう考えたが、リスクが高すぎる事を考えると、それはもう最終手段として取る以外にない。


 他に何か、何か状況を打破できる物はないか……そう考えた時だった。


「……ん?」


 埃が舞う中、手元にある硬い何かを手に掴む。祐樹はそれを、じっと見つめた。


「これは……」


 やがて、一つの考えが脳に浮かぶ。正直、これもまたリスクが高い。特攻をするのと、大して変わらないのではないのか。


 しかし、これなら確実に不意をつける。馬鹿正直に突っ込むよりかは、幾分か勝機がある。祐樹は、大剣の柄と、今しがた手に入れた物を強く握りしめた。





「……死んだか」


 爆発で巻き起こった埃を見つめ、カーターは呟く。手応えはあった。あの爆発に一度は避けてみせたが、さすがに二度目も同じことは続かないだろう。


 無駄に正義漢ぶって割り込んできた挙句、力を奪い取った、何を喋っているのかわからない鬱陶しい男。結局、力の使い方もよく知らないまま、無様にくたばった。死んで当然の男である。


「そん……な……」


 背後で聞こえる、か細い声。チラと向けば、すでに死にかけのハンスという名の老人を抱きかかえ、埃舞う空間を絶望と悲痛に満ちた顔で見る少女、エリス。助けとなるはずだった男が死に、自分が辿る運命が確定したのをわかってしまった者の顔だ。


 カーターは、この顔がたまらなく好きだった。弱者が強者に跪き、許しを乞う。殺した瞬間の、恐怖に歪んだ顔や、何故という驚愕に彩られた顔……そして、絶望した時の顔。


 その顔を見る為に、カーターは殺す。だからこそ、今の立場に身を置いている。


 “処刑執行人”……所属している組織の中での、自らの立場。


 その処刑執行人であるカーターが、左手を少女と老人に向ける。切り殺すのもいいが、今の気分は燃やすか、爆殺するかのどちらかだった。


 燃え盛る暖炉の薪の如く、炭となっていきながら苦しみ悶えて泣き叫ぶのを眺めるのがいいか、足から爆発させて苦痛に喘ぐのを眺めるのがいいか。


 残虐な選択肢に悩み、思考するカーター。愉悦に歪む顔を見たエリスは、小さな悲鳴を上げ、老人を抱き寄せる力を強めた。


 さて、どうするか……カーターの頭の中で天秤の如く揺れる、処刑という名の殺害方法。邪魔する者は誰もいない。じっくりと考えて決めて……。


「っつつ……この野郎、妙ちきりんな手品使いおってからに……」


 聞こえてきた、ぶっきらぼうな声。驚き、思わず埃が晴れていく中、声の主へ顔を向ける。エリスもまた驚き、カーターが向いた方を見た。


 男……祐樹が、大剣を杖のようにして支えにし、立ち上がっていた。頭を抑え、顔を顰めているが、見たところ五体満足な状態が見て取れる。


 まただ。また、殺し損ねた。


 忌々し気に舌打ちする。爆発を逃れ、剣で刺そうとしたところを不意打ちされ、そしてまたも生き残っている。


 悪運の強い、思い通りにならない憎たらしい敵。カーターが抱く祐樹の印象は、まさにそれ。挙句、手に入れたはずの力もこの男に奪われ、恥をかかせた。この男だけは、苦しませて苦しませて、苦しみを与え続けた挙句に殺さなければ気がすまない。


「貴様……今度こそ、息の根を止めてやる」


 静かな怒りと殺意を声に乗せ、剣を構える。処刑執行人である自分から生き延びることなど、絶対に許さない。次で、確実に殺す……カーターはそう決めた。


「……息の根を止めてやる、な……ヘヘ」


 が、対する祐樹の返答。それは、笑み。子供じみているようで、不敵な笑い声。この場に似つかわしくない祐樹の態度に、カーターは眉を顰める。


「調子乗んなや、このイカレ野郎。こちとらテメェが小便臭いガキの頃から刑事(デカ)やっとんねん。それこそ殺されかける事件には何回も出くわしとるわい」

「……何が言いたい」


 デカという意味はわからないが、相手がカーターをバカにしているというのはわかる。苛立ちで眉を顰め、問い返した。そんなカーターに、祐樹は自身の米神を人差し指で突きながら言った。


「わからんか? ほんなら、そのちっこい脳みそにわかるようにハッキリ言うたるわ」


 大剣を構えながら……というより、大剣の柄を逆手に持ち直し、刃を横にしつつ持ち上げるという奇妙な構えを取りながら放った次の言葉が、カーターの琴線に触れた。


「遊び感覚で人殺してイキっとるクソガキ如きに、ワシは負ける気はせぇへんっちゅーこっちゃ」


 笑う。こちらが優位であるはずなのに、祐樹は笑う。気がふれたのではない、挑発するつもりで、笑う。


 だがカーターは違う。その笑いが、哂いが、嗤いが……カーターの思考を、再び憤怒で埋め尽くした。


「……何だと貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 左手を突き出す。殺す。こいつだけは殺してやる。この位置から燃やし、苦しみ悶えているところを切り殺してやる。


 殺すことだけを考えているカーターに対し、祐樹はその場に立つのみ。避けようとする動きはない。剣を手に、ただカーターを睨む。


「『イグニアス・ショット』!!」


 その余裕の態度が気に入らないカーターの左手から、火炎弾が飛ぶ。まっすぐ、祐樹の胸目掛けて。


 火炎弾が、祐樹に迫る。今更避けようとしたところで、もう遅い。確実に、火炎弾は祐樹にぶつかる。


 祐樹は避けない。だが、大人しく当たる気もない。ではどうするか。


「なに……?」


 ならば防げばいい。


 カーターが叫んだと同時、大剣の位置を自身の体の前に、刃を半回転させて剣の腹で身を隠すかのように立てた。火炎弾は、緑色の刃にぶつかった炎は、燃え盛ることなく四散し、熱だけを残して消滅する。


 突然の行動に、カーターは思わず声が出る。そして、祐樹は大剣を盾にしたまま、体当たりをするかの如く走り出す。


 特攻。炎を防ぎながら、接近する腹積もりらしい。


「おのれ……!」


 尚も抵抗する祐樹に、カーターは毒づく。一度防がれたからといって、諦めるつもりはない。


「『イグニアス・ショット』!!」


 再び火炎弾。飛び出した炎が、祐樹に迫り、そして盾となっている刃に当たる。先ほど同様、四散する炎。衝撃で僅かによろめくも、祐樹はお構いなしに走る。


「『イグニアス・ショット』!! 『イグニアス・ショット』!!」


 続けざま、火炎弾を撃つ。当たるごとに炎が散り、走る速度が落ちる。だがすぐに持ち直し、直進する祐樹。


 このまま行けば、カーターとぶつかる。爆破して吹き飛ばそうとも思ったが、あれは発動するのに時間がかかる。その間に、祐樹がカーターに辿り着く方が早い。


 だが、こんなことでカーターは負ける気がしなかった。


(バカめ、血迷ったか)


 炎を撃ち続けながらも、剣の柄を握りしめる。例えこのまま突っ込んできたとしても、カーターには剣がある。視界を大剣でほぼ覆われている状態では、避けるどころか、受けることもできないだろう。


 やはり、単なる悪あがきだったか。そう結論付け、カーターは迫りくる祐樹を迎え撃つため、剣を振り上げる。


 二人の距離が残り3m……といったところで、祐樹が大剣を投げ捨て、左手に持つ何かを投げつけてきた。


「なっ!?」


 一瞬、予想外の反撃に面食らう。だが、剣の腕を買われて処刑人となったカーターにとって、このような攻撃は意味を成さない。


 一閃。弧を描いて振るわれた剣が捉えた物。カーターの手に伝わる、硬い感触。


(石……?)


 爆発によって砕かれた床か、石柱の瓦礫か。カーターの顔目掛けて飛んできた石ころは、剣によって砕かれ、小さい破片となる。


 剣を振った状態となったカーターに、祐樹が迫る。それでも尚、カーターは余裕を崩さない。一瞬の隙を突いたつもりになっているだろう祐樹に、カーターは返す刃で切りつける算段でいた。


(死ね……!)


 真っ直ぐカーターを見る祐樹。首元目掛け、刃を振るおうとした。


 その時、大剣を投げ捨てて素手となった祐樹の手がブレたかと思った瞬間、剣を持つ手首に衝撃。尋常ならざる激痛が走った。


「がぁっ!?」


 ちょうど骨の部分から走る痛みに痺れ、指に力が入らなくなり、思わず剣を取り落としてしまった。


 何故だ、何故……その理由は、すぐに理解した。


 祐樹の右手。先ほどまで大剣が握られ、大剣を捨てた今、丸腰になっているはずと思われたその手には、


(杖、だと……!?)


 木の杖―――ハンスが使っていた、体を支えるために作られた、何の変哲もないただの杖。ハンスを切り捨てた時にその手から離れ、床を転がっていた杖だった。


 即興で考え付いた、祐樹の反撃方法。大剣を盾に、石ころで不意をつき、後ろ腰に差した杖を引き抜いて叩く。その狙いは、剣を持つ右手……接近して炎を出す隙を与えず、かつ得物を奪うのを目的とした、賭けの強い反撃だった。


 その賭けに、祐樹が勝った。剣を落とし、痛みに顔を歪めるカーターを、祐樹は見逃さない。大剣と違い、取り回しが警棒に近い上、太さと強度も申し分のない木の杖。何をするか、考えるよりも経験が染みついた体が動き出す。


 手首を叩いた杖を、そのまま動かして右腕を絡めていき、そして腕を伸ばした状態にしてホールドする。


「ふん!!」

「ぐぁぁぁぁっ!!」


 受けたことのない激痛が右腕を走る。逃れようとするも、上半身が屈んだ状態のまま、そして腕は頑として動かない。


 ギリギリという音が聞こえる程に締められる関節。そしてその状態のまま、急に体を振り回されて勢いをつけたかと思うと、


「ぐえ……っ!!」


 遠心力を利用し、投げ飛ばされ、顔面を強打し、床を転がる。右腕は解放されるも、いまだ痛みが治まらない。石床に全身を叩きつけられ、すぐには動けなかった。


 形勢逆転。祐樹は杖を放り捨て、右の拳を握りしめる。血管が浮き出て、右腕の筋肉が膨れ上がる。

 そして、


「歯ぁ……っ!」


 駆け出す。床に手を付き、体を起こしているカーター目掛け、拳を大きく振りかぶる。


 カーターが気付いた時には、怒れる鬼の如し形相をした祐樹は目の前。


 火炎弾を撃とうとする。右腕が痺れて使えないし、もう片方の腕は体を支えるのに使っていて咄嗟に動けない。顔面を床にぶつけたせいで、前歯がグラつき、痛みで口の呂律が回らない。


 ならば剣を……と思ったが、剣は手首を叩きつけられた時に落としてしまって手元にはない。


 もう、どうすることもできない。目を見開き、ただ迫り来る拳を見ることしかできないカーターの顔が歪む。


 愉悦でも、憤怒からではない。祐樹の気迫に飲まれ、これから降り掛かる自身の悲劇に絶望してしまった……恐怖によって歪められた顔。


 祐樹の振り上げられた手に込められた、か弱き人々を傷つけて楽しむ者たちに対する激しい怒り。その怒りが、



「食い縛れやぁぁぁぁぁっ!!!」



 全身全霊、全力全開、手加減一切無用の拳となって、カーターの右頬に叩き込まれる!!


「っっっ」


 拳がめり込み、顔がひしゃげ、グラついていた歯を飛び散らせたカーターは、衝撃を殺せずに体が宙を舞う。二回床をバウンドし、ゴム鞠の如く吹き飛んだカーターは、受け身も取れずに地面に倒れ込んだ。


 しばらく痙攣していたが、やがてそのまま動かなくなる。鼻から血を垂れ流すその顔は、見ようによっては滑稽な程、大きく歪んでいた。


「はぁ……はぁ……」


 全ての力を使ったかのように、肩で大きく息をする祐樹。カーターが動かなくなったのを確認し、拳を解いた。


「過剰防衛言われてもしゃあないが、悪く思うなや……おぉ痛……」


 言って、痛む右手を振った。



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