第13話
「そうか、全部お前の仕業なのか」
祥子は鏡に向かって行った。鏡の向こうの女も祥子へと向かって来る。
「ゴミを窓から投げ落としたのはお前なんだろ」
鏡の前で足を止め、祥子は鏡の中の女を睨みつけた。女も祥子を睨み返す。直視しがたいほどいやらしい目つきの女だったが、ひるんではならない。負けじと祥子は、鼻がぶつかりそうな距離に顔を突き出してみせた。鏡の女も、祥子の真似をして顔を突き出してみせた。目玉が零れ落ちそうなほどに目を見開いている。
「隣の女に騒音の件で怒鳴り込みにいったのもお前だな」
祥子が責めたてると、まったく同じ調子で鏡の女は祥子の言い草を真似る。その人を小ばかにした態度が祥子の勘に障った。
「お前なんだろ?」
「お前なんだろ?」
責めたてているのは祥子の方なのに、鏡の女が祥子を責めたてていた。どこまでも祥子の真似でしらをきるつもりらしい。
「二階堂さんからの誘いのメールに私は返事しなかったのに、勝手に返信して彼を誘ったのもお前だろ」
祥子の真似をするだけで、女は祥子の問いにはこたえない。だが、祥子にはすべてが明らかになりつつあった。二階堂の誘いは強引だった。だが、強引と感じたのは祥子だけで、二階堂にしてみればすでに祥子から誘われていたから駆け引きも何も必要なかったのだ。誘惑したのは祥子ではなく鏡の女だが、二階堂にしてみれば彼女は祥子でしかない。
ゴミを投げたのも、隣の女に怒鳴り込んでいったのも、鏡の女の仕業だが、風間婦人や隣の女には祥子の行動でしかない。
違う、すべては鏡の中の女の悪行なのだ。鏡の向こうでニヤニヤといやらしい笑を口元に浮かべているこの女のしでかしたことなのだ。この女のせいで濡れ衣を着させられているのだ。
「すべてわかっているんだ。いい加減、白状したらどうだ」
「すべてわかっているんだ。いい加減、白状したらどうだ」
祥子を真似て首をかしげてみせた女の仕草が、ほんの少しばかり祥子の動きからずれた。
祥子はとっさに鏡の女にむかってつかみかかっていった。女も祥子につかみかかってきた。
女の首を絞めようと両手をのばしたものの、硬い鏡面に遮られて女には触れられない。鏡面はしかし、祥子を女の鋭い爪から守ってもくれた。鏡の女も祥子には手が出せない。女は苛立ちの表情をあらわにしていた。釣り上った目がいよいよ釣り上る。
女の目を潰してやろうと、祥子は顔めがけて爪を立てた。しかし、キィィィーと音をたてて爪は鏡の表を滑り落ちるだけで、女には傷ひとつない。無傷な女の顔を目にしたとたん、鏡にむかって手当り次第に物を投げつけ、祥子は鏡を割ってしまった。
ひび割れた鏡の中の女の姿は悲惨だった。性懲りもなく祥子の真似をしようとするが、手足がばらばらでまるで動きについてこれない。醜くゆがんだ顔はもはや顔とも言えない代物だ。
人の真似で悪さをするからだ。これで明日からは鏡の女に煩わされずにすむ。
そういえば風呂に入るところだったと思いだし、祥子は割れた鏡の前を離れた。
風呂場に向かおうとして、ふとまた人の気配を感じた祥子は足を止めて振り返った。
カーテンの隙間からのぞく窓ガラスに、女が再び姿を現していた。
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