第2話

 狭いワンルームのキッチンにはゴミ袋がいくつも散乱して足の踏み場もない。そのどれもがはちきれんばかりに膨れている。ゴミ袋の中身は燃えないゴミで、1か月分はゆうにある。


 一人暮らしで、帰宅は夜遅くなってからとなると、疲れ切ってしまって自炊する気にもなれない。自然とコンビニの弁当などで済ますことが多くなり、燃えないゴミばかりが増えていく。2週間に一度のゴミの日を逃すとすぐに部屋の中がゴミ袋で埋まってしまう。祥子はすでに二度も収集日を逃してしまっていた。


 それというのも、ゴミは収集日の当日、朝8時までに出しておかなければならないというマンションの決まりのせいだった。真夜中過ぎに帰宅、出社は朝10時すぎてからという生活の祥子にとって朝の8時は夢みている時間帯だ。ゴミを出すためにわざわざ起き出したくはないというので夜中のうちにこっそりとゴミを出していたが、同じマンションの住民に注意されてしまった。


猫があらすので夜のうちには出さないでくれと言うのである。


 夜のうちにゴミを出さないというのはマンションの自治会の決まりでもあり、祥子も知ってはいたが面倒で守ってはいなかった。祥子の他にも夜のうちにゴミ出しをしている住人はいる。祥子が集積所に行けばすでに先客があるというのはしばしばだった。それなのに祥子だけが自治会長からじきじきに注意された。なぜ夜中にゴミ出しをしているのがわかったのかと不思議に思っていたのだが、どうやら目撃者がいて自治会長に告げ口をしたらしい。


 その目撃者とは、隣りに住む中年の女性だった。表札には風間とあるその女性とは特に親しいわけでもないが、顔を会わせれば会釈をする。若い女性と住んでいて、どうやら娘らしく、薄い目と鉤鼻がそっくりだった。


 毎日のように夜遅くに帰宅し、朝は出の遅い祥子を、水商売の女か何かだと思っているらしい風間婦人は、祥子に並々ならぬ関心を抱き、その行動を逐一見張っていたらしい。らしいというのはあくまでも祥子の推測だが、確信はあった。


 4階にある祥子の部屋は集積所の真上にあった。夜にゴミ出しをする際には、ベランダから体を乗り出し、集積所に先客の存在を確かめてから階下に降りていくのが習慣だった。先にゴミがあれば、自分の出したゴミとの見分けがつかないだろうとカモフラージュのつもりだった。にもかかわらず、名指しで注意されたのは祥子だけだった。


 祥子のベランダから集積所が見えるということは、隣の風間婦人の部屋からも集積所が見えるということだ。彼女は祥子がゴミを出している場面を目撃したのだろう。


 注意されてからというもの、祥子は集積所にゴミが出ているかどうかを確かめる前に隣のベランダをうかがうようになった。明かりが漏れていれば風間婦人が起きているだろうから、ゴミ出しにいけない。玄関のドアを開けようものなら、風間婦人は耳ざとく聞きつけてベランダから祥子を監視するのに違いないのだ。他の日はさっさと寝ているようなのに、ゴミの日の前日に限って夜中すぎまで明かりがついている。


 前回の収集日も前々回の収集日も逃してしまって、たまったゴミは1か月分にもなった。明日の収集日にこそは出さなければならないのだが早起きはつらい。


 祥子は隣のベランダの様子をうかがった。カーテン越しに淡い光が漏れていた。


 早く寝ればいいものをと苦々しく思いながら、祥子はしぶしぶ朝早く起きてゴミ出しをすることにした。さすがにこれ以上ゴミ袋をためておくわけにはいかない。


 起きてすぐに出せるよう、ゴミ袋を玄関先に積み上げておき、目覚ましをセットして眠りについた。

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