第22話 兄妹の日常
小鳥遊(たかなし)が、田園調布のお嬢様との出会いを思い出した。
こっぴどく振られた事も。
今まで忘れてきた事の一部とはいえーー小鳥遊の脳が、ゆっくりと、徐々に徐々に元に戻りつつあるのはーー明白だった。
※※※
ここからは、美由起の日記や直接の会話から類推した、兄妹達の日常話である。
その日、小鳥遊家はあのロリお母さんやお父さんが親戚の家に泊まりに行っていて、家の中は小鳥遊と美由起の2人だけだった。
外出の理由は違えど、そういう、兄妹で留守番する日はちょいちょいあるらしい。
夕食は美由起が作ったという。
スパゲティミートソースと、簡単なサラダ。それにスープ。
2人は、いただきます、と手を揃える。
「美味しい? 兄さん」
「ああ、美味しいよ。腕を上げたな」
「だってお父さんもお母さんも家空ける事多いし。そりゃ腕も上がるよ」
兄に対してそっけない返事をしたものの、内心は褒められてとても嬉しい美由起であった。
「それで、どうなんだ」
「どうなんだ、って?」
兄はニヤリと笑う。
「雪村との交際だよ。上手くいっているのか」
美由起はカーッと赤くなる。
「に、兄さんには関係ないじゃない!」
「関係ないって事はないだろ。僕が世話してやったようなもんだし」
「で、でも、きちんと自分で告白したのは私だもん!! 雪村さんも、兄さんとかじゃなく私の告白を受け入れてくれたんだもん!!」
「はいはい。で、上手くいっているのか」
小鳥遊はサラダをつつきながら妹に尋問した。
「……ッ上手くいってるよお!! この間だってイチャイチャデートしたし!!!」
「それは何よりだ」
兄、というよりは父親のように振る舞い、ご馳走さまの挨拶を済ませて、兄は食器をキッチンに運んでいった。
「兄さん、食器は2人で洗おうね」
食べ終わったら兄が部屋に篭りっきりになって、会話の機会が無くなるのはいつもの事だから分かっていたので。
美由起は何とかコミュニケーションを取りたくて『一緒に食器洗い作戦』を敢行する事にした。
狭いキッチンだったので、2人立つともう既にギュウギュウ詰めだった。
自然と2人の肩や腕が触れ合う。
美由起は幼少時代、兄と一緒に走って転げ回り、スキンシップ多めに遊んでいたのを思い出し、1人で懐かしさに浸ってしまう。
「兄さんは、さ」
食器洗いをしながら美由起が口を開く。
「ん? 何だ」
「どうしてそんなにナンパしたいの?」
「中学生女子のお前には分からないだろう」
いつもの質問といつもの返答であった。
「ミリちゃんは兄さんにまた会いたいって言ってたよ」
「だから、その『ミリちゃん』ってのは誰なんだ」
「そっか。覚えてないんだっけ」
なるべくゆっくりと食器を洗うようにしていた美由起だが、2人分なのですぐに終わってしまった。
兄はタオルで手を拭きながら、妹に命令をする。
「じゃあ、僕は部屋に戻るから。大人しくしてるんだぞ」
「その言い方、犬や猫じゃないんだから。分かってますよ!」
美由起はゆっくりと湯船に浸かっていた。
兄の後に同じ湯船に入るのが恥ずかしかったので、だいたい早めに浴室に行くのだった。
彼女は考える。
あの時まで優しかった兄が豹変したのは、兄が中学生の時。
一人称が『俺』から『僕』になり、気取った喋り方になりーー女の子を追いかけ回すようになった。
今までどれくらいの数の女の子に声をかけたんだろう。
そして雪村さんの話のように、どれだけの女の子から好意を寄せられたんだろう。
ザバーーーー、、プハッ!!!
湯船に潜水して、やがて頭を出して深呼吸をする。
私には雪村さんがいるんだから。
俺への想いを再確認するようにファーストキスの事を脳内再生して、ピンク色の気持ちで脱衣所に出る。
「あ」
「……あ」
「……すまん」
そこには、何か考え事をしていて美由起がいる事を確かめずにうがいをしにきた兄が立っていた。
ちなみに当然、風呂場から上がってすぐの美由起は産まれたばかりの姿、すなわちスッポンポンであった。
またまたちなみに、美由起は意外とバストがある女子中学生。
それは俺が腕の感触で確認済みだ。
しかし勿論、兄は妹のバスト有りスッポンポンには見向きもせず、静かに立ち去った。
美由起はすぐに濡れた身体を拭いて着替えを済ませ、兄の部屋へと急いだ。
軽くビンタをしに。
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