第17話 イチャイチャデート
「スイーツを一緒に食べる以外にも何かカップルらしい事がしたい」
美由起がそんな要望を出してきた。
カップルらしい事って、つまりどういう事だ。
俺も美由起もカレシカノジョができたのは初めてだから、どうにも良い案が浮かばない。
だからと言って、年下で中学生の美由起に「カップルらしい事って何?」なんて聞けやしない。
しかし美由起は俺のそんな思いを察してか、一生懸命考えてきましたとばかりに白い頬を朱色に染めながら『案』を説明しだした。
「あ、あのですね。私は、雪村さんと、そのう……。もっとイチャイチャ、したいんです!!」
「イチャイチャ……」
なんか、アレか。
よく漫画とかで見かける「美少女とのイチャイチャ」か。
つまり、2本のストローで一緒のグラスから飲み物を飲んだり、映画館で暗闇の中で手を握りあったりするという、アレか。
しかし俺の「イチャイチャ」観はそれくらいしか思い浮かばないので悩んでしまった。
「イチャイチャ」って何だ。
何なんだ「イチャイチャ」って。
「えーと、つまりですね、雪村さん……」
「お、おう」
臨戦態勢は充分とは言えなかったが美由起の要望を受け止めようと心に決めた。
「私達って、いつもそのう、平日に制服でデートしてるじゃないですか?」
「お、おう」
「だから、休日に私服でデートしたりしたいんです! それだったら、午前中から夕方までずっと一緒にいられますし……」
「なるほど」
美由起は上目遣いで俺に『おねだり』をしてきた。
まるで大好きな飼い主を見つめる仔犬のようで。
ずるいな。
本人に自覚はなくともそれは『童貞を殺す瞳』であった。
「確かに、休日デートって無かったな。行こうか」
「やったあ!」
美由起は本当に嬉しそうな表情を浮かべた。
控えめに言っても「有頂天」とか、そんな感じの表情だ。
かくして俺達は小鳥遊(たかなし)の事は一旦忘れて、2人っきりの一日を過ごす事にしたのであったが。
※※※
土曜日の朝9時。
待ち合わせ時間としてはちょっと早め。
だが、美由起が「なるべく長い時間を一緒に過ごしたいから」という理由でこの時間帯に決まったのであった。
俺も10分前に着くようにしていたのだが、美由起は既に待ち合わせ場所であるH駅の改札前にいた。
俺を見つけた美由起は、嬉しそうに瞳を輝かせて小走りに寄ってきた。
「さあ、あのう、イチャイチャ……しましょう……!」
「お、おう」
「まず最初のイチャイチャとしては……。て、手を繋いで歩く、というのはどうでしょう??」
手を繋いで歩く……。
初カノの俺にはハードルの高い注文だった。
だが、震えた様子で手を差し出した美由起を見て、ハードルがどうとかで躊躇してられないなと思った。
端的に言うとーー。
美由起の手は温かく、柔らかかった。
そしてよくよく見ると、細くて白魚のような手をしている。
そう言えば、カレシカノジョになってからも、美由起の手が綺麗な事までには気付かなかった。
カノジョに関する新たな発見だった。
朝メシはマックの朝セット。
軽くて丁度いい。
俺はそこで、自分の好きな映画やら小説家の話やらをした。
美由起にとってはよく分からない話題なのだろうに、一生懸命聞いてくれている。
そうなんだ。
この子は元々地頭がいいみたいだから、何でも吸収するんだ。
学校の成績はまずまずのようだけども。
「ごめん、さっきから俺ばっかり喋ってるね。美由起が話したい事って、何か無いかなーー」
ーーと、俺はトチってしまった。
いくら俺の事を好きでいてくれているとはいえ。
ブラコンの美由起が話したい事と言ったら兄の小鳥遊勇一の件に決まっているのだ。
今日は、2人っきりの終日デートの日だっていうのに。
美由起は俺が黙ってしまったので、何かーーまあ兄貴の事だろうーーを思い出し、それを隠すかのように明るい笑顔で返した。
「マックも馬鹿にできないですね!! コーヒーも美味しいですし」
「お、おう」
「私が話したいのはですね、学校の友達の事かな」
「うん? 誰か変わった子がいるの?」
美由起がとても楽しそうにしているのでこっちも楽しくなってくる。
「えーと。その子自身は、ちょっと背が高いだけで、普通の子です。だけど、彼女の妹が凄くて」
「へえ。どんなふうに?」
「妹の方はバレーボールをやっていて、小学生にして何と! 身長183センチもあるんですって!!」
……バレーボール?
……身長180センチ超えの小学生?
ーーそれって。
もしかして。
「あのさ……」
「はい?」
「それってもしかして、杉野田小学校のミリちゃんとかいう女の子じゃない……?」
「えーと、ちょっと会った事があるくらいでそんなに詳しくは知らないけど、確かにミリちゃんって名前だし杉野田小学校って言ってたかな? ……って、どうして分かるんですか!?」
ーーやっぱりだ。
あの時の小鳥遊の失態。
小学生をナンパするという黒歴史。
まさかこんな所で点と点が線に繋がるなんて。
俺達カップルは、こんな時ですら小鳥遊の魔の手から逃げ切れる事はないのだろうか。
心安くイチャイチャする事すらできないってのか。
せっかくの初イチャイチャデートだというのに。
「……美由起」
「はい? なんでしょう」
「後でまた、ノートに書くよ」
それより。
「美由起の私服姿、新鮮だな」
「アハ! エヘヘ、大切なデートだからおめかししてきました!!」
淡い緑色の花柄ジャンパースカートに白いブラウス。それにカーディガン。
美由起の日本人形みたいな可憐な顔立ちを、逆ベクトルで(もちろん良い意味でだ)引き立ててる。
「うん、すごく似合ってる。可愛い」
「本当ですか!? 嬉しい……。夜遅くまで1人ファッションショーしていた甲斐がありました……!」
美由起はもじもじとして嬉しそうだ。
「今日は思い切りイチャイチャしような」
柄にも無く俺の口からこんな言葉が飛び出したのは、杉野田小学校のミリちゃんの事での動揺とパニックがそうさせていたのに違いない。
いつかミリちゃんとも再会する機会があるのだろうかーー。
そんな事を思うと心が多少重くなったが、その時は目の前のカノジョーー美由起に集中する事にした。
「じゃあ、ここはそろそろ出ようか」
俺達はきゅっと手と手を握り合って、マックの出入り口から少し寒い秋風の吹く外へと歩いて行った。
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