第16話 年上のお姉さん再び
小鳥遊(たかなし)の妹・美由起と交際を始めてから早数週間が経った。
最初はよく分からないままに告られて付き合い始めたが。
美由起は顔も可愛く、ブラコンとも言えるくらい兄想いで優しい所がこれでもかと滲みでていて俺もだんだん美由起に惹かれるようになっていった。
何より、中学生の美少女に好き好き言われて悪い気がする訳がない。
小鳥遊だけではなく、俺のモテ期が到来したか。
俺達は美由起の要望で交換日記を始め、彼女の兄である小鳥遊が今までどれだけの女の子達をフッてきたかを事細かに説明書きした。
美由起も目と目をバチバチさせたツインテールの高居(たかい)・ブラジャー・麻里沙(まりさ)、田園調布のお嬢様、それからーー。それから。
※※※
俺と美由起は2度目の外デートをしていた。
生まれて初めて出来た『彼女』に栗のパフェなんかをご馳走したりしてあげて……。
「ん〜〜〜、とっても美味しいです、雪村さん!!」
白い生クリームと栗をふんだんに使ったパフェを食べながらとろけるように幸せそうな表情を浮かべる美由起。
そんな可愛い彼女の様子を見ていると、こっちまでホッコリした気持ちになる。
女の子が甘い物を食べてる時って、何か独特だ。
黄色いオーロラに包まれているような、そんな明るい雰囲気。
この顔が見られるなら、金の続く限りいつだってパフェくらい奢ってあげたいな。
窓際の席に座って、そんな甘いムードに浸る。
しかし、俺は忘れていた。
この店はーー。
小鳥遊がフッた大人のお姉さん。
小鳥遊言ったところの『噴水の君』と出会った場所に隣接していたという事を。
俺がふと窓の外を見やると、そこからは茶色いレンガで縁取られた小さな噴水があいも変わらずチョロチョロと水を控えめに噴き出していた。
そして、その噴水の周りをウロウロしていたのはーー。
『噴水の君』だった。
あの、小鳥遊からメールを無視されてしまった、麻里沙に続く2番目の被害者。
「美由起、日記に書いた『噴水の君』がいる」
「え!? どこどこ!? どこですか!?」
美由起はパフェを食べる手を止め、店内をキョロキョロ見回す。
「この店の中じゃないよ、ほら、あそこに噴水があるだろ。そこに座ってるスーツ姿の女の人」
『噴水の君』がそこにいたのは、小鳥遊との再会を期待しての事だったのか、それとも単なる偶然なのか。
俺には判断がつかなかった。
「雪村さん、あの女の人の所に行きましょう。それで、兄さんの事を謝ってきましょう」
「とは言っても、あのお姉さんは俺の事は知らないんだぜ……ってオイ、ちょっと!!」
俺が試行錯誤している間に、美由起はパフェを食べ終わり、店外に出ようとしていた所だった。
兄妹だな、オイ。
行動の素早さは血としか思えない。
大急ぎで会計を済ませてから俺も店を出る。
その時には、美由起はもう『噴水の君』に土下座をしている所だった。
み、美由起ーー!!!!
『噴水の君』も、いきなり現れた中学生女子の見事なまでにポーズを取った土下座に仰天した顔を隠せずにいた。
美由起は地面に両の手をついたまま叫ぶ。
「あ、あの!! その節は、兄が馬鹿な事をやらかしてごめんなさい!! でも兄は悪気があって約束を齟齬にした訳じゃないんです!! 病気なんですう!!!!」
噴水の君は周りを気にしてアタフタしているようだ。
「え、えーと……。つまり、貴女は名刺をくれた少年の妹ちゃんって……事よね……。恥ずかしいから、まず顔をあげてくれない?……」
「そういう訳には参りません!!」
美由起は再度地面に頭をこすりつける。
「……あのさ、美由起、まずお姉さんの話を聞こうよ」
そこで俺達は、『噴水の君』の本名を知る事となる。
古戸派(ことのは)彩葉(あやは)さん。
25歳。
結婚はしていない。
左手薬指の指輪は自分で買った男避けの物である事。
ーーそして。
「あの少年(注・小鳥遊の事だ)に見破られた気がしたの。私は、男という男が信用出来ない、心を閉ざした女だって事を」
彼女はあの後について事細かに語ってくれた。
風に飛ばされた小鳥遊の名刺を偶然拾った。
その後の気持ちの変遷。
「だから、小鳥遊にメールを送ったり、この噴水の前に通ってたって事ですね」
彩葉さんは素直にコクリとうなづき、
「もう一度あの少年に会いたいわ。会って、また私の闇を暴いてほしい。冷たい態度を取ってしまったけど、心がウズウズするのは止められなかった」
「でも兄はまともじゃないんです。元に戻ったら、平凡な1人の男子高校生になるんです」
美由起は彩葉さんの小鳥遊への想いをあまり歓迎してはいないようだった。
ブラコンだからな。
土下座はしたままだった。
「お嬢ちゃん、その格好やめてってば。それに私、貴女のお兄さんとどうこうなるつもりはないわ。年齢が違い過ぎるもの」
と言いつつ、あわよくば小鳥遊と『仲良くなりたい』という欲望を内に秘めた表情をして、彼女は噴水の水を見つめていた。
「愛があれば、年なんか関係ないですもんね」
思わず口を出た陳腐なフォローの言葉に、美由起は土下座を解いて俺の右腕をキュッと強めにつまんだ。
イテテ。
やれやれ、これで麻里沙に続き、小鳥遊の脳事情を被害者の1人に説明する事が出来た。
だけど、小鳥遊が何かの弾みで元の脳みそに戻った時。
一体どれだけの女の子達が小鳥遊を好きなままでいてくれるのか。
俺はその辺を心配していたのである。
いつか、小鳥遊は爆発するだろう。
それまで無理をしていた分、爆発するだろう。
俺はずっとずっと、嫌な予感がしていたんだ。
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