第14話 ツインテまりさふたたび

「ねえ、ちょっと貴方。貴方って、ここのお家に住んでる男子とお友達よね?」



小鳥遊(たかなし)家の玄関前で。

もはや俺の公認彼女となった小鳥遊の妹・美由起とバイバイの挨拶を交わしていた時に、話しかけられた。



確認されている限りでは、小鳥遊の第一番目の被害者。

黒髪ツインテ超絶美少女の『まりさ』だ。



言うなれば彼女のおかげで美由起と付き合う事になったと言っても過言ではない。


『カノジョ』である美由起の目の前でこんな事を思うのも何だが、前よりもちょっと胸が膨らんでいるような気がした。


いやいや、それよりも。


「えーと、もしかして、『まりさ』ちゃんだよね?」


「……どうして私の名前を知っているの」


「あ、いや、この前ここに君が来た時プリクラ落としていっただろ」


俺の言葉に、まりさはカーッと赤面した。

友達が1人もいない、いわゆる『ぼっち』なのが他人であり小鳥遊の友人である俺にバレてしまったからだろう。


何しろ、1人でプリクラするような恥ずかしい子だから。


「か、返してくれない!?」


「ああ、じゃあ、はい」


いつか機会があった時の為に……、と言うより、バッグに入れたまま忘れていたまりさのプリクラを取り出した。


それを見て明らかに機嫌が悪くなる美由起。

しまった。

あわや乱闘か、と危惧した時、美由起の口から出た言葉は意外な物だった。



「……ごめんなさい」



美由起の謝罪に、まりさは不思議そうに低い背丈と反比例して大きな目をパチパチさせている。


「貴女は……?」


「私は、この間貴女をナンパしたロクデナシの妹です。現場を見ていました。兄が、大変なご無礼を働きまして」


小鳥遊の妹と聞いてちょっと驚いた様子だったが、すぐに態勢を立て直したまりさは俺の腕を引っ張って言った。


「ちょっと貴方、来て頂けると嬉しいんだけれど。妹さんの前では話しづらいわ」


すると美由起も負けてない……。


「待ってください。その人、私の彼氏なんです。貴女みたいに綺麗な女の人と2人にする訳にはいかないわ」


「この人に用事があるんじゃないわ。私は……」


まさか「貴女のお兄さんに用事があるのよ」とはさすがに言えないらしく、まりさはまたもや赤面した。

この子、顔面赤面症なのかな。


まりさは美由起に、俺と2人になるのを頼み込む事に決めたらしい。


「ね、お願い。彼氏さんに、少しだけお話を伺うだけだから」


「嫌です」


「この私がこれ程頼んでも?」



『この私』って。

埒があかないので俺は女2人に割って入る事にした。



「そういう訳なんだ、美由起。俺の方も、この子に用事があるし」


「え……」


「君には後で話す。また日記に書くから、少し時間を彼女に割いてあげたいんだ」


俺がそう言うと、美由起は渋々ながら承諾し、ややキツイ目でまりさを見やった。


美由起には後でパフェを奢る事にしよう……。

飛び切り美味しいと評判の栗のパフェ。





銀杏の葉が舞う公園で、俺とまりさはベンチに腰掛けていた。

少し冷えるのでお互い缶のホットコーヒーを両手で持って。


初めに口を開いたのはまりさの方だった。


「見ていたと思うけど、私、その小鳥遊くんていう男子にしつこくナンパされていたのよ」


「うん、知ってる、あわや警察沙汰になりかけたし」


「それが、1時間も経たない内に私の事『忘れた』ふりをして。そんな屈辱ってある? こんなに美少女の私を」


自分で言うか。

さっきの『この私』発言といい、友達がいないのも分かる気がする。


でも一人ぼっちでプリクラを撮る程には社会との繋がりに飢えているんだって事も分かる。


「ーーで、君は小鳥遊の事好きになっちゃったんだよね?」


「ッ……! 好きとか、そんなんじゃなくて!! ただ、『君は僕を必要としている』とか何とか言ってたから、気になったというかッ……!!」


だから気になってるんだろ?



「……あのさ」



思い切って俺はーー彼女に全てを話した。


小鳥遊の脳のどこかが損傷している事。

その為に、関わり合った一部の人々の存在を本当に忘れてしまう事。


だから、まりさを『忘れた』のも悪意があった訳じゃないって事。


全て話した。

美由起にもまだ教えていない事実。


エキセントリックらしいまりさが、再度失恋して自殺なんて考えたら(もしくは小鳥遊を傷付けるとか)取り返しがつかない事になりかねない。

だから全てを話した。


まりさはにわかには信じがたいという顔をしたが、


「じゃ、じゃあ、嫌われてる訳じゃないんだ……。良かった、私、彼に失礼な事を言ってしまったし、怒られたのかと思ってた……」


例のミドリムシ発言だ。

と、彼女はあからさまにホッとした表情を浮かべ。

コーヒーをクイッと一口、小さな唇に流し込んだ。


「君以外にもそういう女の子達が沢山いると思う」という言葉は、出さないでおいた。


何度も言うがまりさは気が強そうというか、エキセントリックで猪突猛進なタイプみたいだから。

何しろ家までストーカーに来るくらいだし。


だけどこれだけは言っておく。


「小鳥遊に必要なのはね、頭を打って人格が変わったアイツより、元のままのアイツを受け入れてくれる子だと思うんだ」


「元の小鳥遊くん……、は、どんな人だったの?」


「陰キャで大人しくて、ナンパだなんて考えられないようなヤツ。女の子へのカッコいいセリフも思いつかない、ただただダサいヤツ」


「……それは……ちょっと厳しいわね……」


まりさは腕を組んで考え込んだ。


「だけど、決して悪いヤツじゃない。(今のアイツと違って)たった1人の女の子を好きになったらその子だけになりそうな気がする」



ーーと、そこへーー。





「やあ、雪村じゃないか。そちらのお美しいレディは誰だい?」



……小鳥遊。

このシチュエーションは、バッドタイミングなのか、グッドタイミングなのか。


ヤツは、飛び散る銀杏の葉をバックにして俺達に微笑みかけていた。


「お、『お美しい』……?」


突然の小鳥遊の登場と自分への褒め言葉に、まりさはまたまた顔を赤らめた。

やっぱり顔面赤面症だ、この子。


「わ、私は……」


先立って話した『事情』により何も言えなくなったまりさ。

慌てたのか、彼女は……。


「あ、あの! これ!!」


まりさがバッグから取り出したのは、淡い黄色の封筒とーー





白いブラジャーと、そして同じくらいに白いフリフリしたパンツ。





小鳥遊はその異様なプレゼントにも臆する事なくいつもの調子で応える。


「ありがとう。手紙はありがたく読ませて貰う。君みたいに素敵な女の子からだなんて、凄く嬉しいなあ。でもその下着は……」


「い、いらなかったらゴミ箱にポイしちゃってください!!」



そう叫んで彼女は例によって真っ赤になりながら走り去っていった。


これほどのショッキングな事態にあっても、小鳥遊勇一が『風上(かぜかみ)麻里沙』の存在を思い出す事は無かった。


……「あんな子ナンパしたかなあ」じゃねぇよ。「どうしようこれ」じゃねぇよ。


どうすんだよ。



「彼女、Bカップか」


そんな情報どうでもいいんだよ。

イヤちょっとは興味あるがな。



迷ったあげく、ブラジャーとパンツは一応本棚の上に隠す事にしたという。

ロリータママさんは息子の部屋を勝手に掃除する事は無いって話であった。


普通は年頃の息子を持つと色々心配するものだろうけど。

あのママさんならあり得るなとちょっと微笑ましく思った。


ちなみに手紙の内容は……。



「お友達から始めましょう」。



羨ましいんだか羨ましくないんだか。

まあ俺には美由起がいるし。


いや羨ましくはないな、告白時に下着持ってくる女なんて危険案件だもん。

俺は大人しく美由起とパフェでも食べていよう、と思った。

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