第13話 俺がモテたってどうするんだよ

数回目の小鳥遊(たかなし)家訪問中のこと。



俺は何故か、小鳥遊の妹である美由起と2人きりでいた。

よく分からなかったが、小鳥遊の『気遣い』らしかった。



テーブルを挟んで美由起と紅茶を飲み、お菓子をつまみながらしばらく無言で向かい合っていると、美由起の方から遠慮がちに口を開いた。



「……あの、兄さんがまた女の人を口説こうとしてたらしいですよね……。何か、イギリス人留学生の人に」


ベル嬢の事か。

アレはベル嬢がちょっとした有名人だったから噂がちょこちょこ広まっていったらしいな。


「ああ。君のお兄さんは大した根性をお持ちだよ」


俺がフォローにもならないフォローをすると、美由起が両の瞳から静かに涙を流し始めたので驚いた。


「ちょっ……、美由起ちゃん!?」


「兄さんはーー本当は、あんな人じゃなかったんです。大人しいけど優しくて、私はあんな風になる前の兄さんが好きでした」


ティッシュを渡すと、美由起はポンポンと目尻を拭き始めた。

俺は事情を話す事にした。


「中学時代、君のお兄さんはアクシデントに見舞われてさ。それ以来人が変わったように女性に執着するようになった」


「アクシデント?」


美由起は何にも知らないのだ。


「そう、ちょっとした事なんだけどね……。でもさ」


「はい」


「君のお兄さん、ただ女の子に玉砕してるだけじゃなくて、ちゃんとモテてるんだぜ。ただ、お兄さん本人がその事を覚えてないだけで」


「あの兄さんが? ……まさか」


美由起は、にわかには信じられないといった様子で目を見開き、複雑な表情を浮かべた。



ーー暖房のついた暖かい部屋で、紅茶を飲みながらこんな突拍子もない話を友人の妹とするなんて、何だか不思議な感じだった。


しかも、他人(小鳥遊)の部屋の中。


涙を乾かせた美由起は、こうこぼした。


「兄さんがモテているなんて、信じられないお話ですけど……。それでも私は元の兄さんに戻ってほしいです」


だが俺は腕を組んで俯き、説明した。


「それをやるには、結構な時間と手間暇がかかると思うよ。俺は、小鳥遊ーーくんは、しばらく様子見でいいと思う。ただ、小鳥遊くんに振られた女の子達が可哀想だな。それは喫緊に何とかしなけりゃとは思う」


「兄さんがモテているなんて、やっぱり信じられません」


美由起は続けた。


「……ただ、これは、その『上の上の女の子』達に対する嫉妬なのかもしれないです。兄さんがおかしくなる前は、兄さんは私だけの物だったから……」


なるほど、小鳥遊にナンパを止めろとキャンキャン言ってたのはブラコン気味のせいだったのか。



だが、だんだん美由起の態度がおかしくなってきた。

紅茶は既にカップの三分の一にまで減っていた。



彼女はーー美由起はモジモジして絨毯の毛束をこちょこちょいじっていた。


「……でも、兄さんの事ばかりも責められないですね。だって、私、今、雪村さんと2人きりでお話させて頂いてるんですもの……」


「お、おう?」


「私、不安なんです。兄さんがその、アクシデントで異性に執着し始めたって事は、元々潜在的に女の人に対する強い興味があったって事ですよね」


「お、おう?」


「それはつまり、兄さんと血が繋がっている私の中にも、異性ーー男の人に対する強い執着心が潜んでるんじゃないかってーー」


お、おう。




「私……。兄さんが、初めて雪村さんをこの家に連れて来た時から、雪村さんの事気にしてました……」



お……おう?



「最初は、兄さんが初めてお友達を連れて来たという驚き。次に、大人っぽい話し言葉」


「俺別に大人っぽくないよ」


美由起は首をブンブン振って、そんな事ないです!! と叫んだ。


「それと……。事情は分からなかったけど、兄さんの事を怒ってくれてましたよね。変わり者なのは仕方ないけど陰湿だとか何だとか」


ツインテガールのまりさの件か。

そんな事もあったな、と俺は懐かしく思い出した。

まだそんなに日にちも経っていなかったというのに。


「あの兄さんにそこまでしてくれるなんて、何て優しい人なんだろうって。それで、私……。まだ中学生ですけど……」


心臓がドキンドキンいってきた。




「私、雪村さんの事好きになってしまったんです……。どうかお付き合いしてください!!」



困りに困ったあげく、俺は何とか思い止まらせようとした。

年はそんなに変わらないけど、だって相手は中学生だぜ?


確かに、色白で日本人形みたいに可愛いけども。

ブラコンで、兄に対して一生懸命な所も可愛いけども。



「そんな事、小鳥遊くんにバレたら怒られちゃうよ。大事な妹さんなんだから」


美由起は長い髪の毛の先をいじりながら俯いて言う。


「兄さんは……。兄さんは、私の気持ちなんてとっくにお見通しです。だから今日だって、雪村さんと私を部屋に2人にしたんです」


「…………」


ああ、そうなの? アイツ……。


「……いいよ」


「ほ、本当ですか!?」


「うん。俺で良ければ」


美由起は一世一代の? 告白が受け入れられて(俺に)再び泣き始めた。嬉しい、嬉しいなんて言って。


小鳥遊公認なら問題も無い。

それに、この子には話しておかなければいけない事が沢山ある。


「じゃ、じゃああの。交換日記とかして頂けますか……? 私メールより、手書きで気持ちを伝えたいんです」


今時の中学生にしては珍しい古風な子だ。

まさに日本人形。


「……いいよ。その中で、お兄さんの事も書いてあげる」


「お願いします! あと、雪村さんが、どんな食べ物が好きかどうかも、教えてくださいね……」



かくして俺は、不死鳥(フェニックス)こと小鳥遊勇一の妹、小鳥遊美由起と付き合う事になったのである。


……まあ、友達の妹と付き合うってよくある話だし。ちょっと変わった子だが。



しかし何度も言うけど中学生だぜ? この年代の歳の差は大きい。



「はあい、雪村くん、美由起、新しいお茶が入りましたよ〜」


仔リスのように可愛らしい、見た目は若い例のお母さんがドアの外から呼んでいる。


俺と美由起は顔を見合わせ、クスクスと笑った。


甘いような酸っぱいような、それでいて緊張した空気が、小鳥遊ママの声で帳消しになったからであった。



「これからよろしく」


「え、あの、私こそ……」



2杯目の紅茶を飲みながら、俺達は何て事ない話や、小鳥遊勇一の話をした。



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