第11話 イギリスから来た飛び級少女

放課後の楽しいダベリの最中。

すっかり俺達とも仲良くなった委員長がモジモジしながらこんな話題を出した。


「小鳥遊(たかなし)くんは、今も女の子を狙っているのよね……? その……、上の上の、女の子を。それでね私、凄い女の子の話を耳にしたの」


「ほう! 委員長が知っている女の子なら期待できそうだな」


小鳥遊が身を乗り出した。

委員長はズレていたメガネを掛け直し、左右の三つ編みを揺らしながら説明を始めた。

委員長からはシャンプーの控えめな良い匂いがした。


何だか、委員長みたいな女の子が混ざってくれているだけで『青春真っ盛り』な気分になれる。


「ーーオックスフォード大学に12歳で入学して、飛び級で17歳で卒業した白人の女の子が、いるんですって。それでその子がーー」


「うんうん、その外国人の子が?」


小鳥遊はすっかり委員長の話に夢中だ。俺も取り巻き2号3号も黙って耳を傾ける。


「今、日本に留学してて、日本語の勉強をしているの!」


しかし小鳥遊は一旦話をストップさせた。


「ところで委員長、オックスフォード大学というのは有名な大学なのかい」


「「「「え……」」」」


委員長と俺と、取り巻き2号3号が小鳥遊の質問に絶句した。

沈黙に堪え兼ねて俺は口をはさんだ。

小鳥遊はこういうボケた冗談を言うヤツでは決して無い事が分かっていたからだ。


「……いや、俺も全然詳しい訳じゃないけど、ヨーロッパかどっかの名門校だろ? お前名前も知らないの?」


「聞いた事が無いな」


オイ、嘘だろ。

女を口説く事ばっかり考えて他の知識は一切無いのか。

しかし気の優しい委員長は丁寧に説明した。


「オックスフォード大学っていうのは、イギリスにある大学の名前よ、1000年近くの歴史があるんですって。イギリスの国王達や世界中の首相達がそこで学んでいたりするの。でも……」


でも?


「その、例の飛び級の女の子というのがちょっと変わってて、日本の大学に留学するなら当然東大辺りでしょう? それが、彼女の留学先は東大は東大でも『東苗(とうみょう)大学』って話なの」


「わざわざ劣る大学に? 成る程。変わった子のようだな」


東苗大学なら俺も知ってる、馬鹿大学として。

よくもまあ、オックスフォード大学の卒業生を自分の所に招き入れたもんだ。

そしてその白人の女の子もエリートには違いないが確かに相当の変人だ。


「その女の子は、綺麗なのかい」


小鳥遊の質問に、委員長が一瞬顔をこわばらせた気がした。


「そ、そう。凄い美人なんだって。だから、私なんかじゃない『上の上』の女の子が好きな小鳥遊くんに、良いニュースだと思って……」


「そうか、有用な情報をありがとう。でも委員長、『私なんかじゃない』なんてセリフはいただけないな。君は充分魅力的な子なんだから。今の話だって、勉強が出来すぎる君ならではのニュースだ」


委員長の顔が赤くなる。

相変わらずだがよくそんなセリフがスラスラと出てくるな、と感心したが、委員長の気持ちも汲んでやれよ。


委員長、どう見てもお前の事男として見てるじゃん。

それでも協力してくれてるんだからさ。


「今日は、君達は付いてくるのかい」


「ああ。今日は予備校休みだし」


「母親が早く帰ってくるから弟を迎えに行かなくてもいいんで、俺も暇」


久しぶりに(俺も含めて)取り巻き3人が揃った。

情報提供者の委員長はーー勿論、付いてこない。


そりゃそうだろう。

自分の好きな男がナンパしている様子など見たくないに決まってる。

それでも何かの役には立ちたい。

複雑な女心だ。





俺達は40分後、東苗大学の正門前に着いた。


委員長からの情報では、その天才白人少女の名前はベル・アボットというらしい。

『凄い美人』としか聞いてないが、東苗大学なんかに留学する外国人などそうそういないだろうから、すぐに見つかるだろうとタカをくくっていた。


でも、彼女は日本語を勉強しに来たんだろう?

まだ上手く話せないんじゃないかな。

そうしたらナンパどころか意思疎通もままならない。



しかしてラッキーというか拍子抜けというか、ベル・アボット嬢らしき女の子はすぐに見つかった。

3、4名の、友人らしき日本人の男女を連れて楽しそうに会話をしていた。


確かに凄い美人だ。

栗色の髪を纏め上げ、大きな青い瞳とツンと高い鼻が印象的。

白人らしい骨格で、決してゴツくはなくむしろ華奢だった。


ユ◯クロのカットソーと上着を着ていたが、美しい彼女が着るとここ一番のデート服のように洗練されているように見える。


ーーそこで、小鳥遊の登場。

小鳥遊はツカツカと彼女の前まで歩いていき、


「イクスキューズミー、アーユー ミス ベル・アボット? 」


と、完璧な発音で話しかけた。


え……? 小鳥遊、お前ネイティブな発音で英語話せるの?

有名な大学の名前も知らないのに??……。

なんか、特技が偏り過ぎだろう。


ベル・アボット嬢はキョトンとした顔で小鳥遊を凝視し、彼女の友人たるおにーさんおねーさんは「何だこいつ」と言いたそうな顔をしていたが、ベル嬢の前で小競り合いになるのを避けたい様子であった。


が、おねーさんのうちの1人が口を開いた。


「貴方、ベルに何の用?」


やはりベル・アボット嬢で間違いないらしかった。


小鳥遊はこれまた完璧な発音で、


「ベル・アボットさんと話がしたいだけだ」


みたいな事を英語で言った。

小鳥遊の周囲は険悪なムードに包まれたが、ベル嬢はキョトンとした顔のままだった。


そしてその頃、委員長は1人で涙ぐみながらパンケーキを食べていたという話である。



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