第10話 ヤンキー少女をアイドルに仕立て上げたい

「若手女優やアイドルがいわゆる元ヤンやギャルだったりする事はよくあるよなー」



学校帰りに取り巻き2号が何気無く呟いた。

その言葉で小鳥遊(たかなし)の女探しのハートに火が着いたようであった、元から常に火は着いているが。


「君! そこは盲点だった!!」


不死鳥(フェニックス)は嬉しげに掌を擦り合わせ、叫び、そして取り巻き2号の両肩を揺さぶった。


「確かに、銀幕のスタアを彼女にするのは男として自信が付く! しかも1人の女をスタアとして更生させるだなんて、やり甲斐があるぞ」


銀幕て。

スタアて。

しかもそのギャルとやらがアイドルになれる保証も本人のやる気も分からないのに。


でも最初からアイドル業をやっている女の子を狙うよりは現実的なのかもな。


そう言えばうちの学校は、バカだが可愛い女子、明るい女子は沢山いるが、芸能界みたいな根性ある世界を目指すような凄味のある子はいなさそうだ。


ヤンキーやアイドルが芸能人になるのは自分の中の何かを昇華させる為なのかもしれないなー。


「早速、うちの学校より偏差値の低い学校に行ってみよう」


小鳥遊はルンルン気分のようであった。そしてよく聞くと失礼なセリフをヤツは言っていた。


しかしそこで取り巻き2号と3号が、見られないのが残念という気持ちを隠さない表情で言う。


「俺、今から予備校」


「俺、保育園に弟を迎えに行かなくちゃ」


相変わらず通ってる学校に似合わず勉強家&弟思いの良いお兄さんだなオイ。


「雪村、君はどうする? 良かったら見学するかい。君に来て貰えれば何故か元気が出るんだが」


という事で、俺はまた小鳥遊のナンパに付き合う事になった。

何故俺が来ると元気になるのかは知らないが。




(うわっ! 怖っ!!)


口にこそ出さなかったが、そのヤンキー達が沢山通っている学校は、正門の半径100メートル辺りからもう怖い雰囲気を醸し出していた。


金髪、着崩した制服、目を隠すような長い前髪、唇ピアスは当たり前でギャハハと男女入り混じりケンカが趣味ですと顔に書いてあった。


いつも思うんだが、コイツらって着崩してはいても一応絶対に制服は着てるのがツッパリきれてなくって残念だよな。

もっとこう、昔の漫画みたいに堂々と私服で来たりすればいいのに。

それでも充分怖いが。


「小鳥遊……、止めね? 男もいっぱいいるし」


俺が怖気付くと、小鳥遊は笑いながら俺の『怖いから回避作戦』を一蹴した。


「雪村、よく観察してみろよ。この中に、将来本職のヤ◯ザになりそうなのは1人もいない。大体未来のヤク◯が学校で友達と遊ぶもんか……って、雪村、ほうら、お姫様のお出ましだ」



小鳥遊の言うその『お姫様』は、長い金髪をクルクル巻きにしており、スカートはパンツが見えよとばかりに短く、バチバチに長いまつ毛を付け、目の周りに太いラインを描いていた。


爪は短めだが『ネイル』というのだろうか、きらんきらんのビーズみたいなのが施されている。

うちの学校の女子達にもそういう爪をした子を見かけるが、彼女のはその数倍迫力があった。


『お姫様』は壁にもたれて、1人でスマホをいじっていた。

そしてよく見ると、アイドルのファン好きがしそうな、童顔の可愛い子だった。


「確かに可愛いけども……、止めとけって! 後で絶対痛い目見るぞ」


「なあに、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ」


また古くて(まあ諺だが)変な言い回しを……。

俺が呆れている最中に、もう既に小鳥遊はお姫さんに近付いていた。



「お嬢さん、どうしてそういう感じの格好しているの?」


止めろってのに……。

お姫さんはしばらくの間スマホをいじり続けていたが急に顔を上げ、小鳥遊をジロリと見やった。

凄い迫力があった。


例によって小鳥遊はもう一度言う。


「どうしてそういう感じの格好をしているの?」


「オメーに何かカンケーあるの?」


返事をして貰った。

もう充分だろ?

オイ戻ってこーい、不死鳥!!


「失礼だが、君の通う学校ではそういう服装が多数派、いやむしろ正統派だという事は察するが、君はもっと自分を大切にした方がいいよ」


「は? 何ワケ分かんねー事言ってんの。なっつん来る前に消えた方がいいんじゃね?」


小鳥遊は尚も言う。


「僕は先生じゃない。別に君より優れた存在でもない。だけど、僕には君のイライラが分かるんだ。そんな格好をしてイライラを発散するより、もっと他の事に夢中になってみないかい」


自分を大切にして、他の事に夢中になった結果が芸能界でアイドルというのも変な話だが……。

『なっつん』と言うのは、お姫さんの彼氏か友達の事らしい。

単なる友達だとしても彼女の口調からしてその人物は多分、男だと俺は察した。


「とにかく、君は可愛いんだから……。アイドルでも目指したら?」


「ハア? 可愛いとか言われ慣れてるんですけど。しかもアイドルとかってキョーミないんだけど。もしかしてアンタ、スカウトマン?」


そこへーー。




「くま、何だよその男」



「あ、なっつん」



なっつんキターーーーーーーー!!!

早!!!



金髪ピアスに着崩した制服。

まさに絵に描いたようなヤンキーだった。

しかもイケメンで背が高い。あと首すじにタトゥーもしてる。


「消えた方がいいんじゃね?」というのは、ヤンキー少女・くまちゃんなりの優しさだったのかもしれない。


「失礼、僕は小鳥遊と言います。不躾だが、君はこちらの彼女の彼氏さんですか?」


決闘が始まる。


「あぁ? 何でテメエに俺らのカンケーを説明する必要があんだヨ?」


先回りしてお巡りさんを呼ぼう、俺は決心した。

怖いからその場を離れたいという理由も無くはなかったが、公務員さんを呼んだ方が効率的だと思ったのだ。

周りもヤンキーだらけだったし。




ーーしかし。



すぐにお巡りさんを連れて俺がその場に戻った時には、小鳥遊は既に頰を殴られて気絶している所だった。

殴られた所が青アザになっていたが、歯は無事らしかった。


「フェ……小鳥遊ぃーーーーーーーー!!? 大丈夫か!? 生きてるか!? お巡りさんより救急車か!?」


「君、大丈夫か!? しっかりしなさい!! 頭打ってないか!?」


頭打ってた方が小鳥遊にとって良い方向に進むのかもしれないが、打ち所が悪ければ記憶を取り戻す前に死んでしまう。


「……大丈夫……だ……」


小鳥遊は頰をおさえて立ち上がり、お巡りさんに一礼して歩き出そうとした。

が、警察に連絡した方も色々と説明しなければいけないルールらしくて、俺達は名前と住所を控えられたのであった。


「なあ、小鳥遊よ」


「……ああ」


しばらく無言のまま駅へと進んでいた俺達だったが、思い切って聞いてみる事にした。


「『くまちゃん』とはどうなったんだ?」


「名刺を渡したよ。そうしたら、あの男ーーなっつんに殴られてしまってね。彼女は止めてくれようとしたんだけど」


「そうか……」


「でも、名刺を渡すその前にある事を彼女、くまちゃんに言ったんだ」


ん?

何て?


「『僕の方がなっつんくんよりもくまちゃん、君を幸せに出来るんじゃないかな』ってね」


不死鳥はそう言ってニヤリと笑った。




ーーその頃。


なっつんはくまちゃんーー熊谷(くまがい)結架利(ゆかり)のご機嫌取りに必死だった。


「くま、いい加減機嫌直せよ」


「なっつん、喧嘩はもうしねーっつってたじゃん。しかもあんな弱いヤツの顔面を思いっきしグーでとか信じらんないんですけど」


「手加減したっつーの。くまももうあんなのにシューチャクすんなよ。オメーもウザそうにしてたじゃん」


と、熊谷結架利ちゃんの表情が凍る。そして立ち止まった。


「ーーウザかったよ。ウザかったけどーー」


「ウザかったけど何だよ」


ピクリとも表情を変えず、くまちゃんは何かを考えていた。

そして、


「もういいじゃんっ! 今日はどこにも寄らない」


そう言って走り去った。


「おい、ちょっ……。待てよ!!」


走りながらくまちゃんは、ポケットに入れてある、なっつんにグシャグシャにされた小鳥遊の名刺を握りしめたという。






小鳥遊がウザがられながらも結局モテるのは、ヤンキーを前にしても動じないクソ度胸を女の子達に分かられているせいなのかな、と、この時に思い当たった。

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