第7話 小鳥遊、小学生をナンパしてしまう

女を見る目がしっかりしている小鳥遊(たかなし)ではあるが、女選びに失敗した事が無かった訳ではない。

これは不死鳥が「やらかしてしまった」珍しいパターンのエピソードである。



その美少女は、つきまとう小鳥遊を完全に無視するでもなく、かと言って話を真剣に聞くでもなくただ淡々と歩いていた。


あえて言うなら不思議そうな顔をして、黙って小鳥遊の顔を観察するようにしていた。

それまでの女の子達には無かったおかしな反応である。


「つまりね、君のように綺麗な女の子こそ、僕と付き合うべきなんだ」


彼女は身長はプロのバレーボール選手並みに高く、ほっそりとしていてそれでいて締まった体型を持つ、一目で何かのスポーツをやっているなと思わせる身体付き。

エンジ色のジャージと、長い脚を露わにしたハーフパンツが扇情的だ。


……いや、少しでも『扇情的』だなどと思ってしまった俺自身も後々恥ずかしさで後悔する事になるのだが。


彼女の地毛と思われる茶色い艶やかな髪はボブショート。

目はやや細いが、クッキリとした二重で澄んだ綺麗な瞳をしている。

小麦色の肌は部活動の夏の朝練を頑張っていたんだなと思わせた。


そしてまず俺達の誰よりも高い身長。

プロのバレーボール選手並みと説明したが、180センチはあったのではなかろうかと思う。


運動などとは縁がない俺達には実に健康的に見えたのであった。


はっきり言って、大柄な彼女と小柄な小鳥遊のツーショットは綺麗な大木とそれに引っ付く蝉を思わせた。


「…………」


「君の声を聞かせてほしいな。きっとその瞳と同じく澄んだ綺麗な声なんだろう。僕と会話してくれなんて言わない。ただ、『あめんぼ赤いなあいうえお』とか、何でもいいから声を聞きたい」


「……『あめんぼあかいなあいうえお』」


長身の彼女は少し考えてから、早口で返した。

澄んだ声ではあったが少し低めのトーンだった。

でもどこか予想していた声色とは違っていた。


「思った通りだ。凄く良い声だね。声優さんになれるんじゃない? ダークヒロイン系の」


「……『だあくひろいん』?」


そろそろ夏が終わりに近づき涼しい風が吹いている。

所々に秋の気配を感じさせた。

小鳥遊は右手でペシンと自らの額を叩いて弁解する。


「おっと失礼、ややオタクっぽい単語が出て来てしまった。どうか気にしないでくれたまえ。カリスマ性があるって言いたかったんだ」


「『カリスマ』?」


電柱の裏で観察していた俺達は、本日の不死鳥(フェニックス)は滑ってばかりいるなと話し合っていた。


いや、滑っていると言えばいつだって滑っているのだが、あの長身の彼女とは会話にすらなっていなかったのである。


……もしかして。いやまさか。


しかし俺達の悪い予感は数分後に的中してしまう事になる。


肝心の小鳥遊はと言うと、それでもまだ何も気付く事なく彼女を口説こうとしていた。


「背が高いって、男子に振られた事はない?」


「…………」


「いや、思い出したくない事を思い出させてしまったならすまない。この通り、謝るよ。でもね、僕はありのままの君が素敵だと思うな。僕なんかはこんな、背が低いけど、君といて引け目を感じる事なんかないよ。背の低い男は大抵、君みたいに魅力的な身体付きをした女の子に怖気付くものらしいがね」


しかし、区の体育館の前で立ち止まり、そこで少女は指を指してボソリと言った。


「……ここ」


「……へ?」


小鳥遊は呆然とし、観察していた俺達はあちゃーと顔を手で包み込んだ。


彼女が「ここ」と指差した看板には、


『杉野田小学校バレーボール部特別練習場』


と、墨と毛筆でデカデカと書かれていた。


「……コーチの方、ですか……? お若いですね……」


小鳥遊はそれでもまだ食い下がる。


「コーチの方じゃないよ。選手」


色付き始めた木の葉の中で少女は遠くに友達を見つけ、小鳥遊に軽く一礼してから手を振った。


「じゃあ。あ、アンナちゃーん!」


「ミリちゃん、遅かったね!! ん? その高校生の人誰? お兄さん?」


「違う」


彼女は楽しそうに、同じ色のジャージを着た友人と体育館の方へ去って行った。


ポン、と俺達は順々に小鳥遊の肩を叩いてやったのである。


「小学生でなければ、素直で良い子だったんだけどな」


小鳥遊は言う。


「でも仕方ない。俺は変態紳士ではないからな。あの子が大人になるまで今は待てん、俺を待っている女は星の数ほどいるのだから」


さすが不死鳥、こんな失敗は物の数の内に入らないのである。



しかしその頃。

小鳥遊にナンパされたミリちゃんなる長身美少女は、アップを始めながらニマニマしていたという。


「ミリちゃん、どうしちゃったの? さっきからなんかヘン」


「えーえ、そう? ヤバイヤバイ」


頬っぺたを両の手の平でピシピシたたきながら、しなやかな身体を動かした。



ーー(私、高校生の人に『ナンパ』されちゃった)ーー。


子ども時代のこういう体験は、後々になって女としての自信に繋がる。事もある。

と、今は俺の彼女兼小鳥遊の妹である美由起が分析している。


何だかんだ言って、この時の小鳥遊は良い事をしたのだと言えなくもない。


悪くいってたら通報案件だったのだがーー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る