第6話 丸メガネの委員長・2
「ニャー、ニャー、ニャー。可愛いねえ、君は」
校舎裏で小鳥遊(たかなし)が野良猫に餌をあげていた。
この様子をわざわざ委員長に見せようという算段なのである。
いくら何でも古典的すぎやしないか。
しかもどんな懐かない猫さんでも真っしぐらなチャ◯チュールだなんて。
委員長が猫嫌いだったらどうするんだ。
「遅れてごめんなさい。あら、ミヤコね」
そこへ、丁度よく委員長がやってきた。
良かった、野良猫に名前を付けるほどに猫好きらしい。
小鳥遊と委員長はしばらく猫と戯れていた。
その様子を校舎に隠れて見守る俺達、小鳥遊の取り巻き。
「さっきの会話の続きだがね」
猫を撫で撫でしながら小鳥遊は委員長に話しかけた。
「君が将来なりたい職業というのは、何だい」
「お花屋さんよ」
委員長のその答えには俺達も面食らった。
宇宙飛行士からの急過ぎる回答だったからだ。
「嘘だね」
小鳥遊は勝手に断定した。
「どうして嘘だと思うの」
「俺は君の事をずっと見ていたんだぜ。園芸に関する本なんて1冊も読んでなかった。家で勉強しているにしても、学校でも1冊くらい読んでたっていいじゃないか。それに、宇宙飛行士とはかけ離れ過ぎている」
「だから、宇宙飛行士というのは冗談よ」
「『星の王子さま』にはバラが登場するね。君はアレを読んでお花屋さんを目指しているとでもいうのかい」
「そうね。あの本を読んで、小さい頃からバラの花に特別な興味を持っていたわ」
俺は、さっき小鳥遊が言った「あの三つ編みは手強いかもしれない」という言葉を思い出した。
確かにそうかもしれない。
普通、小鳥遊がナンパする女の子達は小鳥遊を否定し、うるさがり、お巡りさんまで呼んだりする、まあ、プライドが高くて気の強い子が殆どなのだ。
ところが、この三つ編みメガネ委員長は小鳥遊がどんなにウザい質問をしてもとつとつと会話のキャッチボールを続けている。
つまりところ、未だ委員長は自分の本心を見せていないのだ。
「話題を変えるけど」
小鳥遊は猫を優しく逃がしながら委員長に質問した。
「空町さんは、すごく成績が良いよね。都下の一斉テストでも1位を取るくらいに」
小鳥遊のその言葉に、一瞬、委員長が固まったのを俺は見逃さなかった。
「それなのに、君はどうしてこんな偏差値のへの字も関係ないような高校に通っているんだい」
委員長はそれにはおし黙っていた。
しかし、しばらくすると、重たい唇を開いた。
「……別に。この学校は、父が通っていたからという理由で、選んだだけ。それと私、勉強が好きなの。どんな学校でだって勉強はできるわ」
「お父さんは反対しなかったのかい。もっと良い学校に入れとか」
委員長は、すうっと静かに息を吸って、吐き、それから小鳥遊に呟いた。
「貴方はどうしてそんなに私の事を根掘り葉掘り聞いてくるの」
「君が気になるからさ」
「申し訳ないけど、小鳥遊くん、貴方も私と同じようにクラスではある意味目立たない存在よね」
「まあ、そうかもしれないね」
「そんな貴方が、私の事を気にしてくれるなんて意外だけど」
メガネで三つ編みの委員長は続けた。
「私、貴方の事嫌いになってしまったかもしれない」
キターーーーーー!!!!
いつもの振られシーン!!!!!
笑いを堪えるのに必死で腹を抱えている俺達取り巻き3人は、事の成り行きを見届けようとした。
「そいつは、残念だな。僕は君の事で頭がいっぱいなのに」
「これからは違う事で頭をいっぱいにして。でも……」
ん? でも?
「私、知ってるの。小鳥遊くんが、色んな女の子に声をかけてその度に振られてるの。というか、その事はクラスでも有名ですものね」
「こいつはお恥ずかしい」
小鳥遊は悪戯がバレた子どものように後頭部をポリポリとかいた。
「貴方のその行動力、動機はなんであれ素晴らしいと思うわ。それで、良かったら……」
ん? 良かったら?
「ーー私、クラスの人とこんなに沢山お喋りしたの、初めて。本当の話、楽しかったわ。私は女の子の友達もいないから小鳥遊くんに有用な紹介もできないけど、良かったらーーお友達に、なっていいかしら」
エエエエエエエエエエ!!!???
お友達だってエエエエエ!!!???
「もちろんだとも!! いや、こんなに嬉しい事を言ってくれる女の子は僕の方こそ初めてだよ!!」
何度も言うけど、お前はせっかく女に好かれてもすぐ忘れちゃうしな。
しかし、同じクラスだという事もあり、小鳥遊は空町朝子委員長の事だけはその後も忘れなかった。
「カンニングペーパーは殆ど役に立たなかったよ。わざと怒るような事を質問したのに、彼女はいつまで経っても本心を教えてくれないままだった」
帰り道、小鳥遊は制服のポケットからメモ用紙を取り出し、ビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。
「だけど、彼女は友達になってくれた。これは得難い快挙だ」
だが俺達は知らなかった。
空町朝子ーー委員長の内ポケットには、亡くなった自分の父親の写真を常に忍ばせていた事を。
彼女は、亡くなった父親の面影を追いかけてこの学校に進学していたのである。
公立高だから、母親に金銭的な負担をかける事もさほど無いという理由もあった。
そして、この学校を馬鹿にされるという事は父を馬鹿にされるという事でもあったはずだ。
そんな彼女に、小鳥遊は随分不躾な事を聞いたものだった。
「嫌いになってしまった」というのは、そこを突かれたからだったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます