第8話 田園調布へレッツゴー
「実を言うとね、僕は極端に金持ちの女は好みじゃないんだ」
小鳥遊(たかなし)家に2度目にお邪魔した時の事。
ヤツは椅子をギィギィいわせて座りながら腕組みをして呟いた。
「まあ、俺達とは関係ない世界に住んでるって感じはするよな」
俺も頷く。その『極端な金持ち』というのがどの程度の金持ちの事を指しているのか知らないが、多分開業医だとかちょっとした会社をいくつか持っている程度の金持ちの事ではないんだろう。
小鳥遊は多分、財閥やらのお嬢さんの事を言っている、と推測した。
俺の従姉妹は、多少の無理をしてキリスト教系の某お嬢様学校の中等部に通っているが、クラスメートに誰でも知っている某御茶漬け屋さんの令嬢がいるという話だ。
クラスの誰も近付けないらしい。
「よく知らんけど、アレだろ? いわゆる社交界(クラブ)に付き合いがないといけないんだろ? 想像もつかないよな」
「社交界がどうとかは、別に気にしないがね」
小鳥遊は、例の可愛いロリータお母さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら言う。
「小さい頃から、きちんとした礼儀作法は躾けられているだろうが、それがどうも胡散臭く見えてね。委員長同様、心の奥が見えずらいんだ。きちんとしているからといって根が良い子だとは限らないしね。まあ委員長は良い子だと思えるが」
「そんな、何を考えているのか分からないお嬢様を陥落させるのが楽しいんじゃないのか」
俺はニンマリしながらせっついた。
小鳥遊自身が気付いていない、コイツのモテパワーを注ぎ込めば大金持ちのお嬢さんの生態を知る事が出来るかもしれないという好奇心からの言葉であった。
「なるほど、やはり雪村、君の着目点はなかなかだ。素晴らしいよ!」
小鳥遊は手を叩いて喜んだ。
ーーと、そこへーー。
「ちょっと兄さん、またろくでもないナンパ作戦を企んでるでしょ!」
ドアの外から小鳥遊の妹が釘を刺しに来ていた。
「美由起か。入って来い」
小鳥遊は珍しく(と言ってもまだ2回しか会っていなかったが)妹を部屋に呼び入れた。
すんなり開けられたドアに美由起はちょっとたじろぎ、その目は兄ではなく俺の方に視線を送っていた。
「で、ナンパ作戦がなんだって? 僕のする事にお前が何か関係があるのか?」
美由起は外から聞き耳を立てていた事がバレて今更恥ずかしくなったらしく、アワアワと声を出そうともがいていた。
やっと口にした言葉は、
「お、大有りよ!! 大金持ちのお嬢様なんてそこらにいる訳ないじゃない! そういうのを無謀って言うのよ、む・ぼ・う!!」
「そうさ。そこらにはいないから、高級住宅街に今から行ってみるんだ」
「ああ、もう……。恥ずかしいから、やめて……」
美由起はその場にへたり込んだ。
そして、俺に目を合わせず、こう頼み込んだ。
「ゆ、ゆ、ゆ、雪村さん……、って、お呼びしてもよろしいでしょうか……?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
心なしか、というか、美由起が兄の事とは関係なく恥ずかしそうにしているように見えた。
「あ、あの、この馬鹿兄さんを、どうか止めてください……。前も言いましたけど、女の『嫌い』は本当に『嫌い』なのです……」
うーん、実は君の兄さんは記憶を失くしているだけでナンパは何度も成功しているんだよ、とはまだ言えなかった。
言ったとしても、それは脳外科医か精神科医のお呼びとするところで、俺や美由起にはどうする事も出来ないと思っていたからだ。
だけど俺には、いずれ小鳥遊にはこれまでの経緯を話さなければならないという義務感めいたものはあったのだが。女の子達の為にも。
でも正直言って小鳥遊がモテている事に興味もあった。
そして勉強になる事も多い。
だからその時点ではまだ言わなかった。
「じゃあ、僕は母さんに紅茶のお代わりを頼みに行ってこようかな」
ーーと、小鳥遊が変なタイミングで椅子から立ち上がった。
「……え!? ちょっと兄さん、いいよ、お母さんには私が言っておくから! そのままここに居て!!」
またもやアワアワして大急ぎで部屋を出て行く美由起。
程なくしてロリータお母さんがお茶とクッキーのお代わりを持ってやって来てくれた。
「まあまあ雪村くん、さっきも言ったけれど勇一のお友達になってくれて嬉しいわあ。ゆっくりしていってね」
「母さん、悪いがそうゆっくりもしてられないんだ。雪村くんと僕は今から外出するから」
ロリータお母さんは何度見てもお可愛らしいなあ、とホッコリする俺。
……ん? でももうすぐ出掛けるというのになぜ小鳥遊は紅茶のお代わりなんて頼んだんだ?
ロリータお母さんが出て行ってから、ヤツはニヤリとしながら俺の目をまともに見据えて、質問をした。
「なあ、雪村よ。ウチの愚妹をどう思う?」
「は? グマイって……。美由起ちゃん? 可愛いんじゃないの? ミスコン出るだけあって」
と、小鳥遊は多少感じ悪くクックッと笑った。
「君は、どうして僕が妹を締め出さなかったのか気付いていないようだね」
「はあ?」
「君は観察眼が鋭い割にちょっと鈍感な男だ。と言っても何、すぐに分かるだろうさ」
この時の俺には、小鳥遊の言っている言葉の意味がさっぱり分からなかった。
モテるだなんて、小鳥遊の専売特許だと思っていたから。
「じゃあ、行こうか」
「どこへ」
「決まっているだろう。田園調布へレッツゴーだ」
『金持ち』と言ったら『田園調布』。しかも『ゴー』とか。
お前は大昔のギャグ漫画か!! とツッコミそうになったが、小鳥遊は既に部屋を出て行っていた。
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