第3話 小鳥遊勇一の過去

元々は、小鳥遊(たかなし)勇一(ゆういち)はちょっと隠キャで大人しいだけの普通の中学生だった。


顔は中の下、身長は低い、テストの点数はやや落ちる。スポーツもダメ。


それでもどこか笑いのツボが合ったりして、俺や俺の友達ともちょくちょく話すようになったのだが。



事件は起きた。


その日は体育の授業が終わり、生徒全員でサッカーゴールを片付けていた。と、そこへ。



「「「ゴイ〜〜ン!!!!!」」」



凄い音が聞こえたと同時に、今現在の彼よりも更に小柄であった小鳥遊が地面に大の字で転がっていた。


目は白目をむいていた。


ゴールポストが小鳥遊の頭を直撃したのである。


「お〜い、たか……鳥(とり)……何だっけコイツの名前……。とにかく大丈夫か!?」


「保健室、じゃねえ……救急車だ救急車!!」


ざわつく生徒達に囲まれた小鳥遊は、急に起き上がり、叫んだのである。



「この世の全てのオンナは僕の物!!!!!」



それ以来、不死鳥(フェニックス)こと小鳥遊勇一は女を口説く鬼と化してしまったのであった。


ついでに話口調も変わってしまった。気取った喋り方をするヤツじゃなかったのに。





さてツインテ超絶美少女の件である。





「あ、貴方、本気で言ってるの……!?」


彼女は凄い剣幕で捲(まく)し立ててきた。


「ついさっきまで貴方、私に付きまとっていたじゃない!! 君が僕を必要としているとか何とか、あ、後は……!!」


「後は?」


小鳥遊は不思議でたまらないといった様子でツインテガールをマジマジと見つめ、次の発言を促した。


「あ、後は、あの……。私の事、き、綺麗な、目、だって……」


恥ずかしさと屈辱感と怒りで真っ赤になりながら、彼女は既に半分泣いていた。


信じられない事に彼女は、小鳥遊勇一に失恋したのである。


「ッ……!……お、お邪魔、しました……!!」


「あ、ちょっと!!」


余りに可哀想で、俺はその子を引き留めようとしたが、彼女は全速力で小鳥遊家を去って行ってしまった。


「なんなんだよ、この展開……」


と、独りごちた俺の足元で1枚のプリクラが舞っていた。

何だろう、と思い拾い上げると、そこにはあの超絶美少女が無表情で写っていた。



ーーたった1人で。



タッチペンで、他に写る人間のいない広い壁紙に『まりさ』と書かれていた。


まりさ。

彼女の名前なんだろうか。


彼女は友達がいないのかな、と思ったが、いやいやたまたまだろう、と俺は自分の推測を否定した。

あんなに可愛いんだもの。男の友達も女の友達も多いに決まってる、と。



それより、さっきの小鳥遊の態度は何だ、と、俺はドアを開けさせて貰い小鳥遊を責めた。


「おい、振られたからってあんな態度を取るのか? 知らなかったぜ、単なる変人なのは仕方ないとしてもその上更に陰湿なヤツだったとはな」


「だから、さっきのあの子は何なんだ。雪村、お前の知り合いか?」


心底不思議そうにしている。俺はピンときた。

小鳥遊の身にとんでもない事が既に、もうずっと前から起きていてしまった事をやっと察知した。



「!? お、お前、本気で……!?」



ここで回想シーンを振り返る。

小鳥遊は、中学生時代に頭をしたたかに打ったせいで、脳のどこかを損傷していたのである。


記憶を司るのは海馬、だったか。いや、まりさの件で思わぬ事情が分かった所で、コイツが変人なのには変わりないが。



俺が考え事にふけっていると、小鳥遊は手を擦り合わせながら明るい声を出した。



「そんな事より、ナンパに行こう。雪村、君もナンパに参加して貰っても構わないし、横から見ていてくれているだけでもいい。観察して僕のナンパの仕方に欠点があったら何でも言ってくれ」


ツインテ超絶美少女を口説き、そして振ったばかりだというのに、まだやるのか。


しかし興味はあったし心配でもあったので俺は付いて行く事にした。



行ってみたのは街中にある噴水の前である。


そこには、社会人だろうか。お化粧をしてスーツを着た、俺達よりはるかに年上の女が噴水の縁に1人座っていた。

何だかんだ大人の良い匂いが漂ってきそうな絵だった。


「見ろよ、雪村。ああいうのこそが僕や君みたいなのを必要としてるんだぜ。ちょっと話しかけてこいよ」


無茶振りだ。


「……俺? いや、俺はいいよ。素敵な女性だなとは思うけど年上ってあんまり興味無いし」


「そうかい? じゃあ君はまたの機会にするとして、噴水の裏で僕と彼女の大人の駆け引きを聞いてみていてくれないか」


そう言うと、小鳥遊は早速スーツさんに近寄り、話しかけた。



「こんにちは。彼氏と何かあったのですか?」



おい、直球過ぎるだろ。大人の女性は冷たい目を小鳥遊に向け、うろんな目をした。

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