第2話 第一のコロされた少女
「さあ、ここが僕の家だよ。今まで君を連れてこなかったのが不思議なくらいだね」
「あ、ああ。そう言えばそうかな」
その家はさして立派でも大きくもなく、かと言ってバラックでもない(当たり前か)ごく普通の一軒家だった。
小鳥遊(たかなし)は常に自信たっぷり過ぎる程に鷹揚に振る舞うからもっと金持ちのボンボンなのかと予想していたが、外れていた。
これじゃあ『金目当てで寄ってくる女』さえ来そうにないじゃないか。
と、そこへ。
「ちょっと、見てたわよ!! また釣り合いの取れてない女の人にナンパなんかして、もう見てるだけですっごい恥ずかしかったんだから!!!」
玄関のドアを開けたその瞬間から、小鳥遊の妹と思われる1つ2つ年下くらいの細身で可愛らしい女の子が、上がり框(かまち)で腰に手をあて仁王立ちしながら待ち構えていた。
「妹の美由起(みゆき)だ」
小鳥遊は俺に軽く紹介した。
「ミス着物、東京都4位だとさ。きっと若さだけで審査員の同情票を貰ったに違いないぜ」
ミス着物……。なるほど、確かに目鼻立ちが整って派手な衣装が似合いそうな顔をしている。幼さの残る雰囲気も美由起の愛らしさを演出していた。
よく見ると日本人形みたいだ。
「もう、いちいちムカつくわね! 何なのよ兄さんは!!」
美由起は発狂していた。
「大体ね、何度も言ってるでしょ!? 『嫌い嫌いも好きのうち。好きの反対は無関心』なんて男の作った願望の言葉なのよ!! 女の『嫌い』は本当に『嫌い』なの!! 身体が小さい分命に関わるから!!! それが女の本能なの!! 分かったらもう恥ずかしい事はやめて!!!!」
「上がってくれたまえ」
小鳥遊は美由起を無視して俺を彼の部屋に案内しようとした。
「ちょっと! 聞いてんの!?」
相変わらずギャーギャー喚く美由起を捨て置き、小鳥遊の部屋に入ると、まず目に入ったのは巨大な本棚。
そこに並んでいたのは、
『必勝 女のコの落とし方』
『女のここを誉めろ』
『デキる男は読んでいる〜古今東西の偉人達、恋愛事情』
などなど。
恋愛関係のハウツー本がギッシリと詰め込まれていた。
「お前、こんなの読んで勉強してんの……」
「ああ。どんな偉人でも努力はするものさ」
小鳥遊は椅子に座り、
「そろそろ来る頃かな」
と呟いた。その瞬間、ドアを3回ノックする音が聞こえた。
「あらあ、勇一(ゆういち)がお友達連れてくるなんて珍しい! こんにちは、今お茶を入れてきますからね」
「ああ、頼むよ。彼は雪村、数少ない大切な友人だ」
ドアから顔を覗かせたのは、ショートカットの可愛い女の子。どこかしら仔リスを思わせる、見ているだけでほんわかと温かい気持ちになれるような子だった。
「何だよ小鳥遊、お前妹が2人いたのか。美由起ちゃんとはタイプが違うな」
しかし小鳥遊はクックッと笑い、俺の言葉を否定した。
「今のは、母親だ」
!?
「は、母親あ!? どっからどう見ても10代前半じゃねえか!!?」
「よくそう言われるみたいだな。でももう40を過ぎているんだぜ」
何だか、コイツは美由起が口うるさい以外はスペックの高い家族に囲まれているようだ。
可愛いお母さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、小鳥遊は何事かを考え、やがて決心して口を開いた。
「僕は、世界平和を願っているんだ。っていうか、世界平和の事しか考えてない。笑うなよ、本気なんだぜ」
「……世界平和の為にナンパを繰り返しているのか?」
「ああ。女を征服したら、全世界の人口の二分の一を掌握する事になるしな」
じゃあ上の上の女の子しか狙わないのは何でなんだ。
俺の素朴な疑問を口にしようとした時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ〜らあら、可愛い女の子! 美由起のお友達? 今日はお客さんが多いわねえ」
1階から小鳥遊ママの鈴の鳴るような声が聞こえた。
小鳥遊はコーヒーを飲みながら脚を組みくつろいでいるが、俺はその『可愛い女の子』とやらの来客が気に掛かったので、耳をそばだてた。
来客の声はボソボソとして聞き取りづらかった。
「いえ、えーと、あのう……。高校生くらいの男の子、このお家にいらっしゃいますよね?……」
聞き覚えのある声だ。
それもそのはず、その声は……。
誰あろう、先ほど小鳥遊の事をミドリムシ以下と断定したツインテール超絶美少女の声だったのだ。
ドアを開け玄関を確認すると、やっぱりそうだ! あの子だった。
「お、おい、小鳥遊! あの子だぞ!! さっきの子!!」
「さっきの子?」
小鳥遊は気怠げに立ち上がると、ゆっくりと階段を降りていった。
当然、後を追う俺。
ツインテガールは小鳥遊の顔を見ると、紅潮させた顔をますます赤くした。後を追ってきたのか。彼女は一所懸命といった様子で弁解をした。
「あのう、さっきはごめんなさい、急に話しかけられたからビックリしちゃって。でも、良かったら……」
「君、誰?」
!?
俺とツインテ超絶美少女は口をあんぐりと開けた。
「あら、勇一のお友達だったの?」
話をよく聞いていない小鳥遊ママが可憐に微笑んだ。しかしその温かい笑顔も凍らせた空気を溶かす事は微塵も出来なかった。
「もう一度聞くよ、君、誰?」
わざとや冗談ではなさそうだったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます