第8話(前編)

「え、それでどうしたの?」


月曜日、自分と白木が帰ってからの二人のやりとりを聞いた真依は、驚いて尋ねた。



「どうするも何も、そのまま答えたわ。

『行かないわけにはいかないでしょう。約束してるんだから』って」


「……そうだよね」

そう思いつつ、真依は少しがっかりしてしまった。

ーー片山くんのせっかくの勇気が台無しじゃない。


しかし、凜の言っていることに間違いは1つもなく、真依のこの残念な気持ちは言葉になることはなかった。


代わりに、一番気になることを聞いてみる。


「それで、その『行くな』って言った片山くんからはその後」

「特に無いのよ。全くもって、いつも通り。埋め合わせも結局、じゃあまた別の日にって言ったきりだし」

食いぎみにそう言う凜は、やや不機嫌そうだった。


「そうなの?」

「そうなの」


それはちょっと……と、真依は思う。


「意味わかんないよ、片山くん」

思わず口を突いた。

先ほどまであった、片山への同情の気持ちは一瞬で吹き飛んだ。


「そうよね!ね!」

凜が食いついてくる。

「じゃあなんで引き留めたのよ!って感じよねえ!」


凜に全力で同意を示しながら、真依は考えた。


ーーせっかく、凛と「恋バナ」ができるかと思ったのに。


真依は別に、「恋バナ」がしたいわけではない。

ただ、凛と『普通に』恋バナができないことに、少し申し訳なさを感じていた。


自分の「恋バナ」をすることができない真依に、

凜も必要以上に自分の恋愛事情を話してこない。

気を使わせてしまっている、と思っていた。


そう言う話をするときは、どうしても凜が話す一方になるのはもちろんだが、

恋バナが成立するために不可欠な要素である(と真依は考えている)『共感』を、真依はすることが出来ないため、盛り上がらないのだ。


だが今回は、目の前で起きたことだったので、真依も事情を知っている。

そうなれば、いくら恋愛感情のイメージが乏しい真依であっても、同じ話題で盛り上がれそうだった。


そういう意味でも、片山からその後何もないという事実に真依はがっかりしていたし、貴重な機会を無しにされた気がして少し怒っていた。


ーー本当に、片山くんったら。今度全部話してもらうから。


心の中で片山に予告をする。

凜だけでなく、真依からも文句を言われ、問いただされるのは可哀想な気もしたが、知らないふりをしようと思った。



まあでも、乗りかかった船だ。

「恋バナ」になるのかは分からないが、今日くらい自分から話題を掘り下げても許されるだろう。


気を取り直して凜に聞いてみる。


「それで、凜はどっちが気になっているの」


え、と凜の動きが一瞬止まった。

「なんのこと?」


「だって、これって所謂『アプローチ』でしょう?私にだって分かるわ」

そう言って、

「……で、どっち?」

もう一度尋ねる。



「ど、っち……って言われても」


さっきまでの勢いは何処へやら、

凜はしどろもどろになった。


「だって、牧田くんはあくまで可愛い後輩だし……、

片山くんは意味分かんないし……」


なるほど。と真依は思った。

世の恋バナ話者たちは、

話し手の一杯いっぱいになっている可愛らしさも含め、

恋バナを堪能するのか。


新しい発見だった。

いつもは、事情知らない人たちばかりのため、

自分に話を振られたらどうしよう、どうやって乗り切ろう、

そんなことばかり考えていたため、全く気づいていなかった。


そして、新しい発見はもう一つ。

堰を切ったように次々と片山への文句を並べたてる凜を見ながら、真依は思った。


ーー文句を言うのも、理由をあれこれ考えるのも、片山くんに対してだけみたいね


これってもう、「そう」いうことなのではないだろうか。



そんなことを考えていると、凜から


「ちょっと真依!なに笑ってんのよ!」


そう言われた。



いつの間にか笑っていたらしい。


確かにちょっとニヤけているかもしれない。



「ごめんごめん」


とりあえず謝る。



「本当にもう、他人事だと思って。……そういう真依はどうなのよ。最近、石井くんからのアプローチも再開しているじゃない。やっぱり乗り換えようとか思わないの?」



話題を変えようとしたのだろう。

いきなり聞かれて、真依は少し戸惑った。

乗り換える?そんなこと考えたこともなかった。



「え、……うーん、そうねえ。白木くんとの関係で特に困ってないし、今のままでいいかな」



素直な気持ちだった。

上手くやれている。別に困っていない。

これが今の真依と白木の関係の全てな気がした。



「ちぇ、通常運転か。真依も困れば良いと思ったのに」


そんな真依の返答に、残念そうに言う凜。ただ、顔は笑っていた。



「だからごめんって」


真依も笑いながら謝る。



新しい発見は、まだ自分の中にしまっておこうと思った真依だった。 



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恋がしたい、訳じゃない 優木 @miya0930

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