Side 片山
考えて、考えすぎて、結局……
「ふぅ……」
ため息とともに、今日だけで飽きるほど読み返した資料を閉じる。
どこのページに何が書いてあったかさえ説明できそうだ。
コーヒーでも飲もうと給湯室にむかいつつ時計を見る。
17時50分。
二人を見送ってからまだ20分もたっていなかった。
凛さんたちは、店に着いた頃だろうか。
結局、何も思い付かないまま、凜さんの誕生日になってしまった。
アプローチすると決めた手前、何も用意できなかったことが気まずくて、行けないと嘘をついた。その結果、こうして急ぎでもない仕事にまで手をつけている。
やっぱり、行けばよかったな。
そう思うとまた溜め息がこぼれた。
「はあ……」
「大きな溜め息だね」
後ろから声がした。誰かは分かっていたが、一応振り返り、返事の代わりにたずねた。
「白木も残業……?」
「残念ながら残業だよ、…僕は、ね」
"僕は"を強調されてしまった。
これは、……ばれているな。と返答に困ってしまった。
答えない僕に白木が続ける。
「で、なんで片山は行ってないの?」
「……いや、ちょっと気まずくて……」
誤魔化してもばれるだろう。正直に答えた。
すると白木は、当然のように相づちをうってきた。
「あー茅野さんへのプレゼント、決まらなかった?」
数手先を行くような返答。
真依さんはこいつに、どこまで話してるんだ?
僕がそう思っていると
「そんなに心配するほど真依さんは喋ってないよ。僕が想像しただけ」
などと言ってきた。
心の声をもれなく読んでくるような白木に、思わず
「お前ははエスパーか……?」
と半分くらい本気で言った。
分かりやす過ぎるんだよ、と白木は笑う。
お前は分かりにくいよ、
と心のなかで呟く。
真依さんが白木を「つかめない」と言っていたことがあったのを思い出した。
「でもさ、気まずいからといって、誕生日当日にお祝いすら言わないっていうのは、友達としてもどうなのかな」
「う……、」
笑顔で痛いところを突いてくる。
「……そうだよな」
同意以外返す言葉が無かった。
「じゃあさ、」
そんな僕に白木がさらに何かを言おうとしている。
今度は何を言われるのか身構えていたが、
「僕の仕事を手伝ってくれたら、一緒に行ってあげよう」
それは思いがけない提案だった。
「え、」
驚いて白木の顔を正面から見てしまった。
「二人で出来たら2時間かからないから、丁度真依さんたちが店を出る頃になると思うよ」
いつもの爽やかな笑顔だ。
思いがけないが、ありがたい提案だった。
白木とは余り関わりは無かったが、急に仏に見えてきた。
「いいやつだなー!!!」
同意と感謝を込めて答える僕に「決まりだな」と白木がいった。
これはきっと、しばらく頭が上がらない。
◇◇◇◇◇
白木の残業は、本人の言うとおり1時間半程で終わった。会場は白木の友人の店だというので案内してもらう。凜さんは真依さんと一緒に何度か行っているようだったが、僕は行ったことがなかった。
そして、その店があるという通りを歩いていた時、
一軒の店から女性2人組みが出てきたのが見えた。
あ、凜さん
そう思ったら走っていた。
2人が見えたのは、たった数十メートル先だったから、駅までには追い付けたはずだ。
それでも、悠長に歩いてはいられなかった。見つけてしまったらもう待てなかった。
そして、追い付くのも待てなくて、僕は、叫んだ。
二人が振り向く。二人とも驚いた顔をしていた。
「凜さん待って。少しだけ時間無いかな」
精一杯だった。他になんて言えば良かっただろう。走ったせいでくらくらする。
いや、そもそも「無い」と言われてしまったらどうしよう。
「時間って……」
凜さんが口を開きかけたところで、後ろから白木がやってきた。
やあ、などど言って真依さんに話しかけ始めた。
ーー白木は、余裕だな
僕はこんなに息を切らしているのに。
この対比にまた情けない気分になるが、白木を置いて走り出したのは自分だから、自業自得か。
「え、真依帰らないの?」
凜さんの声に我に帰った。
白木を見る。目が合った。クイッと頭の動きで凜さんのほうを示される。
あとは自分で、という意味だろう
息が整い切らない頭でそう考える。
それでもなんとか小さく頷くと、白木と真依さんはこの場を離れていった。
「えー……もう、どうしろって言うのよ」
戸惑いが隠せない凜さんに、何とか息を整えて言う。
「とりあえず、駅の方に歩こうか」
二人で駅までの道を歩く。
沈黙がつづく。
何か話しかけないと。いつも一体何を話していたっけ?
ぐるぐる考えていたが、途中で気づいた。
いや、何か、でも何をでもない。
今日、一番伝えないといけないことがあるじゃないか。
「あの、凜さん」
「なに?」
訝しげな声に怯みそうになるのを、必死に続ける。
「その、誕生日、おめでとう。あと、ご飯行けなくてごめんなさい」
「…………」
凜さんはなにも言わない。
ドタキャンしたのだ。怒るのも当然だろう。
「ほんと、ごめん」
謝る、以外思いつかなくてもう一度繰り返す。
しばらく無言が続いたが、やがて
凜さんが口を開いた。
「……それを言うために走ってきたの?」
「どうしても今日伝えたかったんだ」
僕がそう言うと、
ふふふ、と彼女は笑いはじめた。
真面目ねえ、といいながら笑い続ける。
笑いが収まってから、呟くように彼女はいった。
「いいわよ。怒ってた訳じゃないし。
……ただ、忘れられたのかな、って、寂しかっただけ」
そうか。
何も用意できていないことが気まずくて、「おめでとう」すらも言えていなかった。
「うん……ごめん。改めて、おめでとう」
そう言った僕に彼女は
「ありがとう」
と、ふわりと笑った。
綺麗な笑顔だと思った。
「と、いうことで、怒っているふり終わり!」
凜さんはそう言ったあと、
「すごく美味しかったのよー。
さすが、あの白木くんのお友だち、って感じよね」
などと嬉しそうに感想を話している。
すっかりいつもの調子だった。そして言った。
「残念だったわね、残業入って」
僕の話を嘘だとは疑っていないようだ。
「ははは……そうだね」
気まずさが再び浮かんできて、絞り出すようにこう言った。
そんな僕の様子に気づいたのか気づいていないのか、凜さんは
「また、埋め合わせ、してよね」
と冗談っぽく言ってくる。
和ませようとしてくれているのだろう。
一緒に笑ってしまいそうになるのを、堪えた。
これを流してしまったら、今までと何も変わらない
「あの、さ、その埋め合わせなんだけど」
「うん?」
不思議そうにこっちを向く凜さんに、言う。
「明日とか、」
上手く声が出なかった気がして、途中で言葉が切れた。本当は「どうかな」と続けたかった。
いまさら続けるのも不自然なので、諦めて反応を待ったが、
「あー明日は……」
と気まずそうな声が聞こえてきた。
そうだよな、急に明日とか言っても予定あるよな。
そう思ったが、
「牧田くんと」
「牧田?」
予想外の名前が聞こえてきて、食いぎみに聞き返してしまった。
「え、ええ……」
「なんで、牧田……?」
「うーん?先週誘われてね、」
まあ昼ごはん食べて、仕事の話をするくらいでしょう。
自分が尋ねた癖に、凜さんの答えは全く頭に入って来なかった。
代わりに思わず、口に出ていた。
「いいじゃん、行かなくて」
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