第7話(後編)
「凜ー!誕生日おめでとう!!」
凜の誕生日、仕事帰りに真依は凜を誘って佐野の店で食事をし、プレゼントを渡した。佐野に頼んで会社へ行く前に置かせてもらっていたのだ。
「え、なに!?ありがとう!!」
開けるわね?凜がそういって袋を開ける。
紙袋の持ち手部分にリボンをかけているだけなので、すぐに取り出せた。
「わ!これ、」
真依が用意していたのは、フードプロセッサーだった。
「最近、料理を始めたと言っていたでしょう?だから、役にたつものが良いと思って」
どうせなら良いものを、と思うとどうしても値がはってしまったのだ。
「ありがとう!!買おうか迷っていたの!あったら絶対便利じゃない?」
予想以上に喜んでくれた凜の反応に、真依はとても嬉しくなった。
「ふふ、そうだと思った」
「でも、高かったでしょう?なんだか付属の機能も多そうだし」
箱に書いてある商品説明を見ながら凜が言った。
その声は少し心配そうだったが、真依にとって凜のこの反応は想定内であったため、正直に答える。
「まあ、そこそこね。だからこれは私と白木君の2人からということで」
2人から、という言葉で、先ほどまで心配そうにしていた凜の表情が和らぐ。
「そうなのね。じゃあ白木くんにもお礼を言わなきゃ」
あらためて、嬉しそうにそう言う凜に、真依も笑顔でうなずいて同意を示した。
「で、その白木くんは?」
「んーなんかね、今日は残業が入ったんだって」
二人から、ということにしたのだから、と白木にも声はかけていて、本人も昨日までは来るつもりだったのだ。
「あら、残念」
「そんな白木からです」
そういって佐野がケーキを持ってきた。フルーツタルトだが、まるでブーケのようだと真依は思った。円形のタルト生地の上に、色とりどりの角切りにされたフルーツが盛られ、そこに飴細工のリボンや happy birthday とかかれたプレートがのせられていた。
「え、うそ!」
口許に手をかざして驚いてみせる凜。その視線が真依の方へ向き、真依は慌てて首をふった。凛と同じくらい真依も驚いていた。
白木からは何も聞いていない。完全なサプライズだった。
ーーいつの間に。しかも私の分まで。
リボンやプレートといった誕生日仕様は外されているものの、同じケーキが真依の前にも置かれていた。
そしてこれは僕から、と佐野がコーヒーまでだしてくれた。
「美味しそう!!うれしい!」
そう言って凜がはしゃいだ様子で写真におさめている。これは写真に残したくなるだろうなと真依も便乗して写真をとる。片山にでも自慢しよう。
「そういえば、片山くんは何で来れなかったか聞いてる?」
思いたって聞いてみた真依に、凜が素っ気なく答える。
「さあ?行けなくなったとしか聞いていないわ」
3人でいるようになってから、つまりこの2年間くらいは、誰かの誕生日には皆で食事に行っていた。片山も真面目であり、そうできるようにいつも仕事を調整していた。まあ、片山の凜への気持ちを聞かされた今は、真面目だからという理由だけではなかったのだろうが。
凜には何か伝えているかと思ってたずねたが、この様子だと別日に埋め合わせを、などと誘っているわけでも無さそうだ。
ーーもう、何してるのよ、片山くん
特別片山の恋を応援したい訳ではないが、邪魔したい訳でもない。お膳立てとか周りから埋めていくことは好きでない真依だったが、皆で食事をした後の時間を片山に譲るくらいはしても良いと思っていた。
「来れないなら来れないで、片山くんも見習ってほしいわね……」
ケーキを食べながら凜が呟いた。口調は不満げだったが、その表情は寂しそうだった。
「凜……」
せっかくの誕生日なのに、この雰囲気は良くない。そう思ってわざと明るく声を出す。
「ねえ!明日空いてる?誕生日祝いも兼ねてどこか行きましょうよ」
明日は土曜日だから、凜も休みのはずだ。気分転換もかねて、と誘ってみたのだが、
「あ、明日はね、予定があるの」
あっさりと言われて少し拍子抜けした真依だった。
「そうなの?もしかして片山くん?」
僅かな希望を持って聞いてみた
「え?ううん、牧田くん。お礼がどうとかって」
ーータイミング良いわね、牧田くん。
真依は木下に少し感心した。凜の誕生日を真依は教えていない。明日に約束したのは自分で調べたのか、たまたまか。
凜に「そう。楽しんで」などと相づちをうちつつ
ーーどちらにしても、片山くん、うかうかしてられないわね……
などと考えていた真依だった。
食後のコーヒーまで堪能した二人は佐野の店を出ることにした。自分の分のケーキとコーヒー代は払うと言った真依だったが、佐野は受け取ってくれなかった。その代わり、「今後ともご贔屓に」と笑顔で言うので、近いうちにまた来ようと心に決めた真依だった。
店を出て駅に向かおうと歩き始めると、あわただしく足音が聞こえた。誰かが後方から走って来ているようだった。
すぐに追い付かれそうだったので、真依たちは端に寄ろうとしたが、足音は二人の少し後ろで止まり、
「……凜さん!」
そう声がした。片山の声だった。息を切らしながら片山が言う。
「凜さん待って。少しだけ時間無いかな」
その後ろから白木が歩いてきた。おつかれさま、といった後、真依の方を向いて尋ねる。
「やあ、真依さん、少しだけ飲みなおさない?」
「え……と、今日はもう、」
帰る
そう言おうとしたが、白木の意図に気づいた。
片山に凛と話をさせたいのだろう。
「じゃあそうしようかしら」
「え、真依帰らないの?」
「まあ、せっかくタイミングよく会えたから」
えええ
と言っている凛と、その横でまだ息が整いきっていない片山を残して去った。
「これは、たまたま?」
いつもとは少し違う道を選びながら駅の方へ向かう。
「偶然と言えばそうだけど、意図的と言えば意図的だね」
また良く分からないことを言う。が、こんな白木の調子にも慣れてきたな、と真依は思う。
「今日の集まりに行くに行けなくて、無意味に会社に残っていた片山と遭遇したのは、たまたまだけど。真依さんたちが店を出る頃を見計らって来たんだ」
ーー行くに行けなくて、ねぇ……
そう思った真依は、わざと訝しげな表情を作って白木の方をみる。慣れてきただけでなく、真依自身も白木とのやり取りを楽しむ余裕が出てきていた。
「ふーん、取り敢えず、その辺りを順を追って説明してもらうとしましょうか」
「ええぇ、……端折ってはダメかな?」
などと、あまりにも困った顔を白木がするので、思わず笑ってしまいそうになる。それを堪えながら真面目な顔を保っていう。
「ダメです」
「……承知いたしました」
白木は、おどけた口調で観念を示した。
そんなやりとりをしているうちに、通りの向こうに駅が見えたところで、白木が一軒の居酒屋を示した。
「ここなんてどう?」
店内も適度に空いているようだ。
「いいんじゃない?」
「では、こちらで、この度の事の経緯をご説明させていただきます」
そう言って白木は扉を開け、仰々しく真依へ入店を促した。しかし、その顔は余裕のある笑顔で、真依とのやりとりをいつも通り楽しんでいるようだった。片山と凜のことも同じように面白がっているに違いない。
「……はいはい」
ーー本当に、この人は
飄々とした白木の様子に呆れつつ、真依は店内に入った。
ーー私も、物好きね
今日だって、凛と片山を二人にできたのだから、本当に飲みに行かなくても、このまま帰っても良いはずだった。
白木への返事や内心とは裏腹に、真依の顔にも自然と笑みがこぼれていた。
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