第7話 (中編)

「……ということがあったのよね」


「ふーん、……茅野さんも大変だ」


佐野の店で話を聞いていた白木が言った。


「ね」


 白木が、『大変だ』という表現を使ったため、真依も素直に同意できた。モテモテだ、などど言われていたら同意できていなかっただろう。いわゆる『モテる』ことは真依にとってやや苦痛を伴うことだからだ。


「それで、真依さんはどっちを応援するの?」


 白木が真依に尋ねた。聞き方からすると、白木も牧田がただお礼をしたい訳ではないと思っているようだった。


「えぇ?」


真依は考える。


付き合い歴でいえば片山か。しかし、後輩の牧田が良いやつなのも知っている。


しばらく考えたが、


ーーいや、違うな


そう思って答える。


「……どっちも、しないかな」


「へえ」


 白木が相づちとともに真依に視線をやって続きを促す。その表情は、驚き半分、やっぱりという気持ち半分といったところだ。


「……凛は、周りから固められるの好きじゃないから」


 真依は答えたが、本当はそれだけではなかった。



牧田に相談されたときも、片山に凛への気持ちを報告されたときも、真依は正直 ほっとしたのだ。話がある、と言われると 不安 を感じ、話が凛のことだと分かったら心が軽くなった。


 凛の気持ちに関わらず、だ。


ーー彼らが凛を気にしている限り、その思いはこちらをむかないから。


 そんな自分勝手な考えで、他人の恋愛の応援なんて出来ないと思った。しかし、


 


ーーこの理由はちょっと白木くんには言えないよなあ


そう思って話題を変えることにした。



「ところで!白木くんの誕生日っていつ?」


「突然だね」


 驚いた顔をする白木。そうだろう。突然自分の話になったのだから。


「そういえば、こんな話したことなかったなと思って」


真依は、話の流れで思いついたふりをして答える。


特に訝しむ様子もなく白木は応じてくれた。


「5月だよ。5月12日。」


「ふーん、5月12日ね……」


 復唱しながら、思い立って記憶を手繰る。真依と白木が『付き合う』ことにしたひと月ほど前だった。


ーー良かった


 『付き合って』いるのに誕生日を祝わなかったとなると、なかなかひどい『彼女』になるところだった、と思ったのだ。



そんなことを真依が考えていると、


カウンターの向こうから笑い声が聞こえてきた。


「……はあ、知らなかったんだ」


ひとしきり笑ってから佐野が話しかけてきた。


今日は平日だからか、真依と白木以外に客はおらず、暇をしていたようだ。


「一度もそういう話にならなかったの?」


 佐野にそう聞かれ、


「……そう言われれば、そうね」


「……まあね」


二人は顔を見合せて答えた。


「そうか……」


といいつつ、その表情は面白がっているようだった。


すると、


「僕は知ってたけどね」


と白木が言った。


「えええー?ウソでしょう?」


「ウソじゃないよ。12月29日でしょう?」


「当たり。……なんで知ってるの」


思わぬ裏切りにあった(と思っている)真依は、驚いて尋ねる。


「それは、真依さんの」


「それは答えになっていません」


いつもの流れになっている気がして、真依は食いぎみにたしなめた。


そんな真依の突っ込みに、白木はちぇっと小さく呟いた後、


「初めのほうに茅野さんに聞いていたんだ」


と言った。初めの、というのは「付き合い始めた」頃のことだろうか。


そして、


「それなのに、真依さんは気になったこともなかったなんて」


と、少し落ち込んでみせる白木に、罪悪感を感じて真依は謝る。


「ごめんって……」


すると、


「冗談だよ。告白する相手の誕生日くらい知っておかないとと思って聞いたんだ」


と、ころっと表情を笑顔に戻して言った。先程の「初めの」というのは、アプローチを始めたころのことだったようだ。



「それは置いておいて、真依さんは茅野さんの誕生日プレゼントは決めたの?」


 白木が話を凛の誕生日へ戻した。真依が話を反らしたことはバレていたようだ。


 それでも、応援する、しない、の話題には戻らなかったため、真依はほっとした。白木の質問に答える。


「え?うーん、決めたといえば決めたのだけどね……」


「あまり気に入ってない?」


「いいえ、そうじゃないんだけど、ちょっと値段がね」


友人からの誕生日プレゼントにしては高かったのだ。


 言ってから、しまったと真依は思った。これでは自分がケチだと思われるかもしれない。


 自分が払うことには良い。ただ、高価過ぎる物を贈ると凜に遠慮される可能性があった。こんな高いものは受け取れない、と。


だから悩んでいたのだが、自分が払いたくないような言い方になってしまった。


言い直すべきか考えながら、真依は白木を見る。


白木は、「なるほど」と言った後、


「じゃあ僕が半分出すから、僕たちからってことにしたら?それなら茅野さんも気後れせずに受け取ってくれるんじゃない?」


と続けた。勘違いはされていないようだった。


そしてそれはありがたい申し出だった。二人からのプレゼントと言えば凛も納得してくれるだろう。


「え、いいの?」


 思わず聞き返した。悩んでいた理由が正しく伝わっっていた喜びと、悩みが解決しそうな喜びで、声のトーンが上がっているのが分かる。



そんな真依に白木は


「もちろん」


と、余裕の笑みで頷いた。


「ありがとう!じゃあ今度の日曜日にでも買いに行」


勢いで、行きましょう、と言おうとして、思い直す。


「って来るわね」


買い物まで付き合ってもらうのは申し訳ない。


しかし、白木は


「次の日曜なら僕も空いてるし、一緒に行くよ」


そう言った。


何故か嬉しくなったが理由がわからず


「そう?」とだけ答えた真依に


「邪魔じゃなければね」


と白木は言った。


邪魔だなんて、と思ったが


「荷物持ち確保ね」


と言って誤魔化した。


えええ、といいつつ白木の顔は笑っていて、真依も一緒に笑ったのだった。


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