side 凛
真依が白木くんと付き合い始めた。悪い噂は聞かない。なのに、この何とも言えない不安はなんなのだろう……
◇◇◇◇◇◇
「不安だ……」
私は、レモンチューハイを一口のんで呟く。
「なにが?」
隣で片山くんが聞いてくる。会社帰り、駅の近くの居酒屋のカウンターに二人で座っていた。真依は白木くんと帰っていったから居ない。
「真依のことよ。ただのイケメンだと思っていたのに、白木くん、なんだか変な人だったんだもの……」
説明する私に片山くんは、
「そういえば、会ったんだったね」
と納得したように相づちを打ってくる。
そして、言った。
「真依さんは最近楽しんでいるみたいだけど」
言葉に出なかった最後の部分には『なにが不安なの?』と付いているに違いない。
そうなのだ。宣戦布告、だと言ったときの二人の様子を思い出す。何故か二人は息が合っているようだった。
だから、
まあ良いか、
私だってそう思いたいけど……
真依がお手洗いにいっている間にした、彼とのやり取りが何故か引っかかる。
「真依が誰かと付き合うとか、すごく珍しいのよ。頑張って。応援しているわ」
そう、声をかけた私に彼が言ったのだ。
「『本当に、そう思ってる?』ですって!」
思わず声が大きくなる。
「思ってるに決まってるじゃない!この世界のどこに親友の失敗を望むやつがいるって言うのよ!」
グラスに残っていたチューハイを喉に流し込む。全部飲み干して、グラスをテーブルに置きながら言う。勢いがつきすぎて、グラスはガン!という音をあげた。
「まあまあ……」
と私をなだめようとジェスャーとともに片山君が声をかけてくる。
「白木は真依さんに『好きにならなくていい』って言ったんでしょう?だからじゃない?」
『振り向かせられると思ってる?』みたいな……
と片山くんが言う。
「そうかしら……」
だとしたら余計分からなくなる。
どうしてわざわざそんな事を聞いてくるのか。
グラスを下げにきた店員さんに梅酒を頼む。ロックで、と伝えると「ええぇ」と聞こえてきた。片山君だ。
何よ、文句ある?
そう思って片山くんの方を向く。何やら店員さんに言っていた。お水?要らないわよそんなの。
別の動作を挟むと、高ぶった気持ちが少し落ち着いてきた。
まあ確かに、上手くいかないかもしれない、という気持ちがあることは否定できないけど……
誰にも恋愛感情を持たない人たちがいることを、以前何かで読んだことがある。大学4年間の多くの時間を一緒に過ごして、真依はおそらく そう なのだろうと思う。本人に直接聞いた訳ではないし、彼女もまだ断言しかねているようだから、私からは敢えて言いはしないけど。
真依がそうなのだとしたら、真依に恋愛感情を向ける誰かと無理矢理付き合うというのは、苦痛じゃないのか。そう思うと、真依が誰かと付き合うことを素直に応援出来なかった。
それでも、真依だって思うところがあって付き合ってみようとしているのだろうから、口出しをする気はない。
真依にとって良い方向に物事が進めば良いと思う。
理解されなくて、心ない言葉に傷ついている真依の姿を嫌というほど見てきた。だから、
「だからねー、幸せになって欲しいのよ!」
何が『だから』なのか分からないはずなのに、片山くんは落ち着いた声で「そうだね」といってくれる。
店員さんがドリンクを持ってきた。お冷やが2つと私の梅酒だ。迷わず梅酒に手を伸ばす。
傷つけたら許さないんだから
口もとにグラスを運びながらボソッと呟いた。
片山くんは聞いていたようで、
僕に言われても……
とか何とか言っている。
真依には、幸せになって欲しい。だから、このまま上手くいってほしいと思っている。もちろん思っているけれど。
同時に、彼女にとって、『普通』に誰かと恋愛をすることが幸せになることなのか、という疑問が脳裏をよぎるのだ。
……ああ、これでは堂々巡りだ。
結局、その人の幸せは、その人にしか分からないとはよく聞く言葉だが、真依を見ているとその事を痛感する。
「……ねえ、幸せって何なのかしらね」
「また難しいこと言うね……」
と苦笑して片山くんが言う。
そして、
「まあでも、考えすぎないほうが良いんじゃない?
真依さんが今困っている様子は無いんだし……」
と続ける。
「凛さん的に白木が怪しかったとしても、今僕たちに出来ることはないよ。上手くいってもいかなくても一緒に受け入れるくらいだね。」
なんて冷静に言ってくる。
なんだか恨めしくなって、少し睨んでやる。
不思議そうな顔してるわね。
……知っているのよ、あなたが真依を好きになりかけていたこと。
あなたの時は、前兆が分かりやすかったから思いっきり牽制してやったけど。
最近ではそんなそぶりがなくなって安心していたのに。むしろ良い理解者になりつつあるみたいだし。
……羨ましい。
いや、羨ましいってなんだ。
不意に浮かんだ考えに自分で突っ込みを入れる。今は真依の話をしていたはずなのに。
「僕は、凛さんにも……」
片山くんの声が耳に入ってきた。
えー、なあにー?
「いや、何でもないよ。」
「なによう。言わないのー?」
「じゃあもう一杯。」
ええーもう帰ろうよ。充分飲んだでしょう?
そう言う彼に構わず私はメニューを開く。
今日は土曜日、まだまだ夜は長い。
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