第6話(前編) 遭遇と対面
「木原さん、久しぶりだね」
朝の給湯室で、真依は声をかけられた。始業前にお茶でも飲もうとお湯を沸かし始めたところだった。
「あ、石井くん……久しぶり」
本当に久しぶりの会話だった。
給湯室にというよりも「真依に」用があったようだ。何をするわけでもなく真依に話しかける。
「聞いたよ。白木と付き合い始めたって。」
真依が白木と「付き合う」ことを決めた前日に、真依へ告白してきたのが彼だった。
「ええ、まあ……」
なんと答えれば良いのか分からず、真依は言葉を濁した。ごめんなさい、と言いたくなったが、それも適切なのか分からず結局口をつぐむ。
「正直、驚いた」
という石井に、真依は、
「……うん。そうよね」
そう言うことしかできない。
お湯はまだ沸ききらない。
ーー気まずい。
その場には真依と石井だけだった。今すぐにでも離れたかったが、お湯を必要としているのは真依であることは一目瞭然であり、いきなり火を止めて席に戻るのは不自然だった。
どうしようもなくなって、
『助けて、給湯室!』と、凛に助けを求めるメッセージを送信した時、真依に対して、石井がさらに尋ねてきた。
「それで、白木とはどう?」
ーーどうって何?どういうつもりで聞いているの?
「えぇと、どう、というのは……」
なにを答えれば良いのか、と思っていると、
「どうしたの?」
白木がやって来た。
「真依さんおはよう」という声に反射で「おはよう」と答えてしまったが、
ーーああもう、タイミング良いのか悪いのか
結局当事者しかいないため、状況が変わったとは思えず真依の気分は複雑だった。
白木の登場にやや驚いた様子を見せた石井だったが、気をとりなおしたように言った。
「……いや、二人は順調なのかなって」
「順調だよ。ね、真依さん?」
ウォーターサーバーの水をコップに注ぎながら、白木はいつも通りの余裕の表情で答える。
同意を求められた真依は
ははは
と渇いた笑いを漏らしてしまった。
「あ、石井くん、ちょっと聞きたいことがあるのだけど良い?」
外から凛の声がした。
ーーああ、やっとだ。
思わず真依から安堵のため息がもれた。
凛は始め、真依を呼ぶ予定だった。
しかし、真依が抜けると石井と白木が残されることになり、
それはまずいだろう、という判断から石井を呼び出したのだった。
凛に呼ばれた石井は、
「じゃあね、木原さん」
真依にだけ挨拶をして出ていった。
すれ違うとき、白木に視線をやっていたように見えたのは気のせいだろうか、と真依が考えていると
「今、睨まれた?」
と白木も言う。
勘違いではなかったようだ。
「……なんでかな?」
白木の呟きに、真依は「さあ……?」とだけ答えた。
心当たりが無い訳でもなかったが確信が無いことは言いたくなかった。
それにしても、
「なんだったんだろう」
顔を見合わせた二人だった。
◇◇◇◇◇
「1つの可能性としては、誰とも付き合うつもりがないと言っていた真依が、白木くんと付き合い始めて、自分にもチャンスがあると思った、ということよね。」
その日の昼休み、昼ごはんを食べながら凛が言った。
「えぇぇ…」
そうだろうか、と思っていると、
「だって、聞かれたのよ。真依は白木くんのことが好きだったのかって。」
と衝撃の事実を告げられた。
「わぁ…ごめん。なんて答えたの?」
「もちろん正直に答えたわよ。そんなことはなかったはずだけど、って。」
なにせ彼を振った次の日に白木と「付き合う」ことを決めている。
自分が振られた直後に真依と白木の関係を噂で聞いたとしたら、と石井の気持ちを真依は想像した。
「石井くんには失礼なことをしたよね……」
思わず呟いた真依に、
「そういうことじゃないでしょ」
と凛から突っ込みが入る。
「今まで何も言ってこなかったのに、突然接触してきたのよ。何かがある、と考えるべきよ!」
と力強く、言われてしまう。
「えええ……そうかなぁ」
凛は警戒を示しているが、石井は、白木ほどの華やかさはないにしても、落ち着いた声と振舞いから来る知的な雰囲気があり、密かに女子社員の間で話題になるほどだった。
なにより、その勤勉さは男女問わず一目置かれていた。
確かに今朝の一件は驚いたが、石井はそんな何かを企むような人ではないと真依は思っていた。
ーーまさか、ね。
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