第5話(後編) 前進か後退か


心拍数が上がっていく。

目元が熱くなる。



やばい、涙……



 悲しい、というより失望や困惑、色々な感情でぐちゃぐちゃになっていた。その興奮で涙が出そうになる。



「……さん、真依さん待って!最後まで聞いて!違うから!」

焦ったような白木の声で真依は我にかえる。


一瞬、周りの情報が何も入って来なくなっていた。



ーーちがう、って言った?


「……違うって、何が?」



「ボーイフレンドというのはつまり、気の合う男友達くらいに思って欲しいってことで。」





「……は?」




「紛らわしい言い方をしてごめんね。ちょっと反応を見てみたかったんだ。」


 ますます訳が分からない。

 しかし、相変わらずの訳の分からなさに、真依は落ち着きを取り戻しつつあった。





「考えたんだけど」と、白木が説明を始める。


 落ち着いてきたといっても、真依にはまだ聞き返す余裕はなく、白木が一方的に話しているわけだが。


「真依さん、この前のこととかまだ罪悪感持っているよね?」


 白木に嘘をついて個展を見に行った日のことだ。


 あの日のことをいっているのだ、と分かるくらいには真依は罪悪感を感じていた。



「僕に他の人と予定があるって嘘までついたり、僕の誘いを断ったことに罪悪感持ったりしているのは、まだどこか僕に対して負い目があるからじゃないかな」



 そうかもしれなかった。


 恋愛感情を持たなくて良いと言われても、やはり自分は失礼なことをしているんじゃないか、など申し訳ない気持ちは感じていた。



「友だちに対してだったらそんなこと考えないと思うんだ」




 そう言ったあと、真依の考えを見透かしたように白木がいう。




「最初に言ったよね、僕に恋愛感情を持たなくて構わないって。これは今でも変わらない。」

そう続ける白木に真依は思う。


ーーそれが、なかなか信じられないのだけど。

これを正直に伝えるかどうか悩んでいると


「そもそも、僕は君と仲良く出来たらそれでいいんだ」


白木がまた嘘か本当か分からないことを言う。



ーーじゃあ最初からそう言えば良かったじゃない。というか、それなら「付き合って」いなくても良いじゃない。



 気になる点はたくさん出てきたが、とりあえず


「じゃあなんで『付き合って』なんて言ったの?」


と尋ねると、


「友だちになってください、とかわざわざ言ったら逆に警戒しなかった?」


白木に逆に問われてしまった。



 ああ、そうかもなぁ、と思った真依だった。


「まずは友だちから」という言葉(断り文句の場合も多いが)があるくらいだから、友だち→恋人という流れはイメージしやすい。


 それなら初めから「付き合いたい、それ以上は望まない」といってしまったほうが潔いかもしれない。


ーー潔い、のか……?



 まあ、それ以上望まない、というのも半信半疑だったが。



「そうでしょう?」


 納得しつつある真依の様子を見ていた白木が得意気に言う。


肯定を返すのが嫌になるような笑顔だったが、ここで否定しても仕方がない。



「……よくご存じで」



 せめてもの反発として、曖昧な表現でごまかした真依だったが、白木に



「もちろん、君のことだからね。」



と、胸をはって言われてしまった。



ーーなんだそれは。



真依が白木を見ると、にやにやしていた。



ーーああ、冗談で言ったのね。



分かりにくいったら




 なんだか面白くないので聞いてみる。


「それは、友だちだから?それとも……」


「そうだよ。」


それとも、私のことが好きだから?


と続けるつもりだったが、


さらっと言われてしまった。

顔色ひとつ変わっていない。



ーーふーん、



やっぱり面白くない真依だった。





 それはともかく、と、自分が動揺してしまったことを振り返りながら真依は考える。



 たった一言聞いただけで、勝手に勘違いした上に、裏切られたような気持ちになってしまった。

 そもそもショックを受けたことが意外だった。



ーー思っていたより好きみたい。



 この「好き」は凛や片山に対するものと同じもので、純粋な好意だった。




だから、


ーー「友だち」なんて、そんなのとっくに……



 そう思ったが、絶対に教えてなんかやらない、と代わりに尋ねる。

「では、『お友だち』の白木くん」


「はい」


「今後の予定は、どのような感じですか」



真依の問いかけに白木が答える。


「そうだね……、僕としては外出のリベンジをしたいところだけど」


特に行きたいところもないしなぁ、と呟く。


「どこかある?」

と聞かれたが、


真依も特に行きたいところは無かった。


(これは白木が一緒かどうかとか関係なく、本当になかった。)


「特には無いわ」

小さく首を振りながら答える。



「それなら、現状維持で良いんじゃないでしょうか」



こんなことを事も無げに言うのだから、おもしろいなぁ、と真依は思うのだった。



 こうして、白木と真依の関係は「付き合っているけどお友だち」という少しややこしいものになった。





ーーあ、これはもしかして良い機会なのでは。




「じゃあよろしくね、直也くん?」



 思い立って名前で呼んでみる。


白木を見る。



ーーふーん、これは効くのね?




 白木は驚いた顔をして固まっていた。




 一矢報いることができたようなので、クスクス笑いながら今日の失言は多目に見ようと思った真依だった。




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