番外編 side白木

 「試しに、なんて言わない」時点での、白木目線の話になります。



◇◇◇◇◇

 

 改札を入り、僕とは反対のホームへ降りていく彼女を見送ったあと、僕も自分の電車を待つためにホームへ階段を降りる。


 ふぅー、と無意識のうちにため息がもれた。


 多少の混乱が残る頭を整理しようと、ホームに設置されている自動販売機で缶コーヒーを買う。


 椅子に腰掛け、コーヒーを飲みながら考える。


 ふう、と今度は意識的に息を吐き出す。



 彼女が誰に対しても恋愛感情を持たないようだということは、同期として過ごしてきた中でなんとなく感じていた。

 

 彼女に「普通」に告白しては、「普通」に振られてしまうだろう。だから、彼女と「付き合う」ためには普通のアプローチではなく、彼女の理解の上を行く必要があった。


 その目論見は成功し、僕と彼女は「付き合う」ことにはなった。


 しかし、彼女が僕と「付き合う」ことに同意したのは、恋愛のいざこざ回避のためと、僕が他の人と何かが違うと思ったからだろう。それはつまり、僕が今までの男と同じだと見なされれば、すぐにこの関係は無かったことになるということだ。




ーー最初の「デート」が肝心だな。



 そう思って臨んだのが前回の外出だった。

 普通の「デート」をしたのでは駄目だと思った。彼女に「恋人」としての振る舞いを期待するような素振りを見せたら距離を取られてしまうだろう。



 下心を感じさせないで、警戒心を解く、そんな外出にする必要があった。



 結果を言うと、木原さんとの初めての「デート」は成功した。


 良い意味で彼女の意表をつくことができたと思う。


 予想外だったのは、自分があんなにも緊張してしまったことだ。余裕があるように、純粋に一緒に出掛けていることを楽しんでいるように見せるだけで精一杯だった。



 とはいえ、最初の外出が終わった時点では、実際は余裕がなかったという事実は彼女には勘づかれていないようだった。



 それなのに、佐野の余計な一言のせいで「緊張していた」と白状することになってしまった。


 幸い、彼女がそんな僕を怪しむことはなく、むしろ僕自身への興味に繋がったようだったが。


 ーーあれ以上余計なことを言っていないだろうな


 そう思って尋ねたが、とびきりの笑顔ではぐらかされてしまった。


 彼女の様子は、これまでの僕へのあてつけの様でもあり、からかっている様でもあった。


 どちらにしても、彼女が面白がってきているのは好都合だ。まだ、彼女に訝しまれるわけにはいかない。計画が色々と狂ってしまう。



 そう思ったところで電車がホームへ入って来た。

 僕は、コーヒーを飲み干し、空になった缶を捨てて、電車へ乗り込んだ。



 ーーさあ、これからどうアプローチしていこうか



 色々と改善の余地がありそうだった。



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