第4話(後半) 私たちの関係は

 凛とそんなやりとりをした週末、


>次の土曜日、休みだよね?

>出掛けませんか?


>場所は真依さんの行きたいところで。



 白木から真依に連絡がきた。



 あー、まずいな……


真依は考える。


 その日は、好きなイラストレーターの個展に行く予定にしていた。


期間中の最終日だから、この予定は変えられない。



 ーー「真依さんの行きたいところで」と言っているのだから、伝えてみる?


いや、でも。


それは違う、と思ってしまう。



 今までに付き合った人にも「行きたいところある?」と聞かれることは多々あった。


その度に真依は「ない」と答えている。


 ない訳じゃないのだ。「私が」行きたいところは山ほどある。でもそれは「あなたと」行きたいところではない。



 真依には、「好きな人と一緒ならどこに行っても幸せ」という恋人たちの主張が理解できなかった。


 確かに世の中には「恋人と」一緒に行くほうが楽しい所は沢山あるだろう。


 しかし、一人で行った方が楽しめる場所だってあると思うのだ。



ーー断って、しまった。


 悩んだ末に、真依は今回は一人で聞くことにした。


 白木に知られたくないとか、一緒に行きたくない訳ではなかった。

 しかし、気を使ってしまうだろうことが嫌だった。この個展は、じっくり見たかったのだ。


ーーごめんなさい白木くん。


 当日まで抱えていた、そんな少しの罪悪感はしかし、会場に着いて、作品を見ているうちに消えてしまった。



 イラスト集、買って帰ろうかしら。

他にも、ポストカードとかあったら……

ああ、今日は来てよかった!!



 一通り見終わった真依は、満足感で一杯のままグッズコーナーへ向かった。




 ーーさあ、これくらいで良いかな


 欲望に忠実に、欲しいものを抱えてレジへ向かおうとした時、


どん



前から来た人と肩が当たってしまった。


手もとに意識を向けすぎて、前方不注意になっていたようだ。



「あ、すみません。」


謝る。


「……え!?真依さん!??」



 名前を呼ばれた。



えっ?



 振り返る。



声の主と目があった。




そこにいたのは、白木だった。




◇◇◇◇◇◇



「いやー驚いたな、」

 個展からの帰り道、

真依は白木と並んで歩いていた。


お互い連れがいないため、逃れられなかった。



ーー気まずい。



 白木には断るときに先約がある、と言ってしまっていた。


それなのに今、真依は一人でいる。



ーーああ、なんて言い訳しよう……


 心の中で頭を抱える真依に、


「言ってくれたら一緒に来れたのに」



白木のうらめしそうな視線が向けられる。



 うっ、ですよね……



「……ごめん」



心のそこから謝る。



 白木の顔を見られず、うつむいて小さくなっている真依。



 そんな真依に白木はじっと難しい表情を向けていた。



 しかし、

耐えきれなくなったのか表情を崩して笑い出す。



「くくっ……冗談だよ」



え、


思わず顔を上げる。


白木を見上げた真依に、



「だって、言いにくかったんでしょう?」

そう言って微笑む。


「……怒らないの?」



 恐る恐る尋ねた真依に、「どうして?」と白木が問い返す。



「僕だって真依さんとの予定が入らなかったからここに来たんだし」


 そう言われてみれば、そうだ。


すこし心が軽くなる。



「でもこれで、次は一緒に行けるね。」


 そう、なのか……?



 そもそも、その「次」というのは何のことか、という疑問が浮かんだが、


まあいいか、と思い直した。


「そうね。」


と返事をする。


自然と微笑んでいた。



「それにしても、個展、良かったね。」


 真依の罪悪感も薄れ、話題は自然と先程までの個展についてになる。


「画集、買えばよかったなー」



 少し残念そうに白木が言うので、


「あ、私買ったわよ」と伝えると、



え、うそ!と目を輝かせたかと思うと、


「あの……それ、貸してもらえたり…します?」


急に下手になって言う。

上目遣いのおまけ付きだ。



おもしろい。



「もちろん。」

真依は笑いをこらえながら返事をした。


「やった、ありがとう!」

手放しで喜ぶ白木。



 本当に好きなんだなぁ、と自分のことは棚に上げて思った真依だった。



ーー白木くんは今日の個展、どうだったんだろう。


 さっき「良かった」とは言っていたが、もう少し聞きたくなった。


「あのぅ、お願いついでにもうひとつ……」

白木が続けて言う。


「真依さんこの後時間ある?……良かったら感想とか詳しく」



 白木も同じことを思っていたようだ。



 今日はこのために1日空けていたので時間はある。もう夕方だったので、夜ご飯を食べることにした。



「じゃあ、場所は……」

「うん、」



「「行きますか。」」


二人で顔を見合わせて、にやっと笑う。



 行き先は、もちろんいつもの喫茶店だった。



 このあと、

盛り上がりすぎた二人は、

佐野に追い出されるまで話し込んだのだった。

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