第4話(前半) 私たちの関係は
それ以来、仕事終わりに佐野のカフェに寄ることが真依の日課になっていた。
あの店の落ち着いた雰囲気が、仕事終わりの体に心地よかった。
たいていは一人で行くのだが、白木が先に居たり、後から来ることがあれば2人でお茶をするという形が定着した。
そんなことを繰り返しているうちに、退勤時間が重なれば、そのまま二人で入店することも珍しくなくなった。
「ずいぶん気に入ったのね。」
凜が言う。
昼休み、社内のレストラン(社員食堂を真依たちはこう呼んでいる)で食事をしているときだった。
「え?うん、良いお店よ。今度凛も一緒にどう?」
そういえば、凛とはまだ行ってなかったなぁ、と思って真依は答える。
「それは良いわね。……じゃ、なくて、」
ツッコミが入った。
「お店のことじゃないわよ!白木くんのこと!」
続いているみたいじゃない、と凜が尋ねる。
「えー……気に入った、というか、」
話は合うし、一緒にいて苦ではない。
しかし白木とは、会社帰りに例の喫茶店に行く以外、最初に出掛けたきり、休みの日に外で会う「デート」をしていなかった。
だから忘れていた。
「そういえば、付き合っているんだったわね。」
真依にとっては、親しい男友達が出来たような感じだった。
「それは真依の実感の話でしょう?」
その感覚が嘘だとは私は思わないけど、と前置きした上で凜が言う。
「噂になっているわよ?」
知っていた。
(忘れつつあったが)同期一、もしかすると同年代一のイケメンとも名高い白木が彼女をつくったらしい、ということは、この1週間で驚くべき速さで同期の女子校社員を中心に広がっていた。
半分それが狙いのようなもので、真依が白木と「付き合う」ことにした理由ではあった。
しかし、この予想以上の広まり方に、問い詰められるのは御免だった真依は、
ーーあまり騒ぎになりすぎるのは嫌だなぁ
などと思っていたが、その点白木はさすがだった。
社内でたまたま二人でいるところを目撃され、囲まれそうになった瞬間、
自分の口もとに人差し指を立て、
にっこり
笑った。
そっとしておいて、という意味のようだ。
遠くからため息と悲鳴が混ざって聞こえたから、もしかしたらウィンクぐらいはしていたかもしれない。
どちらにしてもそれ以来、大騒ぎにもなっていなければ、問い詰められることもないので、(噂はそれなりに続いているようだが)真依はもう気にしないことにしていた。
「一応聞くけど、良いの?」
なんとなく心配そうな顔をして凛が真依に言った。
「どういう意味?」
「だからね、二人で出掛けたのは一度きりなんでしょう?それで良いの?」
「恋人らしいことしてないけど良いのか、
という意味なら、私はこれで良いわね……」
佐野の店で白木と過ごす時間は悪くなく、むしろ心地よいくらいだ。
真依のこの回答は、凛の想定内だったようだ。特に驚くこともなく言った。
「真依はね、そうでしょうね。だから私も「一応」と言ったのだし」
凛が気にしているのは、そこではないらしい。
「でもねぇ、白木くんは真依が好きだから付き合いたい、って言ったんでしょう?良いのかしらねぇ」
凛のこの問に、真依は少し考えて
「……さあ。でも、私が断っている訳ではないし」
こう答えた。
向こうが今の状態を良いと思っているかどうかは分からないけど、
白木から何もされない以上、こちらから動くことはない、
と真依は考えていた。
恋愛に興味がない訳じゃない。
恋愛ものの小説とか、漫画とか読むたびに、こんなにも想ってくれて、大切にしてくれる人が現れたら、どんなに良いだろう、と思っていた。
そんな憧れから、付き合ったこともあった。
それでも、
ーーそれでもやっぱり、私は同じ思いを返せないから。
言わなければバレない、なんてことを言う人もいるかも知れないが、それは恋愛を楽しめる人の言い分だと真依は思っていた。
相手から向けられる想いに応えられないと気づいてしまうともう駄目だった。
膨らむのは罪悪感ばかりで、
だからもう、恋愛をしている「ふり」はしないと決めていた。
相手を好きなふり。
会えてうれしいふり。
一緒にいられて幸せなふり。
たとえ相手が何を望んでいるかわかっても。それをすることで相手が喜ぶとわかっていてもだ。
ーー結局私は、自分が一番かわいくて、他人のためには生きられない人間なんだ。
このようなことを省略しながら言葉に出す。
それを聞いた凜が言う。
「私だって、好きでもない人のために、自分を犠牲にして何かしようとは思わないわよ。」
好きだから、大切だから無理してでもその人のためにしようと思うの。
そう補足したあと
「だからそんな、自分が冷たい人間なんだ、みたいなこと言わないで。」
と言った。
凛はそう言ってくれるが、
やっぱり
ーー誰も好きになれない、ということは、
誰の為にも生きられない、ということなのでは
と真依は思うのだ。
ーーだって私には「好きだから」という理由はないのだから。
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