第3話(後半) 試しに、なんて言わない


白木と出掛けた数日後、

仕事終わりに思い立って、真依はあの喫茶店へ行ってみた。


カウンターの端に案内される。

カウンターの内側は簡易なキッチンになっていて、そこでドリンクを作る様子が見えるようになっていた。


客も店員も完全にドアに背を向けるわけでなく、見ようと思えば外の様子が見える。

配置も丁度良いな、と思いながら席に座り、メニューを見る。



あの日食後に飲んだ珈琲がおいしかったため、同じものを頼み、今日はケーキも頼んだ。

先日は昼時で、ご飯ものを食べていたため食べられなかったのだ。


頼んだものはすぐに運ばれてきた。


うん。やっぱりケーキも美味しい。


ケーキを食べ終え、珈琲も残り一口になってしまった。


名残惜しく思いながらそれを飲み終え、

ふぅと満足のため息をつく。


「珈琲のおかわりはいかがですか」


「いいんですか?」


ええ、お食事と一緒にご注文いただいた方は一杯までサービスいたします。


にっこりと言う店員に、喜んでお願いする。


驚いてみせたのは嘘だった。

前回来たときに見て知っていたため、これを狙っていたと言っても良いだろう。


おかわりの珈琲を待ちながら、

真依はカバンから本を取り出す。


これもあの日勧められ買ったものだ。



本を開いたとき、


カランカラン


入口の来客を知らせるベルが鳴る。



横目でみる。



……白木だった。



驚いた。


この店には白木に連れられて来たのだから、彼の行きつけなのだろうとは思っていた。


しかし、あれからまだ数日だ。

そんなにすぐには白木も来ないだろうと踏んでいた。

だからこそ、真依は今日ここにいるというのに。




「気に入ってくれたみたいだね。」


真依の動揺を見抜いたのか、からかうように白木が言う。


少し気まずかったが、否定する理由もないので正直に答える。


「……ええ。とても居心地が良くて」


「それは良かったです。」


おかわりの珈琲を真依のもとへ運んできた店員がにっこりと話しかけてきた。


「いつものでいいかい?」「ああ、頼むよ」

そんなやりとりを白木と始める。


「実はここ、僕の友人の店なんだ。」

白木が言った。


つまり先程の店員が白木の友人で、彼が店長(という表現が適切かどうかわからないが)のようだ。



「改めまして、佐野、と申します。この度はご来店ありがとうございます。」

ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。と

白木のアイスコーヒーを持ってきた佐野が、少しおどけたように言う。


「あ、いえ、こちらこそ……私は、」


「木原真依さん、ですよね?」

名乗る前に名前を呼ばれる。


「すみません、白木から聞いていて、一方的に知っていました。」

なるほど。

真依が納得していると、


「この前も、今度付き合うことになった娘と出かけるから連れてきていいか、なんて言うから、てっきり紹介してくれるものとばかり思っていたら、」

なあ、

と白木を見た。


そうだったのか

と思い、真依も白木のほうを見ると、


「うるさい。忘れていたんだ。」

さっきまでの余裕の笑みはどこへやら、珍しく気まずそうな顔をしていた。


あらら、

こんな白木くんは新鮮だ。


「付き合うことになって、1…2週間?」

「2週め、だ。」

2人のやり取りを聞きながら、


ああ、これはお決まりのやつかな、と真依は思った。


佐野が真依に問いかける。

「白木は迷惑かけていませんか?」


あら、違った。

てっきり、今一番熱い時期でしょう、とか言われるものだと思っていた。


意外、いや、でも見るからにいい人そうだし、人の事情に踏み込むようなことを聞かないだけかも。


そんな真依の評価など知らない佐野が続ける。


「びっくりしたんですよ。あの白木が、付き合えそうな娘を見つけたって言うから。」


あの、とはどういうことなんだろう。


気になったが、

「それってどういう、」

「ああもう、余計なことは言わなくていいから!」


慌てて遮る白木に、わかったわかった、とニヤニヤしながら佐野が引き下がったため、聞くことができなかった。



3人でしばらく話をしていたが、残業終わりだと思われる人たちが増えてきたところで、店を出る。


目的地は同じなのに別々に帰るのもおかしい気がして、二人はそのまま一緒に駅へ向かった。


せっかくだから真依は聞いてみることにした。

「二人はいつから友だちなの?」


「高校からの腐れ縁だね。」

白木の答えに、

なるほど、佐野、白木で番号が近くて仲良くなったパターンか。

と思う。


「ふーん。ずいぶん仲が良さそうだったね」

「まさか、あいつといると調子が狂う」


だんだん口が悪くなっていく白木が微笑ましくなって、くすくす笑いながら真依は返す。

「でも、信頼してるでしょう?」


大学卒業後もこうやって連絡を取り合っているくらいだし。

白木のことはまだそんなに知らないが、誰にでも彼女が出来た、と言いふらすようには思えなかった。


白木も「……まあね」と、

しぶしぶ というふうに認める。



「そんな関係ならなおさら、この前来たときに教えてくれれば良かったのに。」


なんで紹介してくれなかったの?

忘れてたなんて嘘でしょう、

という思いを声と視線に込める。


「……本当に忘れていたんだ、僕だって緊張くらいするさ」



ややむくれた調子で言う。

そうか、緊張、するのか。

今までの白木の印象から最も遠い言葉だった。

そうすると、今のこの様子はもしかして照れ隠しなのか。


佐野と話しているときや今の白木の表情は、普段の余裕そうな笑顔とはかけ離れていたが、今のほうが人間味があっていいな、と思った真依だった。


それを素直に伝えてみる。


「今日はいつもと違う白木くんが新鮮だったわ。いつもそうしていたら良いのに。」


「それは何より。」

すねた声音で白木がこたえる。


いつも余裕そうな笑顔を浮かべている白木のこの様子は、ちょっと楽しかった。


それより、

「さっき、佐野に何を言われてたの?」


店を出る前、真依だけ佐野に呼び止められたのだ。


「えー、……内緒、です」にっこり


訝しげな表情の白木に、これでもかというくらい余裕ある笑顔で答えてやる。

いつもと逆の立場を満喫しながら、真依は佐野に言われた言葉を思い出していた。



「素直じゃないところもありますけど良いやつなので、いいパートナーになってあげてくださいね」



パートナー、ねぇ……

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