第3話(前半) 試しに、なんて言わない
「で、どうやって断ったのよ」
どうするの ではなく、どう断った
と問う凛。
本当にいい友達だよなーと真依は思った。
今日は二人とも酒は入っていない。
昨日の反省も含めて個室のカラオケボックスだ。
そこで白木との一件を報告していた。
昨日から凛には、世話になりっぱなしだ、と
強い感謝を覚えながら答える。
「うん。付き合ってみることにした」
「そうよね、つきあ……え?」
真依の言葉を復唱しようとして、口が予想外の動きをしそうになった凛は混乱を隠さずに真依に訪ねる。
「なんで?」
なんで……、
なんでだろう。
あんな適当な答え方をされたのに。
なぜ付き合いたいのかという真依の問いに、
白木は「好きだから」と答えた。
恋愛感情の概念が無い真依にとって、この回答は全く意味をもっていない。(「なんで」と問われて「なんででも」と言われているようなものなのだから)
それでも、
「試しに、って言わなかったからかなぁ」
今まで、「試しに付き合ってみて、ダメだったら……」と食い下がってくるひとは多くいた。
「誰かを好きになることはない」と言えばなおさらだった。
試しに……
ということは、そのお試し期間の中に真依が相手を好きになることを期待しているということで、
結局は真依の言い分は理解されていないのだと真依は解釈をしている。
つまり、まだ君は恋を知らないだけだ、恋が分からないなんてありえない、と同義だった。
それに比べたら、白木の「好きだから付き合いたい」というストレートな理由の方が好意が持てた(ただし理解はできないが)。
「それに……」
「それに……?」
「ううん、やっぱりなんでもない。」
なぜだろう、
白木の「好き」は嫌ではなかった。
この違和感の正体を知りたいと思ったのだが、これはまだ言わないことにした。
「そうはいっても、大丈夫なの?恋愛は無理って言っていたじゃない」
心配そうに聞いてくる。
「うん。だから恋愛はしない」
それでいいって言ってたし。
「恋愛はしないけど、付き合いはする?どうやるのよ??」
付き合っているふりをするってこと?
ふりではないのでは、と真依は思う。
だって向こうは付き合うことを望んでいるのだから。
ただ、真依自身も良く分かっていないため、
「さあ、それは向こうが考えるでしょう。白木くんが言ってきたのだから。」
とだけ答えた。
とりあえず、今週の休みに食事に行くことになった。
そこで様子を見てみるつもりだった。
◇◇◇◇◇◇
約束の日
真依は相当な覚悟を決めて臨んでいた。
だって相手は男だから。
「好きにならなくていい」=「君の気持ちなんて関係ない」
という意味だったら、何が起きても敵わないからだ。
凛からも忠告は受けていた。
「いい?夜になったらすぐ帰るのよ!どこかに連れ込まれそうになったらすぐ連絡して……片山くんに!」
「え?!僕?」
急に話を振られてうろたえる片山を尻目に凛は大真面目だった。
まるで自分の娘に言い聞かせるように言う凛と
うろたえる片山を思い出し
苦笑を浮かべながらも気を引き締めて待ち合わせ場所に向かった真依だった。
しかし、
その日の夕方、
真依は一人で道を歩いていた。
通勤で歩き慣れたいつもの道だ。
おかしい、
こんなに平和で良いのだろうか
と真依は考える。
昼前に会社の最寄り駅で待ち合わせ、
まず行ったのは新しく出来た喫茶店。
その後、駅近くの大型書店。
で、解散だ。
「こんなの、会社帰りでも出来るじゃない?」
思わずそう言ってしまった。
真依としても特別なことをしたかったわけではないが、
世間一般でいう、(大人の)デートではない気がした。
こんなのでよいの?と気をつかったつもりで聞いたのだが、
白木は
「え、じゃあ会社帰りにまた誘っても良い?」
と嬉しそうだ。
「そういう……」
そういうことじゃない、と言いかけたが、
「……いや、いいんじゃない?あなたにはその権利があるのでしょう?」
思い直して、言った。
心からの言葉だった。
仮にも真依と白木は付き合っていて、付き合っている二人は一緒にいるのが「自然」だろうし、
相手の望みに出来る限り沿うのが付き合うことを承諾した責任で義務だと真依は思っていた。
「権利、か……」
しかし、真依の返答に白木は不満そうだった。
「僕としては、楽しかったから良いよ、と言って欲しいところだけど……」
許可がもらえたから良しとしよう。
そう独り言のように言って白木は帰って行った。
ーーー白木には絶対言わないが、
この日は、真依もちょっとだけ楽しかった。
喫茶店のセンスは良かったし、
読書の傾向も似ているようだった。
白木にすすめられた本はどれも真依の興味を引くもので、なかでも特に気になった本を数冊買うことが出来て真依も上機嫌だった。
何だか上手くやっていけそうな気がした真依だった。
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