第2話 同じでいたい

「ごめんなさい。今は誰とも付き合うつもりはないの」


そう言って会社の同僚に頭を下げる。


普通になろうとすることを諦めたあの日から、

真依は、誰かと付き合うことをやめた。



周囲には「今は」恋愛はしない、ということで通っている。


出来ない、とは言えなかった。

同じになれないけれど、

「同じ」だと思われていたかった。


それに、

好意を向けられても困るけれど、

嫌われたい訳ではない。


むしろ、嫌われたくない。


嫌われたくなくて、人当たりを良くしていた。

そのせいで真依は いけるかも?と思われやすかった


特別美人でなくても、それなりに顔が整っていて愛想のよい女


どうも男性はそんな女が好きらしい


というのが真依がこの数年で学んだことだ。


それでも、



……最近は、上手く距離感保てていると思ったのになぁ


良い人だけど


という、付かず離れずの関係を築くことができるようになった


と思っていた。



思っていたのに、


「油断したわねぇ」


会社の近くだが、穴場の居酒屋で、真依の報告を聞きおわった凛が言った。

どうやら真依が告白されているようだ、

と察知した凛によって召集がかけられ、全て聞き出されたのだ。

凛の隣には、片山もいた。彼も真依と凛の同僚だ。


「真依は、誰にでも良い顔をしようとするんだから」


凛とは大学時代からの腐れ縁で、真依に向ける言葉にも容赦がない。


「だって、嫌われたくないんだもの…」


「嫌われたくない、と、好かれたい、では取るべき行動は違うわよ?」

あんたの態度はどっちかと言うと好かれたいように見えるわ。


「え、うそ、どのへんが?」

これでも、勘違いされないようにしているつもりなのに…


「どの辺もこの辺もないわ!全部よ全部!」


えぇー…

そんな全否定するほどだろうか。


真依は口には出さなかったが、よっぽど納得がいかない顔をしていたようだ。


凛は、ふぅーーとながい溜息をついて、


「じゃあ聞くけど、同僚の男から仕事終わりに食事に誘われました、どうする?」

明らかに下心ある感じでね。

と、聞いてきた。


「……断ります」


「どういうふうに?」


顔の前で手を合わせて再現する。

「今日この後予定があって…ごめんなさい…また」

「ほらもう、そんな精一杯申し訳無さそうな顔で言われたら、本当に予定があると思っちゃうわよ!」

言い終わらないうちに凛が叫ぶ。


…なにそれ、

「だって、嘘だとバレたら嫌なやつと思われ」

「思われません。」

またもや被せるように凛が言った。


「だいたいね、向こうは行けたらラッキーくらいの気持ちで言ってるのよ。断られて腹をたてるやつがいたら、そいつはよっぽどのナルシストよ」


「でも……」


「冷たくあしらえとは言わないけど、本当は行きたいんだけど…っていう雰囲気はやめなさい」


どうせあんたの場合、「また誘ってね にっこり」も続けて言うんでしょう?


「う……」ばれてる。


「言うけど」

「ほらー!そんなこと言われたらまた誘っちゃうわよ!」

ねー誘っちゃうわよねー片山くん?

と、

いつもよりハイペースで飲んで、テンションがおかしくなっている凛に話を振られた片山は、苦笑いのままひたすらノーコメントを貫いている。

きっと心のなかでは、何で僕まで呼ばれたんだ、と思っているに違いない。


あんたは良くも悪くも社交辞令が分かりにくいんだから。

仕事のときはそれでいいけどね……

恋愛感情がからむと面倒なんだからねー


などと、ぶつぶつ独り言のように呟き始めた凛を、

「まあまあ」と片山がなだめる。

「今回の人は、あっさり引いてくれたみたいだし良かったね」


「そうよ!」再び凛が叫んだ。

なだめたつもりが、片山が凛にさしたのは油だったようだ。

「今回は聞き分けが良かったみたいだけど、

引き下がらなくて、ストーカーにでもなったらどうするのよ…」


怒りながらも心配してくれているようだ。

「もっとはっきり態度に出してしまえばいいのよ。あなたに興味はありませんって。そうしたら片山くんみたいに良いお友だち、でいてくれるかもよ?」

ねー

と、矛先を向けられた片山は苦笑いをしながら言う。

「凜さん、無関心はつらい」

冗談よー

とじゃれている二人を見ながら真依は考える。


無関心


無関心な態度を取るということは、冷たく接するということじゃないのか。


ーーそんなことをしたら嫌われてしまわないかしら。


分からない。

自分に向けられる好意は分かる。だけど、

「どんな態度をとったら好意を持たれるのか、分からないのよ」


「そんなの、私も知らないわ」

あっけらかんと凛が言う。


「雰囲気よ。なんとなく、あーこの人好きだなーって」

そのなんとなくが真依には分からないのだ。


この 分からない ということが、真依にとってどれだけ不安なことか、きっと凜にはわからない。

昔みたいに、恋愛感情を理解したいという思いはもうないけれど、下手に返したら好意を持たれないどころか、嫌われそうで。


こんな時、

ああ、かみ合わないな……と思ってしまう。


それでも、

「真依は、考えすぎなのよ。もっと気楽にいきなさーい」

そう言って真依の肩をたたく凜は、真依を否定しない。お前はおかしいと一度も言わなかった。

「凜さんは考えなさすぎですけどね…」

と隣で突っ込みをいれる片山も同じで、そんな二人の隣が真依にはとても居心地が良かった。


「あ、でも…」思い出したように片山は言う。


「僕と会ったころは、もっとはっきり恋愛感情お断りのオーラがあったよね」


え、そうなの?

凜が意外そうに聞いてくる。


「あー…その頃はちょっとヤケになってて…」

片山と出会ったのは今の会社の内定者研修の時だ。

当時は、忘れもしない「あの日」からまだ1年もたっていなくて、

「誰とも付き合わない!」という意志が何よりも強かった。

いやー、失うものがないって強いわね

当時を振り返って、しみじみと思う。



それにしても、

昔はもっと気を張っていたみたい。


片山と「友達」になってからは、片山が真依と一緒にいることで、他の男性からの「恋愛的な」関わりが減っていたようだ。

(真依と片山が付き合っているといる噂が流れて、それを否定して回ることもあったが、それは別の話だ。)



無意識のうちに、片山くんを利用していたのかも…


片山といる時間が増えるにつれて、

気を張ることは減っていた。

相手に期待させない対応を考えることもなかった。


あれ、これってつまり、


私が最近油断してきたのって……

「片山くんのせいだなー」


「え、何の話?」

突然の責任転嫁にうろたえる片山と、その隣で爆笑する凜。


始まりはいつもとは違ったが、いつも通りの夜が過ぎていった。



◇◇◇◇◇◇



昨日、凛に話を聞いてもらって、気を引き締めたばかりだったのに。

今週は恋愛運が無いようだ。


いや、他の人ならモテ期がきたと喜ぶのだろうか。


目の前の人物に目をやりながら、真依は考えをめぐらせる。

目の前にいるのは同期の中で一番イケメンと噂の白木くんだ。

仕事終わったら屋上に、という時間と場所を指定して呼び出され、彼の口から出てきた言葉は、


「真依さん、僕と付き合ってください」


なぜ私は昨日の今日で告白を受けているのだろうか

と、真依は心のなかで盛大に首を捻っていた。



混乱が収まらない。真意を確かめようと白木を見る。


なるほど、これはイケメンだわ。

訳が分からなすぎて、呑気にそんなことを思ってしまった。


白木は、いつも通りの笑顔でこっちを見ている。

返事を待っているのだ。


いけない、とりあえず返事をしなくては。


相手が誰だろうと私の返事は変わらないのだから。


気をとりなおしてもう一度白木の顔を真正面から見つめる。


断られるなんて、欠片も思っていないんだろうなー

非常に申し訳ない気持ちになりながら口を開く。


「あの、せっかくのお話なのだけど、私…」

緊張してきて言葉が途切れる。

こんなイケメンを振るなんて、おこがましすぎて、かなり遠回しな表現になっている。

それでも、いわなきゃ。

頑張って、続きを、


…言うつもりだった。

確かに言おうとした。


しかし、


「誰とも付き合うつもりはない」


私が言おうとしたその言葉は、何故か私のものではない声で、私の耳に入ってきた。

「誰とも付き合うつもりはないんでしょう?知ってるよ」

笑顔を崩さずに白木が言う。

崩されない笑顔が逆に怖い。


何で知ってるの、というかそれならなんで、


状況が理解できずに、真依はさっきよりもまじまじと白木を見つめてしまう。


付き合ってと言われて、付き合うつもりはないと答えた(正確には答えようとした、だが)。

そうしたら、知っているよと返されて……


ええと、こういう時は何て返せばいいの?


「え、そう、だから私は付き合え……」


「それは、真依さんが誰のことも好きにならないから?」


「え……、うん。」

混乱しすぎて、思わず頷いてしまった。


そんな真依の動揺なんて気にしていないように白木は続ける。

「僕は、僕のことを好きになってなんて言わないし、子どもは養子をもらったって構わないよ。」


「え、まっ」

まって、なんでその話を……

真依はそう聞きたかったが、うまく声にならなかった。



ーー好きとか、愛しているとか、恋愛感情を知りたいとは思わない真依でも、一つだけ残念に思うことがあった。


「母親―?」

凜が聞き返す。

「うん。母親にはなってみたかったな。」

子どもが好きだ。


「じゃあやっぱり適当な男と結」

「私にそれが出来ると思う?」


「そうよねー。出来たらとっくにやってるわね。」


「じゃあシングルになる!とか」


「そんな無責任なこと出来ません。子どもになんて説明するのよ」

あなたのお母さんは、恋愛感情を持てないけれど、子どもはほしかったのでやり逃げ同然にあなたをつくりました

なんていえるわけない。


やむを得ない事情でシングルマザーになるならともかく、最初からそのつもりで子どもをつくるなんて、一人で子どもを育てている人たちにも失礼だ。


「そもそも、キスもセックスも出来ないのに。」


根本には、愛情を確かめ合うためのもので、

そうでない場合でも快楽を求めてするものだ、と真依は思っている。

このどちらも得られない真依にとって、これらの行為は苦痛・嫌悪の対象でしかない。


「じゃあ残るは養子縁組?」


「そうね。でも独身での縁組みにはいろいろ制限あるし、本当にやるとなったら腹をくくっ てするわ。」

「母親」の立場にこだわらなければ、子どもと関わる方法なんていくらでもある。


「あんたもねー。自分のことだけ考えられる性格だったらもっと人生楽だったのにね」

ままならないわね


そんなやりとりをしたのは昨日だっただろうか。


「昨日……まさか」

はっとつぶやいた真依に、


「うん、昨日僕もあの居酒屋にいてね、」

白木が言った。

「君たちの話を聞いちゃったんだ」

ごめんね、と全く悪いと思っていない笑顔で言う。


まさかあの場に同僚が居たとは……

確認不足を痛感して頭を抱えたくなりながらも、

これはあの、よくある展開に持ち込もうとしているのではと思い至った。


「黙っていてあげるから、とでも言うつもりですか?」


「まさか、そんなありきたりなことは言わないよ」

意外と毒舌なようだ。

「僕が言いふらしたところで信じてもらえるような内容でもないしね。」


その通りだった。

あの会話を聞かれていたのは予想外だったが、

それでも、あの程度の内容であれば、謙遜と思われやすいし、もし噂になっても冗談だと笑い飛ばすことが出来る。


実際、真依も白木が脅してくるつもりなら、勝手にすればとこの場を去るつもりだった。


「だから、これは提案。僕と付き合いませんか?」


白木はまるで新商品のプレゼンをするように続ける。


僕は君と付き合いたい。

君は恋愛事と関わりたくない。


僕と君が付き合っているらしいという噂が流れれば、

男性社員からのアプローチは少なくなる だろうし、

社内関係者で君に恋愛話を振る人もいなくなるはずだ。

「どうかな?」という言葉で締め括られた演説に、


確かに一理ある。

と真依は思ってしまった。


真依たちの会社は、社内恋愛を禁止してはいないが、良しとはされていない。


うっかり社内カップルに話をふって、上司の機嫌を損ねたい変わり者はいないはずだ。


できもしない恋愛話を求められる苦痛から解放されることは、魅力的ではあった。


それでもやっぱり、

誰かと付き合うということは、相手に時間を割くということだ。

世間一般のカップルであれば「好きだから」という理由によってこの問題は解消されるが、真依には当てはまらない。


真依にとって、白木と付き合うメリットはやはり少ない。


そもそも、

「付き合いたいって、なんで……」

こんな提案をしてくるくらいだから、白木にも何か事情があるのかと思い聞いてみたが



「君が好きだからだよ」


相変わらずの笑顔で言う白木に、


この先が思いやられた真依だった。


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