遥のこと 新芽5

 ―パタㇺ…―

 

 古いアルバムが閉じられた乾いた音によって、横田の意識は思い出の渦の中から戻ってきた。


「…それから、それから結局は“鬼の森”で迷子になって、夜に探しにきた親たちに見つけられて、もの凄く怒られたんだっけか」


 横田はひどく懐かしい気持ちになって自然と笑みがこぼれた。


 大学生にもなると、親たちが子どもが近づくと危ないからと“鬼”なんて言葉を使って森から遠ざけようとしていたのだと分かる。

 それでも当時の自分は凄く不安で、それと同時に冒険心で満たされていたのだと、横田は少しだけ溜息をついた。


(思えば出会ったばかりのあの時から、俺は遥への意識が芽生えていたのかもしれない)


 “大人になった”とはいえ、バスで山のふもとにある街の高校まで共に通った日々から、わずかに3年ほどしか月日は流れていない。


 それなのに、今日の遥は横田が見たことのない表情をして仕草をして、横田の心を揺さぶってきた。


(今までの俺は遥の何を知っていたのだろうか)


 横田の頭の中は遥に支配されていく。


(いや、分かっていたのかもしれない。…そう、分かって…)


 横田はベッドに転がると身を守るように小さく丸くなった。


*****


 しばらく眠っていた横田が目を覚ましたのは、身体の痛みを感じたからだった。 変な体勢で寝てしまっていたせいだろうか。

 横田は声にならないような声を上げると、異常に喉が渇いていることに気が付いてフラフラとしながら冷蔵庫に向かった。

 水を勢いよく飲み込むと喉から体の中が突き抜けていくように目覚めていく。


「午前3時…。変な時間に起きてしまった」


 目と一緒に急に冴えた頭の中に、幼かった頃の出会ったときに見た遥の笑い顔が降りてきた。


「逃げられないのな」


 横田は寝癖がついて、普段以上にボサボサになった髪をクシャクシャと掻いた。


 自室に戻った横田は自分のスマートフォンがチカチカと光っていることに気が付いた。画面を開くとメッセージが2件表示された。


“今日は私もバイトで疲れたから寝るね。三成がこっちに戻ってきたら地元のお話したくさん聞かせてね。おやすみなさい。”


 横田は彼女である佐田緑からのメッセージにゆっくりと目を通して、“了解した”と短く返信を打った。


「…もう1件は…」


“今日は家まで送ってくれてありがとう。そして色々と迷惑かけたと思うのでごめんね。次はみっちゃんがいる街に遊びに行きたいな”


 横田の頭と返信を打とうとする右手は固まり、そして星たちが徐々に消えていき夜は明けていこうとするのであった。





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三角形の僕たちは空を掴めない 遠縄 勝 @senbeiman

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