遥のこと 新芽4

 夏の昼下がりの日差しが降り注ぐ中、横田少年は少し駆けるように家を飛び出した。集合場所である豆腐屋は家のすぐ近くにある。松の木をくぐり、道に出ると皆が輪になっているのが見えた。


「おーい、みっちゃん遅いぞー」


 勝平が横田に向かって大きく手を振りながら叫ぶ。


「うん、ごめんね」


 横田はペコリと頭を下げながら輪に加わった。


「ねえねえ、みっちゃん見てこれ」


 遥が背中の大きなリュックサックを見せながら、悪い顔をした。


「うちにあるお菓子やジュースを詰めてきたの。…お母さんには内緒でね」


「冒険の必需品だね」


 愛花がつられるように悪い笑顔をした。

 勝平は空に向けて大きく右手を上げると、『よし、出発だー』と叫んだ。それにあわせてほかの皆も拳を上げた。横田も皆から少し遅れて控えめに『オー』と叫んだ。


「それで、“鬼の森”って何なの?」


 豆腐屋の横にある細い細い小道を勢いよく登っている道中で、横田は前を進む遥に尋ねた。遥はわざとらしく怖い顔をしながら答える。


「お母さんたちがいっつも言ってくるの。この先にある森には鬼が住んでて子どもだけで行ったら食べられちゃうから近づいたら駄目だよ、って」


「え…?それじゃ、行ったら駄目なんじゃ」


「怖がりだな、みっちゃん。どんな鬼がいるのか冒険して確かめにいくんだよ。そして鬼と勝負だー」


 何故か好戦的な遥隊員の様子を見て、横田は急に不安な気持ちにかられた。本当に自分も一緒について行っていいのだろうか。足元の小道はいつの間にか凸凹のコンクリートから野道へと変わっていた。


「あの…」


 横田が皆に声を掛けようとしたとき、先頭を行く勝平が振り返った。


「よーし、まずは“鬼の森”に行く前にここで休憩しようぜ」


 勝平が指さす先には石にしめ縄が掛けられた、いかにも雰囲気のある地神碑があった。横田はこんな所で休憩したら神様に失礼にならないだろうかと幼心に恐怖心を抱きつつ、皆に従って腰を掛けた。遥が手際よく配ったジュースを口につけたとき、風が体を吹き抜けていった。


「…凄い眺めがいい」


 横田は額から落ちてくる汗を拭うことも忘れて眼下に見える景色に目を奪われた。


 山の斜面に沿って並ぶ家々、そして山の上にあるためか、その先を遮る山の姿は見えずその景色は空に繋がっていた。


 食い入るようにその景色を無言で見つめていた横田に、遥の手が伸びる。


「みっちゃんのジュース少し貰えない?美味しそうだから」


「え?い、いいけど」


「ありがとう。さすがみっちゃん優しい」


 遥はニコッと笑うと横田が握っていたペットボトルを受け取った。


「あー、やっぱり美味しいねコレ」


「う、うん」


 横田は遥の口元を無意識に意識してしまい、自分の心にこみ上げてくる恥ずかしさの理由も分からず俯いた。


「はい、ありがとうね」


 遥から返されたペットボトルに再び口を付けることなく、静かに横田はキャップを閉めるのだった。

 


 


 

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