遥のこと 新芽3
蝉たちの朝は早く、窓の外から何重にもなった鳴き声が聞こえてくる。
横田は飛び起きるようにして目を覚ました。
「6時…」
目覚まし時計の時刻を確認して、肩の力が抜ける。
横を見ると隣で寝ていた母の姿はもう無かった。
畳の部屋に敷いた布団とお香のような独特の匂いが祖母の家に来たことを嫌でも意識させる。
横田少年が早起きをしたのは理由があった。昨日、出会った波根遥にラジオ体操に誘われたから。夏休み期間中は毎日のようにお寺の境内で行われているらしい。
遥にニコニコとしながら、『お寺まで私が案内してあげるからお店の前で集合ね、みっちゃん』と言われたことを思い出し、横田は眠い目をこすりながら家を出る。
「おはよー、みっちゃん」
道に出ると遠くで手をこれでもかと元気に振る遥の姿が見えた。
「おはよう、元気だね」
横田も少し駆け足で遥のもとへ向かう。
「私はいつでも元気だよ。それより早く行こう。もうみんな来ているはずだよ」
「…みんな?」
「うん」
そう言うと遥は家と家の間の小道をどんどんと進み出した。横田も慌てて追いかける。
小道の坂を上ると小さなお寺が見えた。
「はるかーっ、遅いぞー。遅刻っ、遅刻っ」
境内に集まっていた子どもの中で、大きな体をした坊主頭の少年が2人の姿を見つけて騒ぎ出した。
「うるさいよ、勝兄」
遥は鼻を鳴らしながら坊主少年の煽りを一蹴して皆のもとへ駆け寄った。
「はいはーい、皆に紹介するね、昨日から美空町に引っ越ししてきたみっちゃん」
坊主少年の他、小柄な男の子、ポニーテールの女の子の3人は興味深々に横田のことを覗き込んだ。
「えっと、横田三成です、よろしくお願いします」
「おおーっ、なんか、凄ーく、真面目、な挨拶だ」
「もうっ、そういうこと言わないの。私は高津愛花です。よろしくね」
ポニーテールの女の子は坊主少年の横腹を軽く抓ると、礼儀正しく横田にお辞儀した。
「痛いなーもう。俺は浜田勝平。で、こっちが弟の優二ね」
坊主少年は隣にいた小柄な男の子の肩を組んで笑った。
「勝兄と愛花ちゃんは小学2年生で優ちゃんは来年から小学校だよ」
「えーっと、みっちゃん?はどこから来たの?」
遥の言葉にかぶせるように食い気味に勝平が横田に質問を飛ばした。
横田は自分が来た街の名前を言った瞬間、皆が大きく口を開けた。
「おおー、凄い街から来てるよ、してぃーぼーいだ」
「え?え?」
「してぃーぼーいってなんなの勝兄?」
「遥は英語を知らないな」
勝平は憎たらしくカッカッと笑った。
遥は意地悪する勝平の肩をポカポカと叩きながら『もーっ』と怒り始めた。勝平も負けじと遥の頭にチョップを繰り出しながら『このやろー』と応戦する。二人の間に入る愛花と、それを笑いながら見てる優二。
横田は4人がそれぞれ楽しそうに繰り広げる光景を一歩引いて見ていた。
(…何か、凄く、楽しそうだ、遥ちゃん)
横田は下を向いて、無意識に境内の土を足でゆっくりなぞる。
(…凄く楽しそうに笑ってる)
木が茂る境内に響き渡る蝉たちの鳴き声が、横田の心に深く重く沈み込んでいく。
足元にあった小石を小さく蹴ったとき、急に目の前に遥の顔が現れた。
「ねえ、みっちゃん聞いてる?」
それはあまりにも急だったので、横田は驚いて思わず一歩下がり転びそうになった。
遥はとっさに横田の腕を掴む。
「もう、みっちゃん大丈夫?」
「う、うん」
「そうそう、今日みっちゃん一緒に遊ぼうよ」
「え?」
「あーっ、やっぱり聞いてなかった。みんなで探検しに行こうって話してたのに」
「…探検」
「そう、“鬼の森”にね」
そう言って遥はニコッと笑った。
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