遥のこと 新芽2

 トタトタと店先に出てきたおかっぱ頭の少女は、クリクリとした目で横田の顔を見つめたまま固まった。横田も少女の行動にどう反応すれば正解なのか分からなくなり、同じように固まった。

 お互いが無言で見つめ合う時間が数秒続いたその時、少女がハッとして急に笑顔を見せた。


「もしかして、三成くん?そうよね?」


「えっ、そうだけど…」


 急に初対面の少女に自分の名前を言い当てられた横田少年は動揺した。


「お母さんから聞いてたよ。今度、近所に私と同い年の男の子が引っ越ししてくるって。同い年の子がこの町にいなかったから、私凄く楽しみにしていたの」


 怒涛のごとく話し始めた少女に横田は圧倒された。そんな横田の前に少女が右手を伸ばしてきた。


「私、波根遥っていうの。これからよろしくね、三成くん」


「う、うん。横田三成です。よろしく」


 色々な恥ずかしさに包まれて、横田は少しだけそっぽを向いて遥と握手をした。


「えへへ。三成くんか。それならみっちゃん。みっちゃんだね。よろしくね」


 そう言いながら満面の笑みを浮かべて手をぎゅっと握る少女の、その距離感の詰め方に横田は戸惑いと恥じらいから来る不自然な笑顔でただただ頭を下げるのであった。


*****


「はい、みっちゃん。半分どうぞ」


 満面の笑みを浮かべながら遥は自分の目の前にアイスを差し出してきた。凍らせて半分に折ったオレンジ色のアイスを横田は頷きながら受け取る。


「扇風機に当たりながらこのアイスを食べるのが好きなの」


「そ、そうなんだ」


「あれ、みっちゃんはこのアイス好きじゃなかった?」


「そんなことないよ。好き…だよ」


「そっか。それなら良かったよ」


 横田の返答に満足そうに無邪気な笑みを浮かべる遥の短い髪は、古い扇風機の強風によって暴れていた。


「ありがとう。波根さん。アイス」


 やっと感謝の言葉を言えた。横田が初対面の女の子に動揺して、戸惑ってずっと喉から出てこなかったその言葉を遥はきょとんとした顔で受け止めた。


「ふふ、どういたしまして。それより私のこと遥でいいよ。もうみっちゃんとは友達なんだし」


「えっ」


 やはりこの凄まじい距離感の詰め方に横田は苦笑いしか出来なかった。街に住んでいた時は同級生の男の子とばかり遊んでいて、そもそも女の子と面と向かって話すことも少なかった。


「はるか。遥だよ」


 相変わらず眩しすぎるくらいの笑顔で真っ直ぐに自分を見てくる少女に横田の心は今まで感じたことのない淡くくすぐったいような恥ずかしさがこみ上げてきた。


「う、うん。はるか、ちゃん」


「うん、みっちゃん」


 ニコニコと笑う遥につられるように横田も少しだけ笑えれた気がした。


「あ、そうだ。みっちゃんも明日のラジオ体操来るよね?」


「ラジオ体操?」


「うん、毎朝お寺の前でやってるんだよ。みっちゃんが来るなら私楽しみ」


 そう言いながら腕を伸ばす遥に横田は頷いた。その姿を見て遥は『待ってるよ、寝坊しないでね』と白い歯を見せる。

 その時、はね商店の扉がゆっくりと開いた。


「お、お母さん」


 横田は少し慌てたように立ち上がった。そんな息子の姿を確認して母はほっとした顔をする。


「三成ここだったんだね。アイスを買いに行くって言ってから帰ってこないから心配したよ」


「う、うん。ごめんなさい…」


 そんな母子の様子を横で見ていた遥がひょこっと2人の間に入った。


「ごめんなさい。私がみっちゃんにアイスを一緒に食べようって誘ったの」


 母は優しく遥に御礼を言うと、『おばあちゃんも心配していたよ』と三成の腕を掴んだ。

 三成はまだ帰りたくない気持ちが沸き上がってきて拗ねたように下を向いた。


「みっちゃん帰っちゃうんだ。…そういえばみっちゃんはね商店ウチにアイスを買いに来たんだったよね。袋にアイスを入れてまた家に行くよ」


「え?」


「はね商店ウチは配達もやっているんです」


 そう少しだけ誇らしげに言った遥は『また後でね』とニコニコしながら手を振った。三成も照れながら小さく手を振り返す。


 数十メートルの帰り道のその道中、母が『可愛いお友達が出来て良かったね』と横田に優しく言った。拗ねた横田は少しだけぶっきらぼうに、それでも小さく笑いながら頷いたのだった。


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