空の近い町 3

 灯りが消えた“はね商店”の前に横田の車が止まる。


「今日はありがとう。久々に話せて楽しかった」


 ドアを開けようとする遥に向けて横田が言う。遥は小さく微笑んでコクリと頷いた。


「こっちそこ家まで送ってくれてありがとう。うん、またね、うん」


 少しフラフラしながら家の中に入っていった遥の背中を見送り、横田は車を出した。

 はね商店から3軒先に横田の育った家はあった。昔ながらの日本家屋。入口には立派な松の木があり、横田を迎え入れる。

 家についた途端、横田の心にどっと疲れた気分が押し寄せた。自身の帰りを待っていたであろう母親からの矢継ぎ早の質問を適当な返答で流し、横田は18歳まで自室としていた部屋に入った。

 ベッドに飛び込むと、枕に顔をうずめて言葉にならないうめき声を出す。横田の頭の中には先ほどの遥の様子が流れていた。


(遥のあの態度は…、やっぱり…)


 横田は口を枕にあて、ひと吠えした。

 少し気持ちが落ち着き、のそりと体を起こす。チカチカと点滅するスマートフォンのランプを見て、横田は画面を起動させる。

 そこには着信有りのメッセージと“佐田 緑”の文字が映し出されていた。


(今、緑と話をしたくないのは本当なんだよ、遥…)


 横田は窓を開けると、煙草に火をつけた。煙と一緒に息を大きく吐き出すと、変わらず光り続ける星を見上げた。


 すると再びスマートフォンが震えた。横田は観念し、その電話に出る。


「もしもし?」


「もしもし。あっ、三成?やっと電話繋がった。全然出てくれないから、どこかで事故しちゃってるんじゃないかと心配したよ」


 少しおっとりした喋り方。緑からの電話だった。


「ああ、大丈夫」


「もう、“ああ”じゃないよ。心配してたのに」


「うん、ごめん」


 緑はフフッと笑って話題を変えた。


「今日は地元の同窓会だったんだよね?どうだった?」


(やっぱり聞いてくるよな、そこ。言わなければ良かった)


「いや、楽しかったよ。懐かしいやつと久々に話できたし」


 横田は無難な返答をした。


「そっか。良かったね。それで、あの子も居たの?遥ちゃん?だっけ」


 彼女の口からつい先程まで一緒にいた幼馴染の名前が出てきた。横田は思わず言葉に詰まる。


「あ、ああ。遥も元気そうに町役場の仕事やってるってさ」


「そうなんだ。良かったね、遥ちゃんも元気そうで。三成の大事な幼馴染だもんね」


 横田は恨んだ。緑に隠すことではないと遥の存在を打ち明けていた過去の自分を。


「うん。今日は久々に騒いじゃって少し疲れたからまた明日電話するよ。緑もバイト頑張って」


 横田はそう言うと無理やり彼女との電話を切る。記憶の渦をかき乱すかのような天井の木目をぼんやりと見ていたら気が抜けてきた。

 のそりとベッドから離れ、横田は本棚から古いアルバムを引っ張り出す。黒い表紙をめくると色褪せた1枚の大きな写真が出てきた。


「…俺がこの町に引っ越してきた日に撮った写真だ」


 そこには大きな松の木の下で母親の腕に抱かれて不満気な顔をしている少年と横で満面の笑みを浮かべるおかっぱ頭の少女が映っていた。


「初日からもう遥のやつ映ってやがる」


 横田は写真をまじまじと見つめ、心の中で小さく笑った。


(6歳の時からずっと一緒にいた幼馴染、か)


 これまで横田にとって波根遥は隣にいて当たり前の存在だった。それは2人が思春期を迎えて異性を意識しだす頃でも変わらなかったものだと思っていた。高校卒業を機に町を離れた横田と残った遥。

 横田は再び窓を開け、冷たい空気を思いっきり吸い込み煙草に火をつけた。

 紫煙はゆっくりと思い出をたどる横田の気持ちを代弁するように揺れては消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る