空の近い町 2
何かを威嚇する小動物のように小さく唸る遥を見て、横田は自分の選択を後悔していた。
(…何故、俺は同窓会に車で行くことにしてしまったのか)
今日は中学校時代の同窓会があった。横田は酒が強くない。いや、すこぶる弱かった。そこで何とか酒を飲まない為に、実家から会場となった街の中心部にある小さな居酒屋まで愛用の車でいくことにしたのだ。
(遥を家まで送ることになるのは十分想定できることだったのに…)
横田は1つ溜息をついた。視線を遥から窓の外に広がる夜空に移す。
「なあ、遥。酔いを醒ますためにも、ちょっと外に出てみないか?」
「またごまかそうとする。…まあ、いいけどさ」
横田が車外に出ると、遥もそれにしたがってドアを開けた。
冬特有の張り詰めた空気が頬をさす。そして、満天の星空が全方位に広がっていた。
「やっぱりこの星空を見るとこの町に帰ってきた感じがするなあ」
横田は冷たい空気をたっぷり吸い込んだ。
「山の上にある町だし、光も少ないから星は綺麗に見えるよね」
遥もぼんやりと空を見上げて答えた。
「…遠いなあ」
遥が呟いた。
「遠いか。俺はどこで見る星よりも近くに見えるけど」
「星じゃないよ」
遥は消えそうな声でそう返すと、横田の体に抱き着いた。
「お、おい。遥」
遥は横田の胸に顔をうずめて動かない。
横田の両手は落ち着く場所が見つけられず宙に浮いていた。
「どうしたんだよ?」
時が止まったような時間がしばらく流れた。月と星以外の光はないもない。吐く息だけが白く空に消えていく。
横田はどうすれば正解なのかが分からなかった。
その時、胸ポケットに入れていたスマートフォンが揺れた。その振動を感じたのか遥の頭が微かに動いた。
「母親からかなあ。帰りが遅くなっているから心配して連絡してきたのかも」
横田はやや上ずった声で笑いながら言った。
「…彼女からじゃない?」
間髪入れずに遥が低い声で横田に聞いた。
(…やっぱり聞いていたのか)
同窓会で久々に会った旧友達はそれぞれの近況話で盛り上がっていた。その時に横田は皆からいじられるようにして大学で付き合っている彼女がいることを告白させられた。
(席がちょっと離れてたから聞かれてないと思っていたのに)
「…どうだろうな」
横田は乾いた笑みを浮かべて頭を掻いた。
「…見ないの?スマホ」
うずめていた顔をゆっくりと上げて遥が横田の顔をじっとみた。
「別にみればいいのに」
遥はそう言うとそっと横田の体から離れた。
横田はスマートフォンを取り出すと画面を見た。光がやけに眩しく見える画面の先には着信有りというメッセージとともに彼女の名前が出ていた。
横田は小さく溜息をつきながら震え続けるスマートフォンをポケットに戻した。遥は横田の様子を黙ってみている。
何か地元に戻ってきてから溜息ばかりついている気がする。そんなことを考えながら髪をクシャクシャ掻いていたら、目の前に立つ遥の視線がこちらを向いていることに気が付いた。
「彼女からじゃないの?出なくてよかったの?」
「いいんだよ。遥が気にすることじゃない」
横田の言葉に遥は下を向いた。
「まあ、そうだよね。私が干渉することじゃないよね。…ごめん」
下を向く遥の肩を横田が小さく叩いた。
「寒いし、もう車に戻ろう。家まで送っていくよ」
歩き出した横田の後ろを遥が黙ってついていく。それから家に着くまで遥は一言も口を開くことなく、真っ暗な外の景色をぼんやりと眺めていた。
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