三角形の僕たちは空を掴めない

遠縄 勝

空の近い町 1


 灯りのない夜の坂道を1台の軽自動車が唸りをあげながら登っている。真っ黒な空からふわりと舞い落ちてくる雪は、軽自動車が吐き出す煙と一緒に空に消えていく。


「さすがに窓を開けると寒いな」


 白い軽自動車の窓が開いた。大学3回生の横田三成はボサボサの髪をクシャクシャと掻く。そして、器用に煙草をくわえ火をつける。降り落ちる雪の中に紫煙が溶けていった。


「…久しぶりだな、この道」


 横田は自分が育った町に帰るこの道を通る時、いつも同じことが脳裏に浮かぶ。


“空に近い町”


 山を登り切ると愛車の唸りも収まった。

 帰ってきてしまった。煙草の煙と一緒に後ろ向きな気持ちも吐き出す。自分のこの気持ちの原因も分かっていた。

 波根遥。同い年のこの女の存在が横田を憂鬱にさせていた。遥は横田が育った家から数十メートルしか離れていない小さな雑貨店の娘だった。小さな町だ。自分が帰ったことはすぐに伝わるに違いない。いや、もうすでに情報が洩れているかもしれない。

 今、遥とは会いたくない。

 ポツポツと道沿いに見える民家の灯りを横目に見ながら横田は煙草のけむりを吸い込んだ。

 胸元のポケットに入れていたスマートフォンが急に光ったかと思うと、短い振動を感じた。まさか、と思い横田はチラリとその画面を確認する。そして、その先に出ていた名前を見て横田は暗い吐息をはくのだった。


 横田が溜息をつきながら故郷に帰ってきてから3日後。静かな車内の中で横田は困り果てていた。助手席にはショートカットで小柄な女の子が1人。波根遥だった。


「ねえ、みっちゃん聞いてる?」


 遥は横田の横顔をじっと見つめながら問いかける。その顔は少し紅潮していた。


「いや、聞いてるけど…」


 横田は返事に詰まる。それもそうだ。幼馴染というべき女の子と2人きりの車内。


「みっちゃんはやっぱりもうやったことがあるんだね?そうなんだね?」


 自分の性経験の有無をこんな状況で幼馴染に問い詰められたら誰だって答えに詰まるに決まっている。

 横田は少し唸った後、遥の顔を見た。


「なあ、遥。お前の飲み過ぎたんだろう。もう家まで送っていってやるから、今日はゆっくり休めって。なあ?」


「…ごまかしたな」


 遥が横田の顔をキッと睨み付ける。


「いや、ごまかしたとかじゃ」


「…私はまだ。まだなのに。みっちゃんはもうやったんだ」


 遥が声のトーンを下げて言う。

 何で幼馴染の性事情をこんなところで聞かなくちゃならん。横田は髪をクシャクシャと掻くと、何故このような状況になったのかを必死に思い出そうとするのだった。




 

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