第12話

 * * * * *


 きちんと制服を着込み、身支度を整えると、俺たちは部屋を出た。全てを質すために。


 ズンズンと進み、やがて辿り着いた学院長室。昂る気持ちを抑えて扉を叩くと、入るようにと促す声がした。


「失礼します」


 中に入ると、白髪が混じった五十前後の男性と見知った四十代の女性がいた。


「――どういうことか、説明してもらおうか? 母さん、そして、父さんっ!」


 扉が閉まると同時に俺は怒鳴った。


 そう、見知った女性は俺の母親で、もう一人の男性は聖カサブランカ女学院の学院長であり――俺の本当の父親だ。


 学院長は椅子から立ち上がると、じっくりと俺を見て、俺の半歩後ろにいる美樹に目をやった。


「――ヨシキ君、葵に話してしまったのかね?」


 その台詞で、美樹が言っていたことが真実であったと証明された。俺の父親は目の前にいる学院長なのだと。


「はい」


 誤魔化すようでもなく、実に堂々と美樹は返事をした。


「契約では、卒業まで黙っておくことになっていたはずだが?」


 学院長の目は彼に向けられたままだ。互いに視線は外さない。


「はい。――私の仕事は彼の護衛。そして、この学院での生活のサポート。それを、葵に悟られずに遂行するようにと命じられておりました」


 美樹の台詞はクラスメートたちがいる前と同じように凛としている。女性にしては低めなよく通る声が部屋に響く。


「なぜ破った?」


「隠し通す意味がないと判断したからです」


「隠し切れないと判断したのではなく?」


 嫌な聞き方だ。しかし美樹は表情を変えなかった。


「はい」


 彼の声は揺らぐことなく静かに響く。美樹はさらに続けた。


「このままでは不審がられるばかりで、彼を護るのに支障をきたすと判断しました。私は、彼の心身を守るにはこれが一番だと思ったのです。そして、このように対峙している今も、これが最良であったと考えます」


 迷いなき台詞。何を言われても耐えてみせる、そう雄弁に語る瞳。真っ直ぐに向けられた目には少々赤さが残るが、決意した心が現れていた。


 交錯していた視線が反らされる。


 先に視線を外したのは学院長だった。ため息をついてうつむくと、首を小さく左右に振る。


「――ふむ。こうなってしまっては仕方あるまい」


「何がしたくてこんなことを?」


 俺は再度説明を求めた。美樹を泣かせたのは、この男なのだ。そう思うと力が入る。


 学院長は顔を上げると、観念したように口を割った。


「葵、お前にこの学院を継がせるためだ」


「はぁ? なんだよ、今まで俺のことを、いや、俺たちのことを放置してきたくせに、今さら――」


「違うのよ、葵」


 反論したのは俺の母親だった。


「え? は?」


「ほら、今もこうして聖カサブランカ女学院の事務員として働いているし。黙っていてごめんね」


 そうは言われても腑に落ちない。


「ごめんねって――だけど母さんは、俺を一人で育ててくれたじゃないか。ずっと一人で面倒を――」


「葵。それにはちゃんと理由があるのよ」


「理由?」


 なんだよ、ここにきて言い訳かよ。そう簡単に頷けるもんか。


 何を言われても突っぱねてやるつもりで耳を傾ける。


「あなたね、命を狙われているの」


「ん、ちょ、……ちょっと待て」


 予期せぬ突拍子もない話に、俺は額に手を当てる。


「い、命を狙われているって……俺、身の危険を感じたことなんてたった一度もないんだが……」


 直近を振り返っても、さらに昔を遡ってみても、俺の記憶にはそうなった思い出も危機に繋がりそうな出来事も残っていない。


「何があっても大丈夫なように、手を回していたのだから当然よ」


「いや、でもさ、なんで俺が命を狙われなきゃいけないんだ? たかだか学校の後継者だろ? こんなふうに俺を騙してまでやることなんて……」


 戸惑いを隠せない俺に、学院長が話を継ぐ。


「この学院はな、ただの全寮制の学校というわけではない。立派な淑女を育てるための機関だ。そのため、財界や全国の著名人の娘たちの多くがここで生活をしている」


「そ、それが?」


「つまり、聖カサブランカ女学院を手に入れることは、この国を動かしている要人たちとのコネクションを持つことに等しい。それがどういうことなのか、葵はわかるかい?」


「で、でも、それこそ俺には合わない――っていうか、荷が重すぎるんじゃないかと」


 しどろもどろになる俺に、学院長は優しく微笑んだ。


「だからこそだよ、葵。お前のような意識を持った人間が、まさにその地位に求められているのだよ」


「…………」


「そして、よりよい経営のためにも、この学院がどんな場所なのかを知って欲しかった。できるだけ、先入観を持たずにね」


 こうも諭すように穏やかに言われては、俺は何も返せない。


「知ってもらうため、さらには葵を守るため、今回の処置を行なった。その点については理解してくれるかな?」


「……わかった。わかったよ。とりあえず、出ていこうとは思わない。命も惜しいしな。学院の視察ついでに守ってもらおうじゃないか」


 大体のことは理解した。こんな大掛かりなことをしてまで騙され続けてきたのは許しがたいし、全部を鵜呑みにするには尚早で熟考する必要がありそうだが、ここに乗り込んだのはそれが主な目的ではない。


「――ただし、こっちにも条件がある」


 俺はようやく本題に入ることにした。これだけのカードがあれば、交渉もいくらかやりやすいはずだ。


「……条件?」


 不思議そうに問う学院長に、俺は美樹を引き寄せて宣言をしたのだった。

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