第5話

 * * * * *


 翌日。


 俺は聖カサブランカ女学院校門そばにいた。目の前には地味な携帯ストラップがついたボロボロのスマホがぶら下げられ、ゆらゆらと揺れている。


「――これを取りに来たんでしょ?」


 美樹はそう訊ねて、にんまりと笑んだ。その笑顔は逢えたことを喜ぶものではなくて、してやったりの顔だ。


「お前……」


 怒りで震える拳を必死に押さえながら、まずは一言。


(殴るな、落ち着け、俺。相手は男でも、女子高の生徒なんだ。怪我させてややこしいことにはできん……)


 俺は学校が終わるとすぐに着替え、チャリを走らせた。昨夜、家に帰ってスマートフォンを出そうとすると手元になく、最後に見掛けたのがこの場所だったのを思い出して慌てて戻ったのだが見つからず。それで美樹がスマートフォンを持っていると推測したのだが、どうやらビンゴだったようだ。


「どこかに連絡されたら困るからね。預からせてもらったよ」


「そ、そうか。実に合理的な判断だとは思うが、それは合法的とはいえないな。――とりあえず、返してもらうぞ」


 ひょいっ。


 目の前にかざされた自身のスマートフォンに手を伸ばすと、掴む前に逃げられた。


「おいっ! どういうつもりだっ!?」


「話がしたいって言ったじゃないか? これを返しちゃったら、昨夜みたいにダッシュするでしょ」


 少し膨れて、美樹は俺のスマートフォンを私服のロングスカートのポケットにつっこんだ。


「保険……ってことか」


 さすがにスカートからスマートフォンを引き出すわけにはいかない。襲っていると思われかねないし。だって美樹はどう見ても女のコ、しかも美少女の類いにしか見えないんだ。反則技もいいところだ。


(くっ……どうしてこんなことに……)


 項垂れる俺に美樹の声が降る。


「ここじゃ話しにくいから、寮に案内してあげるよ。君だって興味あるでしょ?」


「寮に……」


 ごくり。


 美樹の台詞に、俺は反射的に顔を上げた。


 女子寮に入れてもらえる――そんなことがあって良いのだろうか。


「ふふっ。食付きが良いね」


 ニタッと笑う顔が目に入り、俺はプイッと横を向いた。


「馬鹿言え。んなので釣られてたまるかっ! 大体、寮は男子禁制だろ? お前はとにかく、俺を連れて入るだなんて出来るわけがない」


 向き合って、胸を張って言ってやる。その辺の少女よりも可愛らしい外見を持つ美樹なら問題なくても、俺はそうはいくまい。私服ではあるが、もちろん男物だ。そもそも女装趣味もない。小さい頃こそ女のコに間違われることは多かったが、今はさすがにそんなことはなかった。そう簡単に入れるものか。


「そう?」


 まじまじと見つめる円らな瞳。同じ学校の女子なんかよりもずっときちんと手入れがされている顔だ。そんな視線を向けられたら、男だとわかっていても鼓動が早まる。


「と、当然の帰結だ。自分がそうだからって、誰もがそういくもんか」


 再び視線を反らす。話しにくいことこの上ない。


「じゃあさ、試してみようか」


「……はい?」


 とんでもないことを言い出した。唖然とした顔を向けると、いたずらっぽく美樹は笑った。


「入れなかったら、君のスマホは返してあげるよ。どう?」


(勝算アリと思っているのか、こいつ……)


 からかわれているのだ、そう思うと腹が立った。


(ふんっ、なら受けてやる。そんで俺はバイトに向かうんだ)


「よし、わかった。そこまで言うならやってやる」


「そうこなくっちゃ。君が自分をどう見ているかはわからないけど、みんなが君をどう見ているのか証明してあげる」


 美樹はわけのわからないことを告げると俺の手を取った。ひんやりとした手の感触。男の手とは思えない滑らかな肌。


(くっ……反則だ。つっか、不条理だ……)


「行こうか」


 引っ張って、聖カサブランカ女学院の正門に向かう。


「行こうかって――正面から堂々かよっ!?」


 正気とは思えない。狼狽えた俺に、当然とばかりに美樹は振り向く。


「コソコソしてどうするのさ? ま、いいからついておいでよ」


 ぐいぐいと引っ張られては抵抗できない。力は見た目と違ってかなりあるのだ。


「…………」


 反論する言葉も浮かばず、俺は強制連行されたのだった。

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