第4話

「うっあっ、その……」


「あぁ……どうやら私の秘密を知ってしまったようだね」


 手に持っていた二枚のカードを見やり、美樹はさらに冷たく笑んで告げた。少年にも少女にも聞こえる独特の声には不安げな様子は微塵も感じられず、妙な威圧感があった。


「ご、ごめんなさい。お返ししますっ!」


 差し出して頭を下げた俺の手から彼は財布を持っていく。細く長い指先がちらりと見えた。女性にしては大きく感じられる手だが、やはり男性には思えない。


「拾ってくれてありがとう。特にこのライセンスカードはなくすと非常に厄介だったから助かったよ」


 ありがとうと言う割には、ちっとも感謝の気持ちがこもっていない台詞だった。中を見たことを怒っているのだろうか。


「あ、あのっ……このことは誰にも言わないんで――」


「当然だ。そうしてもらわないと困る」


(――ですよね)


 俺は上げた顔を思わずひきつらせた。美樹の視線がじっとこっちを向いている。睨んでいるというより、値踏みをしているかのようなまじまじと見る視線。


「えっと……じゃあ、俺はこれでっ!」


 とにかくこの場を去りたい――そんな激しい衝動に駆られた。嫌な予感というヤツだ。くるりと素早く向きを変え、自転車に颯爽とまたがる。ベダルに足を乗せ、体重をかけ――。


「逃げるな。話はまだ終わってない」


 がっしと腕を掴まれた。そこに込められた力はどう考えてもか弱い乙女のものではない。


「この秘密を知られては任務に支障が出るんだ。君には協力してもらわざるを得ない」


(に、任務?)


 塀の上を歩いているのも妙だったが、その台詞もどこか現実離れをしている。俺は関わり合いにならないのが得策だと判断した。見た目は美少女だが中身は男だ。何が目的で女子高に通っているのかはわからないが、これ以上巻き込まれない方が良いと本能が告げている。


「――と、とにかく、もう夜も遅いし、あまり遅くなると親が心配する。バイト辞めさせられたら困るんだ。誰にも話さないと誓うから、今日のところはお互い帰らないか?」


 俺の必死の提案に、美樹は視線を校門に向けた。警備員さんがいる小さな部屋の上に時計がある。それで時間を確認したのだろう。


「む……そうだな。そろそろ見回りの時間だ。のんびりしてはいられないな……」


「だろ?」


 手の力が緩められた。なのに痛みが腕に残る。


「じゃあ、明日の放課後――十五時半にここに来てはくれないか? 君に話したいことがある」


 真剣な顔だ。俺はひとまず頷く。


「わかった。明日の十五時半にここだな?」


「あぁ」


 答えて、美樹は頷いた。


(――誰がまた会うかよ)


 コンビニに出入りされるのは構わないが、今日のことは墓場まで持っていくとして、彼とは今まで通りに接点の特にない他人同士だ。不思議ちゃんに深入りするつもりはない。


「……なにを企んでいるのかは知らないけど、君はきっと私を訪ねに来るよ。必ず、ね」


 美樹の口角がふっと上がった。


(……見抜かれた?)


 俺はそれでも落ち着いたふうを装って返す。


「ははっ、何言っているんだよ。約束するって」


「すまないな。疑うようなことを言って」


 そう美樹は告げたが、瞳は冷やかだった。


「じゃ、俺はこれで」


 言って、ようやく俺は解放されたのであった。

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