これが最後の最後。バレーに捧げた青春はかけがえのない宝物。
某所にある大型体育館。
そこには全国の強豪達、未来のスター選手候補が集まっていた。
私にとっては通算4回目の参加だ。
1度目は松戸笑の身体で、誠心高校の選手として準優勝を果たした春の高校バレー大会。
これが本当の、高校最後の大会。私はしっかりこの目にその風景を焼き付けようと決めていた。
初戦から英学院は勢いづいていた。ここ数年で躍進を果たしている私達は、この勢いを失うものかとチャンスに必死にしがみついていた。
「エリカ!!」
相手の出方を窺う暇などない。序盤から攻撃の連続である。なんたってぴかりんが私に向けてスパイクを放ってくるからだ。私は声を出す間もなく、そのボールを追いかけて相手コートへぶつける。つまりダブルスパイク連打だ。
膝の調子はいいけど、手のひらが痛いです。
連続でポイントを奪うと対戦相手が殺気立ち、私をものすごい形相で睨みつけてくる。皆私より頭一個分以上大きいので迫力が増して怖い。
案の定マークされて、ダブルスパイク攻撃をブロックされるようになった。ほら、ぴかりんが調子に乗るから……
だが心配ご無用だ。こっちにだって期待のスパイカーがいるのだ。珠ちゃんである。
珠ちゃんは冬休みの間、コーチから特訓を受けていた。以前のフォームから、珠ちゃんの体型と性質に合わせた珠ちゃんのためのフォームだ。矯正された後の珠ちゃんスパイクは以前にも増して重くなった。
あれかな? 私がプロテイン入り牛乳を飲んでいるから、それを真似するようになったお陰で筋肉量が増えたのかな…? 珠ちゃんのポテンシャルのお陰でもあるだろうけど。
私が相手からマークされている間に、珠ちゃんがどんどんスパイクしていく。
ただ何も考えずに打つのではない。騙し討ちのようにフェイントをかけたり、エンドラインギリギリのスパイクを放ったりするのだ。
ビシッとコート内をバウンドするボール。どんどん英学院側にポイントが入る。ちなみに私がマークされるのは想定済みだったので、これはある意味囮作戦である。序盤にダブルスパイク攻撃をして対戦相手のヘイトを集めたのは、成長した珠ちゃんや他のスパイカーにポイントを奪ってもらうのが目的だったのだ。
次世代を担う下級生たちに活躍をしてもらい、その経験を成長に生かしてもらうために、私達3年は喜んで囮作戦で相手のヘイトを買ったのだ。私をマークしていたら、どうしても他のメンバーの動きを見逃してしまう。
私達はそれを狙っていたのだ。
仲間たちは強くなった。そして私達は団結できている。
だから私は安心して戦える。仲間を信じることで私は強くなれた気がする。
どのチームも試合をしていたら何かと隙が生まれる。ちょっとした油断を見逃さぬよう、ボールだけでなく、相手チームの動きにも気を配った。
──ビシッと音を立てて、ブロッカーの腕から跳ね返ったボール。ボールは相手コートに返ったかに見えたが、思いの外飛んだ。
私の身体は勝手に動いていた。脳が判断するよりも先に身体が反応していたのだ。
コートの外に飛び出すと、相手コート側のフリースペースまで走っていき……だめだ、手が届かない。滑り込んでも間に合うかどうか。
とっさの判断だった。
私は勢いつけて片足で踏み切り、体を縦回転させながら空中で踏み切った。サッカーの要領で仲間のいるコートに向けてキックしたのだ。
足に当たったボールが頭上を超え、コート内に戻っていく。
その後ズベッシャと背中から体育館の床に背中を打ちつけたけど、痛がっている暇はない。大丈夫だ、受け身は取った。
私はすぐに立ち上がると、素早くコート内に戻った。仲間の機転でボールは相手コートにレシーブで返されていた。なんとか失点せずに済んだようだ。
私はほっと胸を撫でおろす。
よしよし、この調子だ。勝てる。2回戦進出できるぞ!
私はノリに乗っていた。
もう後悔はしない。戦って戦い抜いて、有終の美を飾るのだ。
■□■
「2回戦出場おめでとう。これ、差し入れ」
「わぁ! ありがとう!」
現在待機中である。2回戦の対戦予定相手の試合が長引いているため、その待ち時間を利用して私達は少し遅いお昼ごはんをとっていた。
とは言え、お腹いっぱいだと試合に差し支えるので、おにぎりなどの軽食を食べる程度である。
そこに差し入れを持ってきてくれたのは慎悟だ。今回もはるばる応援に来てくれたのだ。嬉しいな、チョコクロワッサンだ。いい匂いだ。
人数分購入してくれているそれをメンバーに回すようにお願いしていたら、第三者から声を掛けられた。
「あんたサッカーでもやってんのかよ。オーバーヘッドキックを生で見たの初めてだよ。あれ難易度高いのによく出来たな」
「仕方ないじゃない、手が届かなかったんだから。…三浦君、受験控えているのに君はなにしてるの?」
慎悟が応援に来てくれるのはわかっていたが、そこには付属品がついていた。先程の一回戦で私が足を使ってボールを拾ったことを言及してきたが、1月の今、受験生の彼はそれどころじゃないと思うんだ。
「問題ないよ、ほんの息抜き。な、慎悟」
「…こいつ、小旅行のつもりでついてきたんだと思う。下調べしていた名物の弁当買って食べてたし……」
三浦君に肩を抱かれた慎悟は「別に誘ってないのに…」と呆れた顔をしていたが、なんだかんだでワイワイ楽しんでここまでやってきたみたいだ。卒業前旅行でちょっと羨ましいぞ。
しかし、その余裕……なんなの、秀才の親友も秀才だと言いたいのか? 私は今月末に行われる進学試験を思い出して、憂鬱な気分に襲われてしまった。こう、胃の奥のほうがキューンと痛んだわ。
「うわ……また来たんですかぁ…」
もはや三浦君アレルギーにかかってしまった珠ちゃんがうへぇと言いたげな顔をして三浦君を見つめていた。
珠ちゃんの反応を見た三浦君は引きつった顔をしている。
「珠ちゃん、そのクロワッサンは慎悟が買ってくれたものだから大丈夫だよ」
「なら安心ですね! ごちになります!」
「おい、俺が毒を盛りそうな人間みたいな言い方するなよ!」
サクサクと美味しそうにクロワッサンを頬張った珠ちゃんと私に三浦君が文句をつけてきたが、聞こえないふりをしておいた。
ようやく2回戦となった。
私達は1回戦で先に3セット先取したので、早く試合が終わったが、対戦相手の1回戦は5セットまでもつれ込み、長いラリーが続いたようだ。相手校が粘り強いプレイをするのだと直ぐ様判断出来た。
インターハイでは3回戦目まで進めたが、ここでも進めるとは限らない。なんたって全国の強豪たちとぶつかるのだ。バレーの甲子園と呼ばれる春の高校バレー大会に出場する選手たち皆が本気でかかってくる。
私は頬を強く叩くと、相手側のサーブに備えて構えた。
予想以上だった。
粘る。とにかく粘る。どんなボールに対しても諦めない。それで相手側がミスを犯して失点することもあったが、とにかくどんなボールでも果敢に拾いに行くのだ。
私達は強くなったと思っていたが、他の強豪だって日々練磨しているのだ。強くなっているのは他所も同じ。
これはマズいぞ。どんなにスパイクを打ち込もうと、ダブルスパイクを仕掛けようと、対戦校は食らいついてくる。
強い。初戦の相手なんて目じゃないくらい強かった。
そのまま大きな点差はつけられずに、試合は進んでいく。
長い長いラリーは選手たちを疲弊させていく。まさかこれが相手側の作戦なのではないかと疑ってしまいそうだ。
途中休憩を挟んで、私達は水分補給がてら、コーチの作戦を聞きに行った。一部の選手が交代指示された。私はこのまま続投だ。
最後、これが最後になるかもしれない。一挙一動がこの後の試合に影響する。私達は緊張でピリピリしていた。
試合再開されると、私はサーブのポジションに立ち、ボールを宙に放った。助走をつけ、ジャンプサーブをする。狙ったのはエンドラインすれすれ。
サーブされたボールは対戦相手の頭上を越えた。追うかな? と思っていたのだが、相手は動かなかった。
隅にいた
現在2−1で英学院が劣勢だ。
だけどまだわからない。逆転のチャンスは必ずある!
再度サーブ権を行使して、私はまた同じサーブを放った。
…今度は、相手チームも見送らず、そのボールを拾いに動いた。そこからまた長いラリーが始まったのだ。
「あっ!」
「任せて!」
相手チームからのスパイクをチームメイトがブロック失敗して逃した。私は再びサービスエリアに滑り込んで、そのボールをなんとかレシーブしてコートに戻す。
その際、擦過傷が出来てしまったが今はそれどころじゃない。相手の勢いに押されてはならぬ。自分たちのペースを乱すんじゃない。
高く上がったボール目がけて珠ちゃんが高く跳躍、オープン攻撃をお見舞いしていた。その姿が、私にはキラキラと輝いて見えた。
強烈なスパイクに相手チームのブロックが間に合わず、後方に流れていく。珠ちゃんもラインすれすれを狙ったみたいだ。相手チームのリベロが片腕を出して滑り込みでボールを拾っていたが、腕に当たったボールは勢い余って客席方面に跳んでいってしまった。
「珠ちゃん! ナイスアタック!」
「先輩もナイスアシストです!」
珠ちゃんのもとに駆け寄ると私は彼女とハイタッチを交わした。
私に憧れてバレーを始めた女の子と、こうして肩を並べて試合をすることになるとは、4年前の私は考えたことはあるだろうか?
私はいつだって常に上を見ていた。上に到達できなければ意味がないと考えていた。
その考えに私は長いこと苦しめられてきた。
だけど違うんだ。勝つことだけが全てじゃない。だって前の身体と違って小柄になって、力も弱くなってしまったけど、私はこうして色んなもの、色んな経験を得ることが出来た。
努力は無駄じゃない。
結果が出なかったとしても、それが私の中の糧となって、何物にも変えられない価値へと生まれ変わるんだ。
ボールが宙を舞った。
私はBクイック攻撃を打つために一旦ジャンプしたが、直前で体勢を変えてAクイックに切り替えた。
力強く床を踏みしめた私は高く高く宙に舞い上がる。行ける…!
相手ブロッカーは見事に引っかかってくれて、フライングブロックしてくれた。これを狙っていたのだ。すぐには打たない。ブロックをかわしてスパイクを打つのだ!
手のひらにしっかりボールが当たる。スナップを効かせて相手ブロッカーの間をすり抜けるように打ち抜いた。ズバン、と音を立てて放った攻撃はそのまま相手コートの床に吸い込まれるようにして叩きつけられる。
渾身のスパイクでポイントゲットした。体内の血液が沸騰するような、ちょっとした興奮状態で私は高揚していた。
フェイク攻撃がうまくいってよかった。
単純にスパイクするだけじゃ駄目だ。切り替えが大事。頭を使え。最後まで諦めるな。
ピィーッと笛の音が体育館内に大きく鳴り響いた。
「ありがとうございました!!」
試合終了の挨拶と共にこぼれ落ちたのは汗か、それとも涙なのだろうか。
終わった……
私は戦った。戦って戦って……
……結局負けてしまったけど、私の心の中はこの上なくスッキリしていた。
私は魂の根っこまでバレーが大好きだ。
バレーがなければ今の私はいない。バレーがあったからこそ、私は強くなれた。バレーボールには感謝しかない。
私がバレーに捧げた青春は、今も色濃く残る大切な宝物だ。
どうやら、どんなに足掻いても私は脳筋バレー馬鹿令嬢にしかなれないらしい。
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