バニーガールじゃない、時計うさぎだ!


「あーっ、二階堂さんみぃつけた!」

「あ」


 時計うさぎの仮装で校内を彷徨うろついていると、瑞沢嬢に見つかった。

 簡単に捕まるわけには行かないので、私はすぐさま踵を返して反対方向に逃走した。


「まってぇ、なんで逃げるの〜?」

「逃走ゲームだから〜」


 逃走ゲームで走ってもいいのは体育館と中庭とグラウンド周辺のみ。校舎内では事故防止の為、走ってはいけないことになっている。禁止区域で走った人は警告を受け、ペナルティを受ける決まりだ。


「待ってぇ〜二階堂さぁーん」


 …気持ちゆっくりめで走っているけど瑞沢嬢は追いつかない。瑞沢嬢は足が遅いな。…すぐにけそう。

 立ち止まって振り返ったり、スキップしたりとちょっとフザけながら逃げていたのが悪かったのか、私は前から迫ってくる人物に気づけなかった。


「捕まえた」

「わぁっ」


 前方に警戒が向いていなかったのだ。二の腕を掴んで捕獲してきたのは、元生徒副会長である現3年生の寛永さんだった。去年色々とお世話になった人である。彼女とは学年が違う為、今年はあまり関わることがなかったが…今日も女神と見間違いそうなくらい美しい人である。


「ごきげんよう二階堂さん。とても可愛らしい白うさぎさんね」

「ご、ごきげんよう…寛永さんも逃走ゲームに参加されていたんですね」


 トホホ…捕まってしまったなら仕方がない。私はポケットからクイズカードを一枚取り出して彼女に手渡す。


「あの…折り入ってお願いがあるのだけど…」


 カードを受け取った寛永さんは恥じらいの中に期待を含ませた目で私にとあるお願いをしてきた。

 彼女はポケットからスマートフォンを取り出してこう言ったのだ。


「私と写真を撮って欲しいの…!」


 またですか。去年も一緒に撮影した気がするんですけど。


「二階堂さぁん、あとでわたしとも写真撮ってねぇ? はい撮りますよぉ〜」


 カシャッとシャッター音が鳴る。近くにいたというか、背後から私に抱きついてきた瑞沢嬢に撮影を頼んだ。

 寛永さんはアニメというよりコスプレが好きなのかな。去年のまじょまじょ☆ミラクルのアンジェラコスでも興奮していたし…ここにぴかりんとか慎悟がいたら更に喜びそうな気がする…

 くそー…短時間で2人に捕まってしまった。次はもっと周りを警戒して逃げなきゃ。


「ありがとう二階堂さん、瑞沢さん」

「それじゃ、私は任務に戻りますんで!」

「えっヒメとの写真は!? 二階堂さぁん!」


 瑞沢嬢がなにか騒いでいるけど、こんなところで呑気に撮影していたらまた新たな追跡者に見つかるでしょうが!

 英学院の…何十回目かの文化祭が始まった。去年と同じく初日は英学院の生徒のみ、翌日2日目が招待客入場の日となっている。

 自分のクラスの仕事は今日が早番で明日が遅番となっていて、今の私はふしぎの国のアリスの時計うさぎとして逃走している最中だ。 

 人の多い校舎は走れないし、人にぶつかりそうだから、走ってもいいグラウンドに私は潜んでいた。だが、そこには同じことを考えているらしい追跡者がちらほらいる。何度か見つかってしまって、追いかけられては逃げての繰り返しだ。

 ゲーム参加者はセレブ生・一般生入り混じっている。特に一般生の目はマジである。さては景品のゲーム機が欲しいのか。それとも高級茶器を入手して現金化するためか!


「見つけたぞ〜! バニーガールだー!」

「時計うさぎだよ! いかがわしい呼び方をするんじゃない!」


 金づるを見つけたかのような反応をする男子生徒達に見つかった私は全力で逃げた。

 …例えばこれで捕まったとして、追跡者が入手したカードに書かれたクイズに全問正解するかといえば…わからないけど、とにかく追跡者に捕まりたくないんだ。

 私は交代時間まで逃げまくった。たまに捕獲されて、渋々カードを渡したけど。…挟み撃ちは卑怯だぞ。



■□■



「二階堂様、二階堂様」

「…ん…終わった?」

「お疲れのご様子ですね」


 確かに逃走ゲームで走り回ったから少し疲れているけど、元々こういうシアターでは眠くなる体質なの。


「見事始まりから終わりまで眠っていたね、二階堂さん」

「見てたの…? 引くわー…」


 彼氏と校内デートに向かったぴかりんを見送り、遅番の幹さんに激励を送った後、私は阿南さんと一緒に文化祭を回っていた。

 クラスの前を素通りしていたら、目敏い上杉に捕まってプラネタリウムを強制観覧する事になったのだが…私は映画とか観劇で眠くなるタイプなのだ。室内が暗くなって星が出た瞬間スリープモードに移行したわ。アナウンスが子守唄代わりに聞こえたよ。


「阿南さん楽しかった?」

「星空がとても綺麗でしたよ」


 阿南さんが楽しめたなら良かったよ。ゴメンね横で呑気に寝てて。


「観覧のお客さんには星座占いのサービスがあるけれど、2人とも何座かな?」


 今年も占いかよ。上杉あんた…将来実家の芸能事務所を継ぐんじゃないのか。本当は占い師になりたいのか?


「私はおひつじ座」

「…あら? 二階堂様は7月生まれではありませんでしたか?」

「…間違った、かに座だ」


 ナチュラルに自分の星座を言ったけどそうだ、自分はエリカちゃんになってしまってたんだよ。7月7日生まれはかに座だよね。


「……二階堂さんはまだ寝ぼけているのかな?」

「…うるさいな」


 人の良い笑みを浮かべる上杉が腹に一物抱えていそうで怖い…私が威嚇のつもりで上杉を睨みつけると、上杉は変わらず笑っていた。

 上杉から星占いのおみくじを手渡されたので、廊下に出てからそれを開いて中身を見てみると……


「……」

「二階堂様、なんと書かれていましたか?」

「あ、うん。……なんか…モテ期の到来とか書かれてるね…」


 上杉が私に渡してきたのはおひつじ座のおみくじだった。…考えたくないけど、予測はもう付いているけど……

 怖いねんあいつ。



 奴のことはさておき、今は文化祭だ。今年は去年よりも時間にゆとりがある。…どうしよう何をしよう。


「阿南さん、行きたいクラスはある?」

「そうですねぇ…それでしたら1年のクラスへ行ってみてもよろしいでしょうか? オークションがあると聞いていたので」


 オークション…そういえば丸山さんのクラスがオークションするって言っていたな。どんな商品が出品されてるんだろう。

 ひとまず阿南さんが行きたがっているオークションが開催されている1年のクラスに移動することにした。


「あら…二階堂様、なにか香水をお付けになられてます?」


 階段を登っていると、隣を歩いている阿南さんに匂いを指摘された。私は髪を摘んで自分で嗅いでみた。ちょっとしか付けてないのになぁ。

 夏にショートボブにした髪は、今や肩よりも長くなっていた。


「ごめん臭い? …ヘアオイルをね…ちょっと替えたんだ…」


 このタイミングでちょうど無くなってしまったヘアオイル。その時が来たのかと思って、例の劇物指定したヘアオイルを昨晩髪に塗布したのだけど、流石外国産。バラの匂いが凄くてね…

 外国製だからかな? ブルガリアの高級バラ使用云々とパッケージに書かれてあったけど。ブルガリアって薔薇のイメージなかったな。ヨーグル…いやなんでもない。


「いいえ、いい香りですね」

「あはは…」


 品には罪がないと知っているが、なんか認めたくないんだよ。

 …あいつに例のヘアオイルを使用したこと、バレたかなぁ…やだなぁ。ううーん…やっぱり、エリカちゃんが愛用していたヘアオイルを注文してもらおうかな。あのいわくつきのヘアオイルは封印しよう。もしくは適当に言い訳をして二階堂ママにあげよう。

 …だって心臓に悪いんだもの。

 




「2万5千円以上の方はいらっしゃいませんね? …ではプレミア付きミニカーは15番の方が落札いたしました」


 丸山さんのクラスに入ると、オークション真っ最中だった。入った瞬間耳に入ってきた金額に私は閉口した。

 私ちょっとナメていたわ。セレブの英学院といえど、オークションといえど、所詮学生の出し物。金額もそう大した額じゃないと思っていたのだ。

 …そんなちっちゃい中古のミニカーで2万5千円…いやプレミア付いているけどさ…金額が大きすぎると感じるのは私が未だ庶民感覚だからだろうか…


 私は呆然とオークションの様子を傍観していたが、阿南さんはオークションに参加していた。

 彼女はどこの誰が書いたのかよくわからない抽象的な絵画に入札していた。そんな水彩絵の具を手当たりしだいにぶちまけた上に水を垂らして伸ばしたような…それのどこがいいの? シミになっているところなんて人の顔が浮き上がったみたいじゃないの。

 …そんな…阿南さん、私が描いた絵よりその絵ひどいよ。まさかその絵よりも私の描いたハムスターはひどいというの?

 どんどん金額が大きくなっていく入札額。…結局30万円で他の人が落札していた。学生が使っていい額じゃないよね? 大金だと思うんだけど…皆お小遣いもらいすぎじゃない?

 落札した人はさ、そんな変な絵を家に飾るの? そもそもなんの絵なのかがわからない。原色で塗られた不気味なその絵…夜寝る前に見たら、夢に出てきそうだよ。


「残念でしたわ……あら、いかがなさいました二階堂様」 

「…なんでもない」


 私には芸術のセンスが無いのだなと痛感しただけ、大丈夫。

 …しかし見事高価な品々ばかり。私には買えるものがないな。もしも有名バレー選手のサイン入りバレーボールとかあれば飛びつく自信あるけど。


「あっ、二階堂様いらしていたんですね」

「うん、阿南さんが参加したいって言うから付添いなんだ」


 今日は遅番だったらしい丸山さんが声をかけてきた。彼女はキョロキョロと辺りを見渡してなんだかしょんぼりしていた。


「あの…慎悟様は…」

「慎悟? さぁ…友達とどこか回ってんじゃないかな?」


 慎悟はクラスマッチの同じチームの男子と仲良くなったみたいで、文化祭の準備を通じて更に親しくなったようだ。今は彼らと一緒に文化祭を見て回っているんじゃないかな。

 相手は一般生だけど、素直な子たちだからか自然と仲良くなれたみたい。良かったよね。

 …もしかしたら慎悟が自由時間になるのを待ち伏せしていた加納ガールズに捕まっている可能性もあるけど。


「そうですか…でもこれから来られる可能性もありますよね!」

「うん?」


 慎悟のことを待ちわびていたのであろうかと私が首を傾げると、丸山さんはガッカリした様子で呟く。


「見事に慎悟様とシフトが合いませんでしたの…」

「…なら、私が慎悟とシフト代わろうか? 適当に理由付けたらあいつ代わってくれると思うし」


 今日は私と慎悟は同じ早番だったが、明日は私だけが遅番だ。早番である慎悟とシフト交代すれば、丸山さんは意中の彼を誘えるじゃないか。


「え…宜しいんですの?」

「いいよ別に。あ、でも慎悟に用事があったら断わられるかもしれないからその時はゴメンね」


 私は誰とも約束してない。用もないし全然いいよ。 

 何やら丸山さんは戸惑っている様子だったが、最終的におずおずと「では、お願いしても…?」と頼まれた。この提案にもっと喜ぶかと思ったのだが彼女の微妙な反応なのが引っかかる。

 まぁいいか、あとで慎悟に頼んでみよ。

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