君が誰を好きであろうと私は応援する。


「あら、加納様」

「阿南達もオークションに参加していたのか?」


 ちょうどいいタイミングで慎悟が丸山さんのクラスにやって来た。丸山さんにオークションに誘われていたものね。それともお目当ての商品でもあったのかな。

 出入り口付近で阿南さんが気に入った絵を落札できなかったことを慎悟に話していた。阿南さん…あの絵そんなに欲しかったのか。私が模写してあげようか? セレブのセンスはよくわからない。

 二人の会話のきりが良い所を見計らって、私は慎悟に話しかけた。


「ねぇねぇ慎悟、お願いがあるんだけど〜」

「…なんだよ」


 私は手のひらをスリスリさすりながら笑顔で声を掛けたのだが、慎悟は訝しげな表情で私を見下ろしてきた。


「明日のシフト、私と交代してくれない?」

「……逃走者であるキャラクターが偏るじゃないか。無理だろ」


 そういえばそうだな。そのバランスを考えてシフトを決めたんだった。そうしたら時計うさぎが二匹になってマッドハッターがいなくなってしまう…


「…衣装を交換する…?」

「サイズが合わないだろう」

「なら帽子とうさ耳交換しよう! 慎悟ならうさ耳も可愛いと思うなぁー?」

「…俺は可愛くないと言っているだろ」


 睨まれた。…そんな事ないよ、絶対に似合うはず。

 しかしこうなると…もう一組のマッドハッター役のクラスメイトに交代を頼めば良いのか…?


「…もういいですよ。二階堂様」

「…でも」

「丸山さん…?」

「私がちょっとわがままを言ってしまったんです。…慎悟様と一緒に文化祭を回りたかったものですから…」


 丸山さんは苦笑いして落ち込んでいた。あぁぁ…丸山さん来年がある。来年に期待しよう!

 密かに応援し隊の私は拳を握ると心のなかで彼女にエールを送った。


 ガシッ

「…なに?」

「ちょっとこい」

「えっ!?」


 …なのだが、私は慎悟に二の腕を掴まれてそのまま引きずられて、1年の教室から離れた。その手を振り払おうとしたが、しっかり腕を握られていて振りほどけない。


「どこいくの、ねぇ痛いってば! 慎悟あんたオークション参加しに来たんじゃないの?」

「…余計なお節介焼くなって言っただろ」


 1年の教室から大分離れた先で慎悟はピタリと足を止めた。…こちらを振り返った慎悟は無表情に私を見下ろしていた。

 その瞳は明らかな怒りの色が含まれており、私は身を縮こまらせた。


「…それは…し、シフト交代くらいはお節介じゃないと思うんだけど」


 なんでそんなに怒るのさぁ…

 確かにそういうのやめろってトリプルデートのときに言われたけど、シフト交代くらいは…いいじゃん?

 

「俺は丸山さんとどうこうなる気はない」


 慎悟が吐き捨てるように断言した。それには私も慌てて反論する。


「そ、そんなのわからないじゃん! 丸山さんいい子だよ? それに今はそうでも、これから彼女のことをもっと知っていけば」


 未来のことなんて誰にもわからないんだ。人の心なんて簡単に変化するんだから…そう、丸山さんにだってチャンスがあるはず。

 私がそう訴えると、慎悟は苛ついたようにその整った顔を歪めた。更に相手を怒らせてしまったと気づいた私はキュッと口を閉ざした。


「…俺には、想っている人がいるんだ」

「…え、」

「だから止めて欲しい」


 私から目を逸らして慎悟は呟いた。本当に小さな呟きで、油断していたら聞き取れなかったであろう声量で発した単語に私は目を丸くした。ついでに口もぽかんと開けたまま固まっていた。

 どこか恥じらいを含んだ表情で彼の頬はほのかに赤く変化していた。これが紅顔の美少年…違う、私が見惚れてどうすんだ。 


 それより今、想っている人がいるって言った!? 好きな人いるの!? ウッソ誰? 私はてっきり慎悟はエリカちゃんのことが好きだと思っていたけど、もう彼女はこの世には居ない。……いや待てよ? エリカちゃんがいなくなったとわかった時、慎悟の反応は薄かったから…もしかしたら違う人なのかな?


「えぇ!? 誰!? 私の知っている人?」


 気分はもう弟に彼女が出来たような心境である。実弟にはまだ彼女は出来てないみたいだけど。

 好きな人のことを思い浮かべているのだろうか。彼が恥じらう姿はいつもの冷静で大人びた様子とは一変して、年相応の少年の姿に見えて微笑ましい。ちょっとお姉さん、君の成長に感激してます。


「誰にも言わないから教えてよ! 応援するから!」

「…あんたは何もする必要はない」


 恥じらいの美少年は何処。またブリザードが起こりそうな冷たい視線で見下された。


「え!? ちょっとまってよ! 頭文字でも良い! 好きな人の名前を」


 慎悟はプンッと私から顔をそらすと、一人でスタスタと立ち去ってしまった。大声で声を掛けたけど完全にシカトである。こんなあしらい方はちょっと凹む。


 えーっ誰なのー? 気になるなぁ〜。…あの反応だとエリカちゃんじゃないよね? …新たに出会った誰かに恋をしたのね!?

 こうして他人の恋を冷やかしていた私だったが、あとで合流した阿南さんにこっそりその話題を出したら、阿南さんがぎょっとした顔をして「お労しい…」と慎悟のことを哀れんでいた。


 …私の発言ってそんなひどいの? 何その反応。…慎悟に好きな人がいるんだって〜って話しただけなのに…

 …まさか慎悟は道ならぬ恋をしていて、阿南さんはそれに気づいているとか……

 私は新たな可能性に気づいてしまい、これ以降は慎悟の秘めたる恋をからかうのは止そうと反省したのであった。



■□■



 怒った慎悟に無視されたまま翌日を迎えた。まぁシフト違うから、任務に支障はないけど。…謝罪はしたのに口を利いてもらえないんだよね。今回は完全に私が悪かった。許してもらえるまでそっとしておいたほうが良いのかもしれない。

 2日目、私は遅番だ。友人たちが皆早番なので、仕方なく1人で文化祭を巡ってこようと思って校内をぶらついていたのだが、そこでとある人に声をかけられた。


「エリカさん!」

「あ、西園寺さん」


 お見合いで破談からのお友達になった西園寺青年が文化祭に遊びに来たのだ。カレーデートの時に文化祭の話をしたかもしれない。


「おひとりですか?」

「友人の都合がつかなかったので今日は1人です。僕自身も午後から用事があるのでそう長居は出来ないんですけど…」


 ひとりか。うーん…


「良かったら案内しましょうか? 私も1人なんで」


 特に深い意味はないけど、1人よりも誰かと一緒のほうが楽しいと思って誘った。西園寺さんはキラキラしい笑顔でその誘いに乗ってきた。そんなわけで彼が気になっている出し物を中心に観に行こうとパンフレットを広げながら2人で歩き始めた。

 彼が行きたがっていたのは3年のクラスの出し物のたこ焼き屋さんだった。たこ焼きが好きで、よく食べ比べに行くんだって。

 そのクラスに行くとそこにはフリフリエプロン姿でたこ焼きを焼く寛永さんの姿があった。


「あらごきげんよう二階堂さん。…そちらの方は確か西園寺さん?」

「こんにちは寛永さんお久しぶりです」

「お知り合いでしたか」


 寛永さんはお美しい見た目によらず手先が不器用なのか、たこ焼きはちゃんとした球状にはなっていなかった。でもまぁ美女の作ったものでプレミアはつくんじゃないかな。


「えぇ、父の会社のパーティで何度かお会いしたことがあるの」

「そうだったんですね」


 親の会社のパーティか…そういや私は参加免除してもらっているんだよねー…でもそのうち参加してもらうとママに言われていて…とても憂鬱だ。

 寛永さんからメニュー表を渡されたので見てみると、ソースやマヨネーズ・具の組み合わせを好きに選べるみたいだ。 


「僕は辛口ソースにチーズマヨネーズで。具はタコでお願いします」

「んー…私は具をイカにして、普通ソースのわさびマヨネーズでお願いします」

「かしこまりました」


 注文したその場で作るシステムらしく、私達は手付きが危うい寛永さんの焼く姿を眺めながら出来上がりを待っていた。

 ああ、こぼしているし。火傷しないでね?

 私は彼女の危なげな手付きにヒヤヒヤしていた。自分が作ったほうが良いんじゃないかと落ち着かない。もっとも彼女の仕事を奪うわけには行かないから口出ししないけど。


 自分の勝手な偏見でお嬢様=花嫁修業なイメージでみんな料理上手だと思っていたけど、そういうわけじゃないみたいだ。

 …寛永さんのエプロン姿はとても可愛いのに、めっちゃソースとかたこ焼き生地で汚れている。何をしたらそこまで汚せるんだろうと不思議になるくらいに…制服じゃなくてジャージで調理したほうが良いんじゃない? ソースは中々シミが落ちない。まだ使うでしょ? 卒業までまだ何ヶ月かあるんだし…

 しかし寛永さんは一生懸命歪なたこ焼きを作っている。まぁ、一生懸命だし…いいか。一生懸命な人は良いよね。見ていて頑張れって応援したくなる。


「ありがとうございました〜」


 やり切ったという達成感に満ちた寛永さんの笑顔に見送られながら、私達は移動した。

 さっきの教室にイートインスペースはあったけど、折角なので英学院の校内案内も兼ねて、校舎と正門の間にある噴水前に連れてきた。ほら水の近くってマイナスイオンがあるって言うし、今日は日差しもあって暖かいから良いでしょ。


「美味しい! 1つ食べます?」

「じゃあ僕のもどうぞ」


 ベンチに並んで座ってたこ焼きを食べていたら、グラウンドを走り回るトランプ兵の姿があった。スペードのトランプ…あれ、クラスマッチ男子バレーチームだった菅谷君じゃないか? 彼は追跡者達による挟み撃ちにあっている。挟み撃ちな上に、トランプの兵のコスプレのせいでバランスを崩して、追跡者諸共倒れ込んでいた。

 挟み撃ちはよくないな、うん。


「あそこの彼、エリカさん同じクラスの人ですよね、逃走ゲームはふしぎの国のアリスをイメージしていると言っていましたもんね」

「そうですそうです。…あれね、本気な人が複数で追い詰めてくるんですよ。結構スリルありますよ」


 西園寺さんも時間があれば参加したかったと微笑んでいた。菅谷くんが追跡者複数にクイズカードを毟り取られてるのを眺めながら、呑気に2人でたこ焼きを食べた。全て食べ終えると、私達は次の催し物を観に行こうと座っていたベンチから腰を浮かせたのだった。


 

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