さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

地獄の釜が開く時。



 再び真っ暗な世界にやってきた私だが、今回降り立ったのは花畑ではなかった。

 今度は山だ。


 何で山よ。こういう時って花畑と三途の川がセオリーでしょうが。

 明かりというのは上空の星の光だけ。やたら道が険しいし、歩いても歩いてもたどり着かない…こっちに三途の川あるのかな? 


 1人だけの世界。誰もいない。

 それをいいことにブチブチ文句を言いながらずっと歩いていると、川に差し掛かった。大きな川だ。向こう岸に繋がる橋があったのでそこを通過して、とある場所に辿り付いた。古風だけど立派な建物だ。何も考えずにその建物に入ると、ものすごいごっついオッサンに足止め食らった。


「すまんな、今は地獄の釜が開いているから裁判も休みなんだ」

「えっ地獄の釜?」


 え、なにそれ。…ここって地獄なの?


「現世で言うお盆だ。この期間は全ての亡者が現世に帰っていくから、裁判と呵責が休みになるんだ。あんたも現世に帰る気がなければ、お盆が終わるまでここの手前の賽の河原で時間を潰しといてくれや」

「なんと」


 どうやらあの世には現世の企業のようにお盆休みがあるらしい。

 …このオッサンよく見たら頭に角が生えてる。これが鬼か。だけどトラ柄のパンツはいてないし、普通に着物姿なんだけど。…がっかりした。オッサンにはがっかりしたよ。


 言われるがまま賽の河原に行ったけど、やっぱり人っ子一人いない。今何日? お盆が終わるまであと何日掛かるの?

 ていうか私は親より先に死んだからここで石積まなきゃいけないのか? これってどんだけ積まなきゃいけないの? …鬼も休みなんでしょ? これ余裕で積み上げられるんじゃない?

 これってさ、何で石積むのかいまいちよくわかんないんだけど、天上まで積み上がったら、お釈迦様が糸を垂らしてくれるから、それに登って極楽へと旅立てるの? …あ、それだと芥川龍之介の蜘蛛の糸が混じってるかも。色々と混じってるね。


 暇だし、石を積んでみるか。小さいと崩れるからなるべく大きな石を見つけて積んでいく。石積みなんかよりもバレーがしたいんだけど、バレーボールないし、今自分1人だし。

 何もすることがなくて暇で退屈だった。なので私は暇つぶしがてらに立派な塔を作った。

 作ったけど道は開けなかった。蜘蛛の糸が降りてくることもなかった。






 ヒュッ…パシャン、パシャンパシャンパシャンパシャン…ポチャン…


「……なんだこれ…」


 塔を作った後はまた暇になった。暇なので賽の河原の水辺で水切りして遊んでいたら、背後から誰かの呆然とした声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには鬼がいた。あの立派な建物の門番らしき鬼とは違う鬼だ。


「あ、鬼だ」

「…何だ姉ちゃん新入りか? こんな塔を作ったのはお前か…それにしてはでかい子どもだな」


 私は確かに背が高いが、鬼が言いたいのは年齢の意味ででかいと言っているらしい。…お盆の帰省から戻ってきた子どもたちが賽の河原にいるけど、確かに私はここではすごく年上すぎる気がする。賽の河原にいるのって幼い子供だけなのかな。


「お盆は裁判を行っていないからここで待ってろと言われたんですけど」

「あぁ、裁判待ちの亡者か。名前は?」

「松戸笑です」


 私の名前を聞いた鬼は手帳みたいな冊子を開くと、ページをめくって何かを捜していた。


「んー松戸…松戸…あぁ。あんたはあっちだ。閻魔大王の元に直行してくれ。話は通ってあるから」


 直行?

 日本地獄に詳しいわけじゃないけど…直行ってことはなにか飛ばしていくってことだよね。まぁいいけどさ。

 鬼に指示されたとおりに道を進んでいくと、最初に到着した建物よりも立派な建物にたどり着いた。門番らしき鬼に声をかけて、自分の名前を伝えるとアッサリ中に通されたので、私はそこに足を踏み入れた。

 建物の中は不気味というか、奇抜と言うか…とにかく独特の雰囲気を醸し出している。あー怖いなぁ。今からなにが起きるんだろう……


「度重なる窃盗・詐欺行為に、児童や女人に対する邪淫、そして殺人行為…。幾度となくお縄につき、その度に反省の言葉を漏らしていたが、結局は同じ過ちを犯したそなたの性根は見事に腐りきっておる。人間界の罰ではその性根は改まることがなかった……よって、この地獄では厳しい沙汰を申し付ける」

「なっなんでだよ!? ちゃんと俺は服役して罪を償ったんだぞ!?」

「えぇい黙れい! 本当に罪を悔いた人間は二度と同じ過ちを犯さないものだ! …幾度となく罪を重ねたお主は決して反省しておらず、被害者に対する罪悪感も抱いておらぬ。悪質この上ない!」


 今正に他の亡者の裁判中だったらしい。裁判官らしい人? 鬼? の野太い声が建物内に響き渡っていた。

 今の私と同じ白い死人装束を身にまとった中年の男が何やら喚いている。両脇には屈強な鬼が立っていた。現世で見た裁判とはまた違った雰囲気である。

 中央の壇上にいる地位の高そうな裁判官は弁解を聞き入れる様子もなく、厳しい表情で男を見下ろしていた。


「判決を言い渡す。そなたの罪状を鑑みて、大焦熱地獄の刑に処す!」


 ぎゃー! いやだぁー! と鬼に引きずられながら連れて行かれる中年の男の人。涙とか鼻水垂れ流しにしながら連行されてるけど……え、なに大焦熱地獄ってなに。何されるの。


 恐恐しながら、私は裁判席に座っている大男を見上げた。…あれが、閻魔大王……やっべこわい。私は何を言い渡されるんだ?

 ぶっちゃけそのまま「はい、次の輪廻に入りましょうね」って感じで生まれ変わるのかと思ってた。それこそその人の生き様で次は虫とか犬とか人間と勝手に決められて転生するのかと思ってたよ… 

 私が引き攣った顔で固まっているなんて気づいていないようで、補佐をしているらしい鬼が閻魔大王にそっと声を掛けていた。


「閻魔大王、例の亡者がようやく辿り着いたようですよ」

「おお! …大分遅かったなぁ。ひと月前くらいに遣いを出したと思うが…」

「最初は失敗したそうですよ。カメラのフラッシュとか塩が何とかと言い訳していましたが…。それと到着がお盆休みと被ってしまったので、彼女には賽の河原で待機してもらっていたようです」


 まさか合宿の肝試しのときのあの心霊写真ってあの世からのお迎えだったの? …本来は合宿中に召される運命だったのか…? 二宮さんのスマホカメラのフラッシュと清めの塩で、あの世からのお迎えを祓っていたというの? なにそれ、スマホで地獄の鬼を祓っちゃうのか。侮れないな。


 閻魔大王は頷き、ゆっくりと私に目を向けた。いかつい顔をしており、現世で見た閻魔大王の絵のように顔は真っ赤。見た感じとても怖い人に見える。

 しかし、先程冷酷に判決を下していた人物とは思えないほど、私を見るその目はとても優しかった。

 

「…あの、私はどうなるんですか?」


 細かいことを考えるのが苦手な私は結論を尋ねた。なんか色々とよくわかんないし、単刀直入に教えて欲しい。

 私の質問に対して、閻魔大王は気を悪くすることもなく、優しく微笑んだ。


「そなたのことは不在時に此方で調べ上げていたので、他の裁判を省略させてもらった。それと、魂を入れ替えるためとはいえ…苦しめるような形になってしまい申し訳なかった」

「え…」


 その口ぶりだと、あの心臓の痛みはこの人の仕業だというの? 地獄の関係者はそんな事が出来るのか。まるで死神みたいだな。

 そうか…ならエリカちゃんに身体をちゃんと返せたのか…良かった。


 だが、また新たに疑問が湧いた。

 私が今までしてきたことは全てお見通しなのだろうか。…私は現世では憑依霊扱いなのだろうか? 自分の意志ではなかったとはいえ、それが罪に加算されて、裁判に関わるのだろうか。

 それを考えると、死んだ身だけど胃の辺りが重くなってきた。


「では改めて、本人確認のためにそなたの名を聞かせてもらおう」

「…松戸笑です」

「20XX年5月某日、バス停前で通り魔と遭遇、傍にいた女子学生を庇って刺殺され死亡。享年17…間違いないか?」

「…はい」


 すごいな。何でも知っているんだな。これ本当のことかな。私が夢を見てるってことはないよね。頬の肉を抓ってみたけど、一応痛覚はあるみたい。


「本来、嘘をついたり、無益な殺生をした場合、最低でも等活地獄にて呵責を受けてもらうのだが…そなたの場合、情状酌量、遺族の手厚い供養を加算して、このまま輪廻の輪に入ってもらうこととする」


 嘘はわかるけど、…無益な殺生? 私は殺された側なんだけどな?

 私が首を傾げているのに気づいたのか、閻魔大王が私の疑問に答えてくれた。


「害虫などを殺した場合も罪になるのだ」

「えっ!?」


 なんと、知らなかった。

 ていうかその2つは誰だって大体経験してるでしょうが。害虫とか殺さないと不衛生だし、軽い嘘なら吐いたことがある。

 …まぁでも呵責を受けることなく、次の生に向かっていいと言うなら…良かった。本当に良かった。

 胸を撫でおろした私がふと思ったのは、さっきの男性の罪状だ。


「…あの、質問していいですか? さっきの人はどんな罪でどんな地獄に落ちるんですか?」


 私の質問に閻魔大王は目をパチパチさせていた。なんでそんな事聞くのかと不思議に思ったのだろう。深い意味はない。ちょっとした興味本位なんだ。

 閻魔大王は少し考えて、返事を返してくれた。


「…大焦熱地獄は、殺人、邪淫、窃盗、飲酒、詐欺、邪見をしたもの…そして女人や幼児に対して……乱暴を働いたものが落ちる地獄だ」

「…乱暴」

「受刑者は串刺しにされて身体が焦げるまで炎であぶられる。そして再生すると今度はバラバラに切り刻まれて、再び炎で焼かれることになる。罪が重ければ重いほど炎の温度が上がってくる仕組みになっている」


 …あ、聞かなきゃ良かった。胸糞悪い。地獄怖い。

 私はゾクゾクと悪寒がする身体を縮こめた。


「それと、そなたには色々あって大変な所申し訳ないのだが、この輪廻の輪に入るのも順番になっていてな、先に判決が決まった者から転生してもらうことになっておるんだ。なのでしばらく地獄にて待機してもらうことになるのだが」

「あ、そうなんですか」


 順番なのか。

 病院や役所の待ち時間のようだな。ちょっと拍子抜けしてしまった。


「極楽行きであればそのまま待たずに旅立てるが…そなたはどうしたい? 輪廻転生か、極楽か」


 私に選択肢を与えてくれると言うのか? 閻魔大王って意外と慈悲深い人なのかな?

 …閻魔大王は私の今までの生き様を見てきたのだろう。なら聞かずとも分かっているはずだ。そんな質問は愚問ってものである。


「…私はまたバレーをしたいです。生まれ変わったら私は私じゃなくなる。私だった記憶はないだろうけど、私はまたきっとバレーを愛するはずです。迷うことはありません。転生します」


 きっと私のバレー好きは魂に練り込まれている気がするんだ。私としての記憶がなくても私はきっとバレーを求める、そんな気がする。そして今度こそ、夢を叶えるんだ。


 私の返事をもう既に分かっていたのか、閻魔大王はにっこり笑って頷いていた。



 あの後、番号札みたいなのを渡された私は転生の手続きまで時間を持て余すことになった。


 …しまった。また暇になってしまったじゃないか。 

 賽の河原でちびっこたちの手伝いでもしてこようかな。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る