花より団子。ご馳走ウマウマです。



「笑さん、…今日は休みじゃなかったのか?」


 ご馳走を黙々と食べている私に声を掛けてくる人物がひとり。この学校で私をえみと呼ぶのはひとりだけである。

 振り返ると、シルバーのドレススーツ姿の慎悟がいた。髪を掻き上げてセットしておでこを出しているので少し大人っぽく見える。まだまだ少年の域を出ないが、こうしておめかししていても服に負けていないところを見ると、やっぱり美形だなと感じる。

 …コイツは男なのにどうしてこうも色気があるんだ?


 二階堂の縁戚である彼は、私が今日初公判に参加したということを何処からか聞いていたのだろう。敢えて単語にしないで尋ねてきた。


「うん、人に用事があったから、裁判終わってから来た」

「……大丈夫か?」


 あら珍しい。慎悟が私の心配するなんて。大体は私のこと馬鹿にした目で見てくるのに。

 慎悟の表情もどこか気遣わしげだ。やめてくれよ調子狂うから。

 

「頑張ってきたよ。…久々にあいつと会ったけど…あいつ全然反省していなかった」

「……」

「判決は来年になるけど……でも相手は未成年だし、せいぜい懲役15年が限界かな? …ちゃんと反省してほしいんだけどね…」


 刑事裁判は国が被害者の代わりに起訴する。あくまで、原告の検察側と被告弁護士側のやり取りの結果が判決。不服申立てできるのは彼らだけだ。

 被害者であっても判決を不服として控訴を申し出る事は出来ない。それは決まりだから仕方がない。

 …私がエリカちゃんの身体の中にいる間に結審するだろうか?


 うーん、暗い話をしたからか、慎悟がコメントに困っている顔をしていた。いかんいかん。年下の男の子困らせるなんて、年上として情けないな。

 私はこの微妙な空気を変えるために、手元のお皿に乗っているお肉を指差した。


「慎悟、これ食べた?」

「え…いや…」

「なら食べな。笑さんが特別に盛ってやろう。美味しかったのはね〜」


 私は自分が食べて美味しかったものを中心に新しい皿へと盛っていく。慎悟の好き嫌いは知らないから、そういう事は気にせずにどんどん盛っていく。


「笑さん、盛りすぎ」

「な~に言ってんの! 慎悟は細いんだから、もうちょっと食べなきゃ! 普段ちゃんと食べてんの? 私よりも身体軽いんじゃないの?」

「…流石にそれはないと思う」


 む、と眉を顰めた慎悟はこうしてみると年相応の少年に見えた。いつも澄ました顔しているから、こういう顔見ると新鮮だな。…今はまだ、私の元の身体よりは小柄だけど、慎悟は男の子だからこれから成長してくんだろうね。


「いやいや、私の身長175あったし、ガッツリ部活してたから、筋力は絶対私のほうがあったね! 慎悟は華奢じゃん」

「…わからないだろ。そんな事」

「どーかなぁー?」


 ニヤニヤと慎悟をからかいながら、ご馳走が盛られた皿と、フォークを差し出す。また口をへの字にしているし。折角おめかししてるんだから今日位笑いなさいよ。


「……」

「私には弟がいるからさ、年下の男の子にはついつい世話焼いちゃうんだよ。そんな顔しないでよ。たくさん食べて大きくなりなさい」 


 渋々といった態度でそれを受け取った慎悟は、黙々と食べ始めた。パーティ始まって以降何も食べていないのか、お腹が空いているようだ。皿の上の料理がドンドン消費されていく。


「ね? 美味しいでしょ。いやー来てよかったわ」

「……以前から思っていたけど、笑さんは変わっている」


 ボソリ、と呟かれたその言葉に私は首を傾げた。変わっているとな?

 …私からしてみたらこの学校の人達も十分個性豊かだと思うけどな? …まさかあんたまでガサツだからとか言うんじゃないだろうね。


「…あんな目に遭って、どうしてそこまで強くいられるんだ?」

「……」


 慎悟が言いたいのはガサツとかそういう意味じゃなかったらしい。

 私が凶悪犯罪に巻き込まれて死んでしまった事。そしてエリカちゃんに憑依してしまった現状で、どうして平然としていられるのかと思ったようだ。


 そうか、事情を知ってしまった慎悟には私の事がそう見えるのか。

 …そんな事ないんだけどな。私は私なりに苦悩して、葛藤している。エリカちゃんの身体を乗っ取って、自分の好き勝手にしてるけど…一応罪悪感はあるし、焦りもある。

 …平気なわけじゃないんだけどな。


 慎悟の問いに私は返答することが出来なかった。なんて言えばいいのかわからなかったから。

 別に平気なわけじゃない。抑え込んで隠しているだけだから、時折情緒不安定に陥ることだってある。


 でもそんな事を慎悟に話してもね……

 私は苦笑いして慎悟から目をそらした。


 あの日に戻れるなら、私は殺されない選択を出来たはずだ。…生きていたら今頃は春高バレー大会の出場に気合を入れていたはずなんだ。

 だけどそんな事を考えても無駄。過去には戻れない。どんなに願っても。

 私はもう、私じゃないのだ。


「…正月明けに春の高校バレー大会があるんだよ。私は補欠だけど」

「…え?」

「予選にも出場できなかった。…なかなか、うまく行かないよねぇ。自分の体じゃないから当たり前か…」


 前の私はバレーに適した体格をしていた。必要な運動神経も備えていた。応援してくれる家族に支えられて、恵まれた環境でバレーに熱中することが出来た。

 でもエリカちゃんは違う。土台も出来ていない、背も小柄。華奢で非力だ。

 未経験だった当初に比べたら確実に上達している。だけど、笑だった頃にはたどり着けない。時間も経験も、身長も足りない。


「…努力すれば、報われるものだと思ってきたけど…そうでもないんだね」


 わたしだった頃、バレーで挫折を味わったことは果たしてあっただろうか。

 怪我とかそういうのじゃない。

 努力をしたら、いつか実を結ぶと思っていたあの時の私は間違えていた。

 いくら努力しても実らないことがあるのだと私は実感した。インターハイに出るのが夢、かつてのチームメイトと対戦するのが夢と宣言していたのに、心折れてしまいそうである。

 それが歯痒くて、ついつい自嘲してしまう。


 なにか言葉を探している様子の慎悟。…また困らせてしまったな。私はパッと笑顔を作って話を切り上げた。


「ごめん、愚痴吐いちゃった!」

「いや…」


 駄目だ駄目だ。弱気になるなんて私らしくもない。いつもの私らしくない。きっと裁判のせいでちょっと疲れてんだな。無関係の人に愚痴ってもしょうがないのに何してんだ私ってば。

 私は今までの話を誤魔化すように、食事に戻った。美味しいものは私を裏切らない。うん、美味しい。美味しいけどなんて食べ物か分かんない。


「これなんの肉?」

「…鴨肉のロースト…知らずに食べていたのかあんた」

「仕方ないじゃん、食べたことないんだから〜。これは大根だよね!」

「…ぴんちょす」

「ナニソレ変な名前…じゃあこれは?」

「ミートローフ」

「へー初めて食べた。これは?」 

「テリーヌ」

「ほう、これがかのテリーヌ…」


 話題を変えようと料理について質問していたら、慎悟はスルスルと答えをくれた。詳しいな、毎日こんなご馳走を食べているのかあんたは。あっちにデザートがあるから一緒に食べようではないか。

 私は慎悟の腕を引っ張ってご馳走を全制覇を目指していた。慎悟は甘いものもいける口のようで、チョコレートファウンテンを楽しんでいた。

 私はイチゴのショートケーキを食べながらその様子を眺めていたが、チョコレートって途中で飽きない? 延々食べてるよね。甘党男子だったか。


「慎悟様~こちらにいましたのー?」

「あっ! ちょっと二階堂さん!? 慎悟様になに色目を使っていますの!?」

「…油断も隙もない」

「使ってないよ」


 出会い頭に加納ガールズ達から喧嘩売られた。折角きれいに着飾っているのにそんなおっかない般若はんにゃの形相になってしまったら台無しだよ。

 大体、ケーキを食べながら甘党男子を観察している私の何処が色目を使っているというの。どっちかと言えば食い気しかないでしょ。


「ねぇ慎悟様、せっかくのクリスマスパーティです。一緒に踊りましょ?」

「そうですよ。…せっかくのパーティなのにドレスも着ないで食べてばかりな色気のない女なんて放っておきましょ?」

「行きましょ?」


 加納ガールズは性格は置いておいて全員タイプの違う美少女たちだ。慎悟はドライな反応ではあるが、顔に出ないだけで内心ではウハウハなんじゃないだろうか。

 彼らを観察しながら次のケーキを食べていると、慎悟はちらりと私を見てきた。そして一言。


「…太るぞ?」


 禁句を漏らしてきた。

 …私はケーキではなくてフォークを噛んでしまった。


「…運動してるから大丈夫だよ。ていうかあんたそういうことを女子に言っちゃ駄目なんだからね」

「親切で言っただけだ」

「余計なお世話っていうんだよ?」


 うるさいなこのスイーツ男子め。

 私は慎悟の手からチョコレートファウンテンの具材の載った皿を没収すると、奴の背中をダンスホール側に押し出してやる。

 慎悟は訝しげに私を見下ろしてきた。


「折角可愛い女の子にダンスに誘われてるんだから踊ってきなよ。女に恥をかかせちゃ駄目でしょ?」

「……余計なお世話だ」


 慎悟はムッとした表情をしていたが、クレームなんてきこえなーい。いいから踊ってこいよ。パーティピーポーになっちゃいなよ。


「後悔しないように生きなきゃ。出来るうちに何でもしておいたほうがいいよ」

「……」


 私には出来ることが限られている。

 エリカちゃんの身体を借りて好き勝手しているようで色々制限があるから、出来ないこともあるのだ。それに比べて慎悟はまだ自由があると思う。

 日々後悔しないように生きなきゃもったいないよ。


 私の言葉は慎悟には理解できたようだ。加納ガールズは周りでキャンキャンと私に文句をつけているが(慎悟様になにするの? 乱暴だわ! とか叫ばれている)慎悟は複雑そうな表情で沈黙していた。

 ふと慎悟が視線をそらした。まだチョコレートファウンテンでスイーツを食べたいのか? と思ったんだけど、慎悟の視線は窓の外の暗闇に向けられていた。

 

 私も釣られてそちらに目を向けると、その先で白いものがちらついている。真っ暗な夜空に白い雪が舞っていたのだ。


「…あ、雪だ」

「……道理で冷えると思った」


 確かに今日は寒かった。でも雪が残るほど気温が下がるわけでもないので、この雪は溶けて消えて無くなってしまうだろう。

 あと一週間ちょっとすれば新年を迎える。あっという間な気もするが、私にとってこの日まで一日一日が長かった。

 雪なんて珍しいものじゃないけど、死んだ身である私からしてみたら新鮮に映る。


「積もればいいな」

「はぁ? 積もったら面倒くさいだろ」

「雪だるま作れるじゃん」

「子供か」

「子供だよ? まだ未成年だもん」


 ていうか私は死んじゃったから永遠に17歳なんじゃないかな。

 まーたあの呆れた目で私を見下ろしてくる慎悟。コイツ私が年上だってことすっかり忘れてないか? …でもこれがコイツの通常だから仕方ないか。


 慎悟が巻き毛達に引っ張られるままダンスホールに連れて行かれるのを見送り、私は食べるのを再開した。…これ持って帰っちゃ駄目なのかな。誰も食べてないし、もったいない。

 ダンスホールでは色とりどりの花が踊っている。まさか生でこんな西洋かぶれのダンスパーティを見ることになるとは。皆よく踊れるな。恥ずかしくないのだろうか。


「二階堂さん、来てたんだ」


 うん、登場するのはなんとなくわかっていた。コイツ受信機でも点いてんのか? レーダーでもついているから、エリカちゃんを遠くから見つけることが出来るのか? 

 この男…上杉の登場に最近慣れてきた気がするが、コイツは危険人物なのだ。それを忘れちゃならない。

 私は口の中のものを飲み込むと、上杉を睨みつけた。


「来てちゃ悪いの?」

「そんな事ないよ…踊らないの?」

「踊れないの」

「僕がリードするけど?」

「いやだ」


 ダンスって妙に密着するよね? ほらダンスホールで踊っている男女はみんな密着してるぞ?

 あんたスキあらばエリカちゃんの身体を触ろうとか思ってんだろうが! この青少年が! ふしだらな真似は笑さんが許しませんよ!

 そもそも私はそういうダンスを踊れないの!


「…でも去年は中等部のクリスマスパーティで宝生と踊ってたよね?」

「事件のせいで忘れた」


 我ながらなかなか苦しい言い訳だけど、本当に踊れないんだってば。ていうか踊れたとしてもあんたとは絶対踊ってやんない。


「エリカちゃんも踊れないんだ? 俺と一緒だね」

「…二宮さん」

「俺ソーラン節と盆踊りしか踊れねーわ」


 私と上杉の話にひょっこり入ってきたのは二宮さんだった。彼は空いた皿にデザートを盛って食べ始めた。なので私もそれに倣って食べるのを再開する。


「…二階堂さん、本当に踊らないで過ごすつもりなの?」

「え? ていうか私食べるためにわざわざ用事済ませてここに来たんだけど…」


 上杉が信じられないようなものを見るかのような目を向けてきたから、私もお返しで信じられないものを見るかのような目をしてやった。

 だってぴかりんとのことがなければそもそも来なかったと思うし。


 女子全員が踊るのが好きだと思ったら大間違いだよ。私が制服姿だということで推測しないか。ご馳走目当てで来たんだと。

 ていうかドレス姿の女子の中でひとり制服で踊るとかハードル高いと思わないか? 男だからわからんとでも言うのか。


「あ、これ美味しい」

「それも美味しいけど、こっちのも美味かったよ」


 パーティが終わるまで私は宣言通りご馳走を貪った。時折二宮さんと品評会しながら、美味しくいただきましたとも。

 うん、ご馳走食べたらなんか元気が出た気がする。


 その後、私はお腹をパンパンにさせて帰宅したのであった。

 エリカちゃんなら絶対こんな事しないよね…ごめんねエリカちゃん。でも食欲が抑えられなかったの。


 側で上杉が呆然とこっち見ていたのが愉快に思えたよ。


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