ごめんね。友達でも言えないことがあるんだ。
もうすっかり外が暗くなった頃。
いつもなら学校の外灯もあちこち消えて真っ暗になっている時間帯なのだが、その日の英学院は外灯に照らされて明るかった。
クリスマスパーティの行われている会場は体育館なのだが、外部の業者によって様変わりしていた。あちこち生花で飾られており、中央には大きなモミの木を豪華に飾り付けしたクリスマスツリーが設置されている。
華やかなのは体育館だけではなく、参加者もだ。男子はドレススーツ姿だったり、人によっては制服姿だったが、女子は違う。女子生徒皆セレブ生も一般生も華やかにドレスアップしていた。遠くから見るとあちこちにカラフルな花が咲いているようでキレイだ。
体育館に一歩足を踏み入れるとそこは別世界で、私はしばし固まっていた。目がチカチカするわ。
…半年近くこの学校に通っているけど、未だにこういうギャップに馴染めない。ここ本当に体育館なの? セレブ校なのか、庶民に合わせてる学校なのかはっきりして欲しいところである。
「あれー? エリカちゃん不参加じゃなかったの?」
「二宮さん」
呆然としていた私は、バレー部2年の一般生二宮さんに声を掛けられて我に返った。
彼は制服姿であった。男子の一般生は制服率が高い。そりゃそうだよね、学校行事にいちいち庶民がドレススーツなんて用意しないよね。男物って高いし。
二宮さんはこっちをまじまじ見てがっかりしていた。
「エリカちゃんドレスじゃないんだね…もったいない」
「用事を済ませてきたのでドレスは諦めました。…ぴかりん見ませんでした?」
「山本ならほら、小池とあそこにいるよ…エリカちゃん、山本と喧嘩したでしょ」
「……」
二宮さんの指摘に私はバツの悪い顔をする。喧嘩というか私が傷つけてしまったと言うか…。
…私は嘘ばかり吐いている。
私は二階堂エリカではなくて、松戸笑という死んだ人間だし、他にも色んな事を秘密にしている。ていうか言えないよね。
初公判のことを知ったら、きっと彼女はすごく気を使うはずだ。自分の事のように心を痛めるに違いない。だけど私はそんな事を望んでいるわけではない。
…何も関係のないぴかりんを巻き込みたくないから、知られたくなかった。
「……私だって、話したくないことの1つや2つあるんですよ」
「別に責めてるんじゃないよ。でも珍しいなと思っただけ」
確かに、私とぴかりんが衝突したのは出会った当初だけ。二階堂エリカに良い印象が無かったぴかりんから、半端な気持ちでバレーをしないでと言われた時くらいだ。
今まで彼女と喧嘩らしい喧嘩はしたことがない。……親友の依里となら昔から喧嘩してもすぐに仲直りできたけど…ぴかりんは依里じゃないから…
あぁいいや、ぐるぐる考えるのは私の性に合わないし。
「…ちょっと行ってきます」
「ん? 仲直りするの?」
「そのために来たんで」
私はクリスマスパーティに心躍らせているパーティピーポーの脇をすり抜けて、ずんずんと前へ進んでいく。
なに、裁判の時に比べたら全然緊張しないさ。
これからも私は嘘を吐き続ける。エリカちゃんの体にいる限り。
意図せずにバレてる人もいるけど、こんな重い話をぴかりんのような普通の女の子が知る必要はない。理解もしにくいだろうしね。
濃い青から水色グラデーションカラーのAラインドレスを着たぴかりんはどこかのモデルさんのようにキレイだった。小池さんに見てもらうためにお洒落したのだろうに、ぴかりんの表情はどこか浮かない。
それが私のせいだとしたら、申し訳ない。
「ぴかりん」
「…エリカ」
「すいません小池さん、少しぴかりんをお借りできますでしょうか」
二人の邪魔をするのは気が引けたが、私は敢えてそこに割って入った。今日は休みだった私がこの会場にやってきたことにぴかりんは驚いた表情をしていた。そして怒っているようで泣きそうな顔をして私から目をそらしていた。
人混みを避けて隅の方にぴかりんを誘導した。とはいっても会場内なのでちらほら人がいるが、大声で話さなければ大丈夫だろう。
「…こないだはキツいこと言ってごめん。私、余裕がなくて。…でもいくら友達でも話せないことがあるの。それはわかってほしい」
「…あんたっていつもそう。文化祭の時泣き腫らしてたのって、あの事件の被害者の知り合いと会ったからでしょ。あの小平って人、被害者の同級生らしいじゃない。…なにか言われたんでしょ。どうして教えてくれないの。どうして誤魔化すの」
ぴかりんは眉間にシワを寄せて、こっちを泣きそうな目で睨んでいた。
それに私の良心が傷んだが、此方にも事情があるのだ。複雑な事情が。
あの日の依里は私を責めたんじゃない。私を笑だと気づいて会いに来てくれたの。だけどそんな事はぴかりんには話せるわけがない。
…あまり話したくはなかったけど、理解してもらうには今日の初公判の事を話さないといけないようだ。
「…今日、初公判があったの。私は証人として裁判に参加してきた」
「えっ…」
「あの事件のことだけじゃない。私は沢山秘密にしていることがある。だけど秘密にしているのは、ぴかりんだけじゃないよ」
やっぱり、そういう反応になるよね。裁判の話をしたら彼女は言葉を失って固まっていた。…私だってぴかりんの立場ならなんて言葉を返せばいいかわからないと思う。だから言わなかったんだ。
「…ここ最近ずっと事件の事、初公判のこと、加害者家族のことを考えていた。…それを関係者じゃないぴかりんには話せなかった」
「……」
「ほら、ぴかりんはそういう同情の眼差しで私を見るでしょう? なにもコメントできないでしょ? …私、それが耐えられないの。友達から可哀想な人間として見られているようで耐えられない」
他人ならまだしも、友達にそんな目で憐れまれるなんて嫌なんだよ。嬉しくないし、息が詰まりそうになるんだ。
「…気分悪くさせたならごめん。でも私も事情があったの。それだけはわかって」
「……」
「ぴかりん?」
ぴかりんは俯いてしまった。
どうしたんだろうか。一応言葉には気をつけたつもりだけど、もしかしてキツくなっていたかな?
「それならそうと最初からハッキリ言ってよ! あたしは、あんたに信用されてないんだって…やっぱり、あたしが一般生だからって距離を置かれている気がして……悲しかった…!」
まさか!
そんな訳無いだろう。この英学院で一番仲いいのはぴかりん。それは揺るぎない事実だ。
私の見てくれはセレブ生のエリカちゃんだが、中身はバリバリの庶民・松戸笑なんだから。一般生だからとかそういう意味で距離を開けたつもりはない。
「…そんな訳無いじゃん。ぴかりんは英で出来たはじめての友達なんだから」
「……アンタ本当に友達いなかったんだね」
うん、エリカちゃんがね。
ぴかりんは外部生だもんなぁ。エリカちゃんのことよく知らなくて当然か。
「…まぁまぁまぁ……事件のことを私はまだ引き摺っているし、色々複雑な事情があるんだ…だから」
「もうわかったよ。…あたしも気遣いできなくてごめん」
ギクシャクではあるが、ぴかりんは許してくれたようだ。ひとまず安心である。
これがただの恋の悩みとかなら話せるんだけど、内容が内容だから……
「…ご馳走は食べた?」
「え? あぁ、今から食べようかな。朝からあまり食べてないし…」
「…ローストチキン、美味しかったけど? …それにデザートも美味しかった」
「うんわかった。…ぴかりんは小池さんのところに戻りなよ。私はひとりで大丈夫だから」
私の提案にぴかりんは少し渋っていたけど、彼女の背中を押して、無理やり小池さんのところに戻した。だってぴかりん折角おめかししてるのに、このチャンスを逃したらもったいないじゃないの。
そして私は一人でご馳走の並ぶテーブル席に近づくと、目についたご馳走をお皿に盛っていく。
…こんなに美味しそうなのに皆全然食べてないな。もったいない。
パートナーがいない生徒は壁の花になっている人がちらほらいたが、彼らは既に食事を済ませているらしく、退屈そうにボケーッとしていた。
女の子誘って踊るとか…ハードル高いよね。ダンスに馴染みのある外国人じゃあるまいし。一般生の彼らが全員社交ダンスを踊れるわけでもないだろうし。
文化祭の時もだったけど、この学校は踊るのが本当に好きね。今の時間も中央のダンスフロアでは男女が踊ってる。ダンスの種類は詳しくないけど、シンデレラが踊ってそうな奴。
キレイだなと感心しながらも、私はそれを眺めるわけでもなく、視線をご馳走に向けた。ぴかりん推薦のローストチキン目がけてフォークを突き刺したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。