あ、元婚約者よりもバレーのほうが大事なんで。


 女子の成長期は15・16で終わるらしい。骨端線という骨の端の隙間が残っている時期がだいたいその年齢辺りで、それが残っている間までが背の伸びる期間だそうだ。

 背が伸びる人の特徴は一番は遺伝によるものらしいが、バランスの良い食事とよく寝ることも重要なんだって。

 私もそうだった。両親ともに長身であり、早寝早起きを基本とした生活をしていたからね。というか部活がきつかったので寝ざるをえなかったんだけど。


 なのでエリカちゃんになった私も22時頃には就寝するようになった。エリカちゃんは誕生日前なのでまだ15歳。

 1cmでも伸びれば丸儲けというものである。



 今日も今日とて私は成長期応援機能食品を牛乳に投入してストローで500mlパック飲みしていた。


「あんたも飽きないね」

「そう? でも最近制服が小さくなってきた気がするんだけど」

「…それあんたの肩幅が大きくなったからでしょ。だって筋肉ついてきたもん」

「ほんと? やった!」


 最近夕方の牛乳にはプロテインを入れ始めたのが効いたのかもしれない。

 身長は変わりないが、順調にエリカちゃんの身体をバレーボールに耐えれる逞しい身体に強化出来ている。


 二階堂パパ&ママはたまに会うと「逞しくなって…」としんみりしてるが、見守ってくれている。

 相変わらず忙しいようだが、私としてはお互い他人同士なので今くらいの距離感が楽である。

 セレブらしく離れに住み込みのお手伝いさんがいるし、完全に家で1人なわけじゃないので、すごく寂しいわけでもない。

 …まぁ相変わらず悪夢を見て飛び起きることはあるけどね。





 今日のお昼は豚汁に玄米ご飯(大)ささみ梅肉フライにひじきの煮物、大根サラダである。

 セレブ校だけど一般生向けの家庭料理があるのは有り難い。私はそちらを好んでチョイスしていた。セレブ風のは腹に貯まらんのだよ。美味しいけどすぐにお腹すくんだよね。


 朝練後にオヤツの小魚アーモンドしか摘んでいなかった私はとても空腹だったのでご飯が美味しい。よく噛んで食べたいけど空腹過ぎてぺろりと平らげちゃった。


「ごちそーさま〜今日も美味しかったです〜ささみフライいい揚げ具合でした」


 食器を返すついでに食堂のおばちゃんに感想を返しておく。誠心高校の食堂でも私はこうだったけど、食堂のおばちゃんと仲良くなるとちょっとだけ得すんだよ。このセレブ校でもそれを狙っている私は食堂のおばちゃんによく媚を売っていた。


 腹を満たした私はぴかりんとともに教室に戻ろうとしていたのだが、「あのっ二階堂様っ!」と呼ばれた。

 呼ばれたんだけどまだエリカちゃんの名前に慣れてない私はスルーしていた。ぴかりんに呼ばれてると指摘されてやっと気づく。慌てて振り返るとそこには、同じクラスにいたようないなかったような女子生徒がいた。

 物腰が柔らかそうなセミロングヘアの女の子で、一見地味に見えるが、よく見ると目鼻立ちが整っている。…仕草が上品に見えるからセレブ生だろうか。


 今の所、親しくしてる人がぴかりんとバレー部生だけの私はその人を見て誰だっけと思いながら首を傾げる。

 ぴかりんが耳元で「同じクラスの阿南あなんさんだよ」と教えてくれるが誰か知らん。


「…あの、差し出がましいことかと存じますが…宝生ほうしょう様のことで…」

「………宝生って誰?」

「えっ」

「馬鹿、あんたの元婚約者の名前でしょうよ」


 アレ、そんな名前だったっけ。どうでもいいから忘れてたわ。べしりとぴかりんに背中を叩かれた。痛い。

 元婚約者の名前を忘れていた私に拍子抜けたようにぽかんとする阿南嬢だったが、咳払いして気を取り直すと用件を話し始めた。


「その…1−4の外部生のことなんですけど」

「うん?」


 彼女の話によると、1−4の外部生…ここでは高校から英学院に入学してきた人って意味なんだけど、その人がまぁ天真爛漫な美少女だそうな。

 で、その美少女はあちこちの将来有望そうなイケメンにちょっかいを掛けているらしい。例に漏れずエリカちゃんの元婚約者である宝生氏にも。

 それだけなら他にも同じような玉の輿狙いな女子がいると思うんだけど、彼女の場合はちょっと問題がある。よりによって婚約者がいる男性「達」と親しげにしており、プチ逆ハーレムを形成しているらしい。

 そうなると女子からのやっかみや反発が出てくる。アンチ過激派が彼女を攻撃しているそうだ。


 もしかしたら二階堂エリカにもとばっちりが来るかもしれないとのこと。

 何もしていないのにとばっちりとはこれ如何に。




「全然知らんかった。そんな事があったんだね」

「エリカ、バレーのことばっかだもんね。あんたの…あの事があった時も宝生サマはエリカを心配する素振りもなく、あの女に入れ込んでたんだよ。流石にあたしでもあれはどうかと思ったわ」


 5歳の時からの婚約者なのになんと薄情な。

 いくら好きじゃなくても少々の情くらい残っているでしょうよ。その宝生とやら、どんな面か一度拝んでみたいわ。

 美少女エリカちゃんを押しのけるほどの魅力を持つ謎の美少女か…しかも1人じゃ満足できず複数の男を侍らす魔性…


「ふーん。そんなに可愛いのその子」

「…あたしはあんたのほうが可愛いと思うけど」

「あらやだぴかりんったら! でも私はぴかりんもイケてると思うよ。…その子誰に似てる?」

「んー…あ、あそこ」


 ぴかりんはまるで苦いものを口に入れてしまったかのように顔を歪めると、とある方向に向けてゆっくりと指さした。

 今私達は教室のある3階にいる。ぴかりんが指さしたのは階下のテラス。木陰や日除けの下に丸テーブルがあり、ひとりの女子生徒を囲むように男子生徒が座っていた。

 女ひとりに対して男が3人。なんだありゃ。


「ほらあそこに宝生サマと夢子ちゃんがいる」

「夢子ちゃん? その魔性の美少女の名前?」

「本名は瑞沢みずさわ姫乃ひめのだよ。私生児だったけど、どっかのお偉いさんの娘と認知されて今年からセレブ入りしたんだって。高校から入学した外部生なんだ。…まぁ美少女なんだろうけど、その辺のお嬢様方もレベル高いからなぁ」


 夢子ちゃんというのはアダ名らしい。

 男と女に対して態度が180度違うこと。男を上手く騙していること。男が夢を見るように夢子ちゃんに惹かれていくので揶揄を込めてそう呼んでるとか。


「あの子、女子には評判悪いんだよね。セレブ生にも一般生にも。…当然か。婚約者や恋人がいる男に色目を使っているんだもん」

「ふうん…? 遠くて顔が見えない」


 目を眇めてみても見えない。決してエリカちゃんの目が悪いわけじゃないんだけど…3階からだから限界があるよね。


「強いて言えばAOKのまゆりに似てる」


 まゆりんか。人気のアイドルグループのNO.3の子か。あの子かわいいよね。アビシニアン(猫の種類)みたいで。

 私はまゆりんの顔を思い出して、夢子ちゃんの顔を勝手に補完した。


「そっか…面倒くさいことに巻き込まれないなら勝手に何してくれてもいいんだけどね…」


 興味が失せた私は窓際から離れ、教室まで歩いていく。ぴかりんが後ろから小走りでついてくる気配がした。


「…ねぇ、エリカ、あんたは元婚約者の事は吹っ切れたの?」

 

 その問いに私は返事に困った。

 えみは宝生氏のことを全く知らないのでどうでもいいが、エリカちゃん自身はそうじゃないと思う。

 …少し迷ったが、私の意見で返事することにした。


「……うーん…どうでもいいかな。もう婚約破棄してるし、気にしてもしょうがないし、第一時間のムダじゃん。私は人生をもっと謳歌したいのよ」


 憑依した経緯はどうであれ、私はバレーをするために現世に舞い戻ってきたのだから。エリカちゃんの問題に私がしゃしゃり出るなんて出来ないよ。余計に拗れちゃうかもしれないし、ぶっちゃけ面倒くさい!


「エリカ…」

「それに、元婚約者サマが幸せならいいんじゃない?」


 私は心配そうにするぴかりんを安心させるためにそう言ったのだが、振り返った先の彼女は微妙な顔をしていた。


「…あれって幸せなの?」

「……さぁ。私なら好きな人を共有とかしたくないなぁ」


 …話を流すために幸せならいいんじゃないとは言ったけど、実際問題…婚約者がいる相手、そして一部が婚約破棄になってしまったというのなら周りからも眉を顰められるわな。

 親の決めた婚約なんて少々時代錯誤だとは思うけど、エリカちゃんの婚約は家同士の同盟でもあったって聞いている。

 …エリカちゃんと元婚約者の間で何があったかは知らないけど、元婚約者サマのやっていることも褒められたことじゃないよね。


 それはそうと、始めは印象最悪だったクラスメイトだったが、ああして心配して忠告してくれるのだから実は優しい人がいるのかもしれない。





 エリカちゃんになってから初めての夏休みが始まる。夏休みに入るとバレー部の合宿があるのだが、運動部系の合宿はしんどいことが多い。

 しかしこの体になって私は全然まだイケると感じている。

 むしろ合宿が楽しみだ。


 バレーの強豪・誠心高校の部活はまぁハードだった。倒れたり吐いたり泣いたりは日常茶飯事。

 叱責は当たり前で時には体罰もあった。大好きなバレーが嫌いになりそうなくらいそれは厳しかった。


 だけど今は違う。

 厳しい指導はあるにはあるけど、以前よりものびのび楽しくバレーが出来ている。私立だからこそできるサポートも備わっていて、かなりバレーに集中できている。


 それに最近ちょっとだけ、笑だった頃の体の感覚を取り戻し始めた。やはり筋肉量が増えたのが功を奏したのだろう。

 どんどん上達しているのを自分でも実感しているが、バレー部の仲間も認めてくれる。

 今年の試合の出場は無理でも来年、再来年がある。誠心高校に戻れなくても、いつか大会で対戦出来たら。


 リベロになること、レギュラーになること、そして元チームメイトと戦うことが今の私の目標となっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る